第29話

「うーん、困った」


 俺は自室の机に1枚の紙を置いて、頭を抱えていた。

 そんな折、後方のベッドから声がかかる。


「来る近衛騎士団の招集に今更、怖気ついている?」

「ないから。そんなの絶対行かんし」


 てかなんでかおるはナチュラルに俺の部屋にいるんだろう。やけにもこもこしたパジャマを身にまとい、俺の枕を抱き抱えてベッドに座っている。

 アニメやAVでよくある窓から部屋に入ってくる幼馴染的なシチュだが、残念だったな。かおるはいとこで同居人である。普通にドアから正面突破可能なのである。よって、あまり燃えるシチュエーションとは言い難い。


「じゃあなぜ幼馴染と喧嘩した後、仲直りの口実を探したいけれど思いつかない、みたいな反応をしている?」

「やけに具体的で怖いんですがそれは……これだよ」

「これは……!」


 件の紙を手渡すと、かおるは驚嘆の声を上げた。しかし、そこに特段驚くような内容は記されていない。


「修学旅行レクリエーションのアイデア募集。ふふっ、レクリエーションとは、表向きは慈善団体だが、裏では麻薬密売、児童売春斡旋、架空請求詐欺など現代を取り巻く凶悪な犯罪者組織である」

「今回はやけに現実的だなおい」


 大方、警察24時にでも影響されたのだろうが、かおるから賢ぶった単語が飛び出してくるとむず痒くてならない。まだ、暗号のような横文字を呟いている方が幾分かマシだ。


「レクリエーションってのは簡単な遊びみたいなもののことだよ。バス車内での暇つぶしとか夜の申し訳程度のイベント用に考案しなきゃならんらしい」


 今日の実行委員の集まりでは役職決めが行われ、それはすんなり決まったのだが、帰り際に先生から今手元にあるこの紙が配られてしまったのだ。次の集まりまでに何個か候補を検討してこいとのこと。まるで退社前に嫌味なお局に、明日が締切の仕事を押し付けられたかのような気分だ。

 俺に創造的なアイデアを生み出す素地はない。しかし、来る大学生活のためには、単位を目的につまらない授業を消化する、という作業になれておくべきと言えなくもない。人生ってのは楽しいことが2割くらいしかないので、それを見つけるために8割のつまらなさを享受しなければならない。今は我慢するときなのだ。


「んでお前はなんか思いついた案あるか?」


 早速人頼みの優君である。長年培ってきた根性無しはそう簡単には治らない。


「定番だけど、人の秘密を暴露する人狼ゲームをオススメする」

「ねぇ定番って言葉知ってる?」


 まぁ身内のゲームとしては大いに盛り上がるだろうが、クラスメイトのやばい秘密が暴露されたら空気は重くなるに違いない。他人の知りたくなかった秘密を知ってしまえば、そいつを見る目が嫌でも変わってしまうだろう。


「私はあなたのとんでもない秘密が知れればそれでいい」

「なんで俺の秘密がヤバいって決まってるんですかねぇ……」

「大丈夫。あなたに立ちシ○ン癖があろうが既婚者に抱きつこうが、私は受け入れる」

「いやユーチューバーじゃないから! むしろ影響力無さすぎて俺が染められちゃうくらいだから!」


 かおるの口からとんでもない下ネタが飛び出してきた。うーん、これは普段の俺の影響を受けてのことだろうか。しかし、あまり口には出さず心の中に閉まっていることが多いだけに不思議でならない。

 まさか、こいつは心が読めたりするのだろうか、なんて一瞬でも厨二病全開な発想を抱いた自分が恥ずかしい。


「まぁでも人狼って案は悪くないな」


 実際、少し前から続いている流行りだし、高校生くらいの世代なら食いつくだろう。ちゃっかり案の1つとして紙に書き足しておいた。

 しかし、案が1つでは物足りない。こういうのは中身はペラッペラでいいので、とりあえず多く案を出して「やった感」を出すのが重要なのである。塾によくいる分かった振りが得意な真面目系クズの生徒がいい例だ。


 いつもは物静かな俺のスマホが軽快な音を立てて通知を知らせてきた。


『こんばんは。相談したいことがあるんだけど、今ってちょっと時間ある?』


 それは、今日連絡先を交換した宮地からのラインだった。

 こういうのはあまり既読を早くつけすぎない方がいいのだが、内容的に宮地は早い返信を求めているようだから、俺は素直にトーク画面を開いた。


『時間は大丈夫だが、相談ってもしかして実行委員の課題のことか?』

『そう! よくわかったね(笑)ここじゃ相談しにくいから電話してもいい?』


「えっ……」


 今日話したばかりなのに、電話を求めてくるとはこれは何か裏があるな。何せ異性とラインするのはほぼ初なわけで、壺を売られたりマルチ商法に誘われたりするんじゃないかとヒヤヒヤしているところなのだ。異性のラインのサンプルがあの高圧マウント系わがまま幼馴染しかないばかりに俺は大いに焦った。


「セフレにもう他の女と会わないで、ってメンヘラ発言された時にどう上手く丸め込むか必死に考えを巡らせているって感じの発言ね」

「この2文字にそんな意味があるなら俺日本語引退するわ」


 まるで誰かの体験談のような発言に背筋が凍る。しかし、今からかおるを言いくるめて部屋から追い出そうと考えているので、当たらずとも遠からず、といった感じである。


「ちょっと今から白井と電話するから、外してくれ」


 別に後ろめたいことはないが、俺の勘が女子と電話することを伏せるべきだと警鐘を鳴らしている。


「出ていくのは構わない。しかし、私もそこまで安い女じゃない。故に対価を所望する」

「たいか? なにそれ? 美味しいの?」

「さて私の要求の意図は何でしょうか。分かりやすく説明しなさい」

「大学の入試問題かよ」


 むしろ大学の入試問題よりハードである。設問文もなければ、傍線部もない。つまり、前後の文脈から答えを探し出すことができない。いやこの場合、かおるの表情や会話の文脈から意図を探り当てなければならないのか……。


「あなたは女はバカだから上手い言葉で言いくるめとけば大丈夫、と思っているだろうが、それは違う」

「それは俺を見くびってるぞ」

「女の子は合理的判断や意味のある行動は求めていない。私のためにどんな行動をとってくれるのかその熱意を測りたいだけ」

「正解が定まらない問題は悪問だろ」


 悪態をつきつつも、俺は1つの答えにたどり着いていた。つまりはかおるの喜びそうなことをしてやればいいのだ。


「かおる、ちょっとこっち来い」


 回る椅子に座ったまま身体を回転させ、ベッドにいるかおるの方に向く。


「答えが出たみたい……ね」

「ああ。今回は自信あるぞ」


 俺の前までちょこちょこ歩いてきたかおるは上目遣いにじっと見つめてくる。心なしかその表情は不敵に微笑んでいるように見えた。いや、よく見たらやっぱり無表情だ。

 俺は意を決してかおるの頭に手を乗せた。俗にいう頭ポンポンだ。

 しかし―———


「————ふっ」

「えっ?」

「……いつまでも初級魔法では太刀打ちできない」


 意味深な笑みと言葉を残して、かおるは部屋から出ていってしまった。


「……不意打ちは見事」


 耳を朱に染めてドアの前でへたり込むかおるの姿は何人にも不可視であった。

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無意識イケメン陰キャは罪である。 寝癖王子 @467850281030

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