第23話

 決行日は太陽の光がしつこい蒼穹の空が広がっていた。一昔前のラブコメ主人公のようにリア充爆発しろなどと呪詛を唱えるつもりはないが、どんよりとした曇り空が広がって、大雨の襲来を期待している自分がいた。休みの日にわざわざ他人の所用で外に出ることほど煩わしいことはない。

 大きな欠伸と伸びを隠す素振りもせず集合場所へ向かうと、遠目に見知った姿を見つけた。

 本日の白井氏のファッションは秋色にふさわしい肩幅大きめなスウェットにジーパンを合わせたカジュアルスタイル。ガタイが規格外な白井にとって今時のファッションはそぐわない。それ故に、シンプルながら万能型のジーパンさんに登場頂いたというわけだ。

 使い勝手が良すぎて気づいたら、クローゼットがジーパンだらけで大変! 困っていると横から「頭を抱えてどうしたんだい、マイク?」と白人が問いかけてきて、概要を説明すると、「そんな時にはこれ!」とやけに調子づいた声で商品の購入を勧められちゃう。うーん、テレビショッピングだったかー。でも、小ドラマみたいなのに騙されてついつい買っちゃうんだよね、マイク。君もせいだよ? 分かってる? そして、商品購入後にアマ〇ンなんかで1000円くらい安く売ってるの見かけちゃうまでがセット。そもそもよく考えたら要らないんだよね、その商品……。


「肩肘張ってんぞ。筋トレの時はもっとリラックスしてんだろお前」


 辺りをきょろきょろ見て、周囲に知り合いがいないことを確認してから白井に声をかけた。


「し、心臓が張り裂けそうだ……助けてくれ、優」


 我が友人ながらなんとも情けない姿だ。いつもは頼りになる腕っぷしもふやけたワカメのように見える。


「大丈夫……じゃなさそうだが、まあ全力で頑張ってみろ」


 大丈夫、なんて無責任な言葉を投げかけて気負わせちゃ意味ない。しかし、彼に上手くやれというのも酷な話だ。白井のような根っからの体育会系は、「根性」とか「全力を尽くす」といった直球な言葉の方がお気に召すようだ。本当にありがとう、すまんなあと感涙を流している。


「ばっか、泣くにはまだ早いんだよ」

 

 ようやくスタートラインに立ったに過ぎない。むしろ本番はこれからだ。大学生のレポートのように締め切り直前の火事場のバカ力で何とかなる話ではない。


「自分で約束取り付けたんだろ、自信を持て」


 ちなみに方便は勉強だ。そろそろ期末テストの対策を始めても良い頃だ。生徒の模範たる生徒会役員の成績が芳しくなければ、東雲会長も黙っちゃいない。そこに付けこみもとい口実として今日のデートは取り付けてある。

 そもそも彩紗の伝手という名のコネでごり押しできたんだが、「自分で誘わなければ意味がない」と男気を発していたので、勢いに乗せておくことにした。本音を言うと、テンプレ定番古くさい系幼馴染の力を借りてチートしたかったんだが、真っすぐ1本のノゴロー君こと白井氏はそれを許してはくれなかった。


「あれでは究極奥義は出せない。まだバカの器が奥義を抱えきれない」

「それ世界観バラバラすぎじゃない? いつの間に格闘技の世界に転生したんだ?」

「ジャンルは日々移り変わってしまう。新しい世界観にも精通していないと『ふっ、おもしれぇ女』って言ってもらえなくなる」

「ツイッタラーのツイートと同じくらい香ばしいなあ……」


 例のように影からぬっと現れたかおる氏は、黒の大きなリボンが特徴的な白シャツの上から学院風のチェック柄のショット丈コートを羽織り、同じ柄のショートスカートを合わせている。流行りのセットアップってやつだ。メンヘラファッションはかわいいと言われるが、名前のインパクトと男子からの偏見の強さにより女の子が気軽に召すことができないのは惜しい。ていうかこいつ陰キャの癖におしゃれなのおかしくな~い? パーカー着回している俺が見劣りしてしまう。なんだよ、部屋着にも外出着にも使える機能性と豊富なデザインはバカにはできないだろ。


「ていうかなんで現地集合なんだ? 一緒に来ればよかっただろ。それともあれか? 俺が隣歩いたらセクハラになっちゃう?」

「そんな野暮なことはしない。それは本当に最終手段」

「ええ……最後に裏切っちゃうわけ? 痴漢冤罪とかかけられたら一目散に逃げるよ? 現行犯で留置所に連れていかれたら終わりだからな。駅員室について行ったらお先真っ暗だ。歪んだ正義感で取り押さえてくるじゃじゃ馬サラリーマンをどう押しのけるかが最重要ポイントだ」


 滔々と痴漢冤罪への知識を語ることにより、法律に精通しているアピールが可能となり、将来は公務員か弁護士関係の仕事に就くことをほのめかす。そして、目がくらんだ美人キャリアウーマンを捕まえ、快適なニートライフを送ることができるのだ。現実はアラフォー地雷物件ナオンさんしか残ってないんだよなあ。


「……敵の刺客が来た」

「敵じゃなくて顧客って言え」

「あなたに近づく女は全員敵」

「頼むから仲良くしてね、ほんと」


 ウィンウィンの関係を築けるならそれに越したことはないのに、SNSでマウント合戦してLOSE-LOSEしてる輩の多いこと……。勝ってるの運営だけだもんね。そろそろかおるにも協調性をつけて欲しいものだが、無理に働きかけては逆効果だ。みんなで協力して頑張りましょうね、なんて言われてもみんなの中には必ず苦手な奴もいるものだ。心優しい俺なんて自分から身を引いて、「楽しめよ、お前ら……」と心の中で捨て台詞を吐いちゃうほど自分に酔ってる。そもそも始めから蚊帳の外説が濃厚なんだよなあ。

 視線を前方に戻すとすらっとした人が白井に近づいてきていた。

 ベージュのブラウスにクリーム色のタックパンツのコーデ。そこにバンプスなどという大人アイテムが加われば、黒髪ロングの大人お姉さんの出来上がりだ。ただし、それはカフェに向かう格好であって白井との図書館デートにはそぐわない。並んで歩きだした様子を窺うが、もはやママ活にしか見えない。おばさんって筋肉大好きだもんね。


「雲行きが怪しい」


 それは先の天気への懸念かはたまた白井の前途への暗示か確かめる気にはなれなかった。

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