第22話
人は意外と本人の気づかぬうちに他人に見られているものである。昔、ユーチューバーへの悪口をツイートしたら本人からのエゴサに引っかかってしまい、いいねを貰った時の焦りと複雑な気持ちと言ったら……。注目されていることに慣れていないと痛い目に合うと学んだ瞬間だった。人気者からすれば俺のようなちっぽけな存在などすぐに忘れ去られてしまうが、こちらの人生にはそれなりの影響を受けてしまう。勘違いしてクソリプなんて送り出したら赤面ものだ。昔の自分を見ているようで恥ずかしい。
「おーい優? 聞いてるのか?」
先日の会長との電話を思い出しながら屋上でふけっていると、白井の平和ボケした声が横入りしてきた。そういえば、こいつを昼休みに呼び出していたのをすっかり忘れていた。
「え、何? プロテインなら勧められても飲まんぞ」
「それはもう諦めた! 優は飲むだけ飲んで肝心の筋トレをしてくれないからな!」
「おかげでちょっと太ったからな。そのことに関してはまだ恨んでる」
「それはあんまりじゃないか!?」
いつものようにガハハと笑うが、今の白井は空元気のようだ。ツッコミはキレどころか錆びついている。
「水を1日1、5リットル飲んだら肌がきれいになるらしいぞ」
「もちろん、毎日水分補給はたくさんしてるぞ!」
ナオンツイッタラーさんが自分磨き垢を開設し、日記のように筋トレや美容のことを呟いたりしている。最初の内は「今日もかわいくなるぞ、絶対痩せる!」と意気揚々としているが、数日たつと大体病み垢と化している。「なんで私は彼氏できないんだ」から「あのブスが底辺高校から有名大学に通えてるのおかしい」とのような他人への中傷まで活動範囲を広げる。
最初は画像付きツイートに「かわいい」「綺麗」「スタイル抜群!」とおじさんから賞賛の嵐が沸き起こっているが、終いには「大丈夫?」としか言わないbot
と化している。そして、悲しいことにおじさんたちはツイ主からガン無視され、生ける屍のようになっている。誰か、早くおじさんを救ってあげて……っ。
「はいはいえらいえらい。でも俺はお前の筋トレにはついていけん。だから、適任を誘え」
「でも、優以外に筋トレ誘える知り合いなんて――」
「——いるだろ適任が。お前のバカさを受け入れられる器量があって、完璧超人みたいなカリスマ性を持った人がお前の近くにさ」
「……はっ! まさか会長のことか!? それは絶対にいかん! 会長は今忙しいんだ。迷惑をかけるわけにはいかない。ただでさえ面倒な勢力に手を焼いているところなのに」
「あーもうその嘘バレバレだから。お前嘘つくの向いてなさすぎ」
白井はバカだし空気読めないし鈍感だ。けれど、白井も俺も男の子だ。かおるが女の子にしか分からないこともあるといったように、男にも男のフィールドややり方というものがある。
「好きなんだろ会長のこと」
「……ああ。喉から手が出るほど会長が欲しい」
「それは会長に直接言おうな」
よくもそんな気恥ずかしい台詞をさらりと言えてしまうものだ。意志は固いが、彼はそれを生かす術を知らない。こちらが見張っていないと暴走機関車のように突っ走ってしまう。だから、知を持ってそれを制す相棒が必要だ。
家来を思いのままに動かす戦国時代の武将のような気分だ。悪くない。
「うーん、でも会長は難しい人だぞ。そう簡単に行くか……?」
どうしてマッチョな男はこうも異性に対してナヨナヨしているのだろう。外側ばかり固めて虚勢を張っているという点では、俺も白井も同じなのかもしれない。だが、継続は力なりだ。最後まで外面が瓦解しなければ、俺達の我慢勝ちだ。
「女子は建前と嘘でできてると言っても過言じゃないし、あの会長だって例外じゃない。相手がぐっとくるような誘い文句はいらないし、まず不器用なお前には無理だ」
「じゃあ、俺はどうすればいいんだ!」
「落ち着け。別に特別なことはしなくていい。相手に断る隙を見せなければいい。冷静に考える時間を与えなければいい。理由はなんでもいいんだ。最終的に、『自分はこの男の誘いに乗せられたんじゃなくて、しかるべき理由があるから出向いている』と言い訳が立つようにしろ」
「聞けば聞くほど難しく感じるぞ!?」
白井が困惑するのも無理ない。女子という生き物は、外聞を酷く気にするものだ。軽い女だと思われたくない為、プロフィールに「すぐには会いません!」とか「ヤリモクNG」と公言する。大抵、そういう輩は自分を棚に上げた面食いなので、イケメンに上手く言いくるめられて、トンネル開通させちゃってる。面食いほどはっきりした指標はない。イケメンなら目をハートにし、ブスには厳しく対処する。それを謙虚な態度で包むか塩対応に接するかのどちらかだ。歯に衣着せぬ言い方をすれば、こんなイケメンと遊べちゃう私かわいいという自己承認欲求に過ぎない。
この話から導き出される結論は、会長が白井を先の意味でのいい男であると認識させる必要があるということだ。
「まあ、任せとけ。事務連絡にかこつけた連絡先の交換は俺の108の特技の内の1つだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます