第4章
第28話
「俺が困ってるのはどう考えてもお前らが悪い」
「そうかしら。私は妥当な判断だと思うわよ」
遅刻は人の信用を失う。それは紛れもない正論だ。しかし、季節は師走を迎え、諸君も布団からなかなか脱出できなくなってきたころだろう。加えて、他人の不手際に毎度腹を立てていたら生産性が悪いのではないか。よって、遅刻には寛容であるべきだ。QED題意は示された。
「またつまらない言い訳を考えているのだろうけど、無駄よ。あまり目立たないけれど、今までの遅刻の数と行事の度にどこかでサボっていること。この2つを合わせたら、この措置はむしろ足りないくらいよ」
この気の強い女性こそ俺のクラス担任である伊川ようこ先生である。一見穏やかそうな文字列ながら、中身はデーモンなので初対面の諸君は陽だまりのような女性を想像してはいけない。滔々と言い訳を並べ立てているこの瞬間も先生の鋭い双眸は目を逸らすことを許してくれない。てかその目つきはかわいい生徒に向ける者じゃなくない? 俺のこと絶対嫌いだよね?
まあ先生も人間なので、好き嫌いがあったり贔屓目を使ってしまうのは仕方がない。もし俺が先生の立場ならばこんなめんどくさい奴は願い下げだ。
「こういう仕事はもっと統率力のあるやつに任せた方がいいと思うんですが」
「たかが16、7歳のひよっこよ。誰がやったってそう変わりはないわ」
「教育者としてあるまじき発言だと思うんですがそれは」
「そういうことだからよろしくね」
先生は仕事を無責任に押し付けると、もう用はないと言わんばかりに教室を去って行った。
「うーん、サボっちゃだめかなぁ」
黒板に踊る『修学旅行実行委員』の文字の隣に並んだ自分の名前を見て、俺は深くため息をついた。将来、会社の奴隷としてタスクに追われるだろうことを鑑みれば、この際仕事をするのはやぶさかではない。しかし、問題は共に仕事を成し遂げる仲間が誰であるのかということだ。報酬や待遇ももちろん重要であるが、職場の人間関係は最たる優先事項と断言しても過言ではない。
別段、宮地を嫌っているわけではないが、あろうことか彼女の属するところがあの池内のグループなのである。池内とは、初期に登場したかませ犬のことである。思い出せない諸君は6、7話辺りを振り返ってほしい。俺も記憶があやふやだ。
「ガチ陽キャさんと一緒とかきっつー」
「しかし、あなたが闇と光の両属性の覇者となれば、怖いものはない」
「できるならとっくにやってるよ」
しかし、焦るにはまだ早い。修学旅行実行委員と名前は大層だが、その実あまり仕事がなかったり、教師がほとんど実権を握っているとしたら、名誉職に過ぎない。むしろ、何もしなくても内申書の活動実績が得られるとしたらおいしい話だ。俺は必死に自分に言い聞かせた。
『生徒会選挙の結果をお知らせします。見事会長に当選されたのは2年……組…………日南彩紗さんです』
● ● ● ●
「あっ、影宮君~。こっちだよこっち」
放課後、修学旅行実行委員なるものの招集があり指定の教室を訪れると、宮地が人懐っこい笑顔を浮かべつつ手招きをしてくれた。ガチ陰の俺の名前と顔を覚えていることにも驚いたが、好意的に接してくれるなんていい陽キャさんだ。うっかり惚れそうになった。
「あの~、これって今日何やるの?」
宮地の隣のパイプ椅子に腰を下ろしながら問いかける。教室左後方の一番周囲の顔を拝める位置を陣取るとは……この陽キャさんなかなか侮れない。
「うーん、とりあえず今日は委員長、副委員長とかの役職を決めるんじゃないかな」
なるほど、それは面倒だ。なんとしても回避しなければならない。といっても、俺のようなミジンコにそんなポストが約束されているはずもない。例えば、隣に座る宮地のような人物がふさわしいんじゃないか。
「ん? どうかした?」
まじまじと見つめていたら、不意にこちらに視線を向けられてしまった。
「いや、宮地ってなんでクラス委員とかやってないのかなって思って」
普通、役職は1人1つまでと決まっている。数の関係上、役職を逃れる生徒も一定数いるが、クラスの半分以上は何かしらの仕事を負わされる。確実に会社の奴隷となる素地を育てられているのだ。
「あー、うん。立候補しようと思ったんだけど、私ドジでさー。委員を決める日風邪で休んじゃったんだよね」
「そうか。それはきついな」
「まあ終わったことを悔いても仕方ない! 修学旅行実行委員も興味あるから今は楽しみだよ~」
きっと彼女は何事もポジティブに昇華できる人間なのだろう。人懐っこくて先輩や同級生に慕われているのも頷ける。もうこの人がメインヒロインでよくない? 厨二いとこや理不尽幼馴染、生意気な後輩、厄介な元会長、横暴な担任と今までろくな出演者がいない。
「それにさ」
「……?」
「影宮君が意外とおしゃべりってことも分かったからね。いいことづくめだ」
宮地はおどけて笑う。
「いや、そんなおしゃべりってほどじゃ―—」
「——えー! だっていつも教室で何考えてんのか分かんないんだもん」
「それはこっちの台詞なんだがな」
「じゃあお互いに偏見持っちゃってたわけだ」
宮地は俺の事をもうわかった気でいるが、そんなはずは無い。それに、俺にはどうしても彼女の底が読めない。世の中決して悪意のある人間で溢れているわけではないけれど、やはり女子に対しては必要以上に警戒してしまう。
「ねぇ、もう1つ聞いてもいい?」
「え、なに?」
「いつも一緒にいるかおる……ちゃん? とはどういう関係なの?」
真面目な印象のあった宮地にも、ミーハー根性が備わっているようだ。彼女の質問の意図には、転校生とどうして初めから知り合いだったの? という意味が含まれているのだろう。
隠すべきか否か至極迷った。ちょっと仲良くなったと思って個人情報をベラベラ喋ると、後に取り返しのつかないことになるかもしれない。
「まぁ、中学の時にちょっとな」
中学時代なんて何も無さすぎて悲しいくらいだったが、真っ赤な嘘という程ではない。記憶にないとはいえ、小さい頃に会っているのだし、その頃から今までを知り合いの期間とすると、中学時代も含まれる。つまり、屁理屈である。
「ふーん、てっきり付き合ってるのかなーって思って」
「は? いやいやあり得ないから」
「そうかな? いつも守ってるみたいに一緒にいるからそう見えても不思議じゃないと思うけどなあ」
やめて! 優のライフはもうゼロよ。いつも一緒にいるのは、他に苦楽を共にするような友達がいないからである。しかし、この陽キャさんにそれを説明してもどんどん自分のみじめさが際立つだけだ。
「宮地さんってさ―—」
————どうして池内なんかと一緒にいるんだ?
喉でつっかえたその言葉は、教室に入ってきた先生の掛け声によって遮られた。
「はーい、皆さん席についてくださーい」
まばらに散っていた生徒たちが各々の席へと戻り始めた。
「さっき何か言った?」
そんな折、再度宮地が声をかけて。ただし、今度は声のトーンをだいぶ落としている。
「いや、大した話じゃない」
「そっか」
宮地は単と答えて、今日の活動についての説明をし始めた先生の方に向き直る。
危うく地雷を踏むところだった。あれは、コンプレックスを刺激された故に飛び出した発言だ。頭ではわかっているつもりだが、俺は隣に座る彼女をまだ信用できないでいるらしい。
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