第21話
「……っ、ふんっ……あっ……ひゃ」
「男の喘ぎ声エロ過ぎて心の息子がおっきくなっちゃう。まじヘタレ受けしか勝たん」
「腐女子ツイッタラーのツイート読み上げるのやめようね」
やましいことなんて何もしていない。ただの筋トレだ。貧相な俺の体には少しの腕立てでさえこたえる。
「なぜ、筋トレ? 近衛騎士団に入隊するつもり?」
「あのバカが言うには汗の滴るいい男こそモテるらしい。特にマッチョは年上にウケがいいらしい」
前話で妙案を思いついた雰囲気を醸し出していたのに、無駄なことやってる。そう思った諸君も多いのではないだろうか。まあ、少し落ち着いて待っていて欲しい。焦りは禁物だ。俺の得意技は屁理屈と後回し。このスキルなら学園で天下を取れる。
「数10分前のあなたは『待ってめっちゃこわい死ぬ無理筋トレで気を紛らす!』って情けなくわめいていた」
「ちょっと~? いつからそんな物まね芸みたいなこと覚えちゃったわけ?」
おかげで、小学校時代、始業前に男子3人で好きな人を言い合って、その後秒で本人にばらされた忌々しい記憶がよみがえった。あの子隣の席だったのに音読のたびに気まずくなったんだからな。ほんと覚えとけよ、中〇。
明後日の方向にうらみを向ける。やったー、これで最後に受けた技「チクり魔」のPPが0になったね。
ポケモンの知識をひけらかしていると、手元でタイマー代わりに使っていたスマホが着信を伝えてくれる。震える手を抑えながら、緑の応答マークを押した。
『……影宮優君の電話であってるかい』
『はい、合ってますよ東雲かれん生徒会長』
俺がなるべく不敵に答えると、電話口からもふっと笑みがこぼれる。
『なんだその堅苦しい言い方は。やめたまえ』
『初対面の先輩に敬意を敬うのはごく普通のことですよ』
『初対面? 何を言っているんだ。私たちは一度も会ったことなどないだろう』
『ええ、そうですね。名目上はそういうことになっています』
電話という方法ならば、白井の俺を会長に会わせたくないという意志を尊重できる。屁理屈に過ぎないと笑い飛ばされてしまうかもしれないが、白井にこの事実を明かさず墓場まで持っていけばよい。認識されていない事実ならば、彼を裏切ったことにはならない。
『何かとても引っかかる言い方をするのだな君は』
『不可解という点では会長も同じではないかと』
『ほう。下駄箱に手紙という古典的な手段を取っておきながら、電話番号と名前だけを記載する君の魂胆も底が知れないと私は思うのだがね』
文化祭の時の有志ミスコンには会長が絡んでいる、と俺は睨んでいる。しかし、この会長の性格を鑑みるに素直には教えてくれないだろう。それ故に、まずはこの人に気に入られることが先決だ。またの名をゴマすりともいう。
『生徒会長としては、個人情報へのリテラシーが低い生徒は放っておけないんじゃないんですか?』
『君を看過できぬのはもっと他の理由だよ』
『へぇ、まるで俺のことを良く知っているような口ぶりですね』
電話によるコミュニケーションには1つ大きな欠点がある。得られる情報が音声のみという点である。人間は視覚により情報の8~9割を仕入れると言われている。視界に映る店や数々の風景から流れるような会話を生み出し、女性に興味を惹かせ、ホテルまで誘導する。そう、それこそストナンだ。あれ何の話してたっけ?
『日南彩紗の幼馴染であり、あの成瀬せなになつかれている。そして、転校生のはずのかおるくんからの信頼が厚い。そんな人間が目立たないはずないだろう』
『買いかぶられても困りますよ。周りの属性とキャラが強すぎて、俺はそのおこぼれを貰ってるだけですよ』
『逆に言えば、君のカリスマ性が彼女たちを惹きつけていると言えないかね?』
『まさか。高校生活で一生分の運を使っちまった不幸な一匹狼ですよ』
うすら寒い台詞を堂々と吐いておく。こうすれば、ドン引きか愛想笑いかガチトーンの「キモ」が飛んでくる。最後のだけはほんとにやめてね。切実に。
『ほう。君はおもしろい奴だな』
『本当に面白い奴はクラスで孤立したりしないはずなんですけどねぇ……』
皮肉じみたネット民の態度の如く悪態を付くと、東雲会長はなおもふっと鼻で笑った。
『全校生徒の代表である私が言うのだから間違いない。もし、私の意見に賛同しないものがいるのならば、その者に見る目がないだけだ』
真っすぐにほめられ慣れていないせいか、実にこそばゆい。電話前では、俺が会話の主導権を握り、交渉に出るつもりだったが作戦変更だ。東雲かれんのペースに俺が巻き込まれるわけにはいかないが、溶け込めばいい。
『俺をそんなに高く買ってくれるなら、白井の意見を聞き入れてくれてもいいんじゃないすか?』
『……あれはガキが駄々をこねているだけだ。議論に値しない』
『じゃあ、白井が筋道の立った理由を説明できれば、会長辞職の件は考え直してくれるんですよね?』
当然だよね? とほとんど同調圧力同然の物言いで畳みかける。学校という組織の奴隷たる生徒会ならば、日本社会に漂う空気を感じ取ることは容易なはず。つまり、交渉は成立だ。
『ほう、君はあの真っすぐにぶつかることしか知らない者を説得してみせるというのか?』
『説得? 冗談は白井の頭だけにしてくださいよ。これは抵抗です。力のないものが公的権力にみじめに抗い、徹底的に邪魔をするじゃじゃ馬根性です』
『……君はいい役員になりそうだが、かわいい後輩にはならないようだね』
『生憎、俺は忠犬型ではなく受け身型みたいなんでね』
捨て台詞を残して一方的に電話を切る。決定的な答えは何1つだって口にしていない。友達との友情を選ぶか会長の意向を尊重するか。決まっている。俺は誰よりも欲張りで承認欲求が強い。
「腰が抜けている」
「息が止まるかと思ったわ……。あの人を超えられる生徒会長なんていねぇわ」
虚勢を張ることは、嘘をつくこととイコールだ。後味の悪さが心に浮かんでくるし、話の辻褄を合わせるためにいろいろと工夫を施さなければならない。会長との対話は、俺が弱みを出さないための試験のようなものでもあった。
「大丈夫? おっぱい飲む?」
「巨乳アピって他の女に対するマウントのつもりかもしれんけど、基本的に脂肪のかたまりだからな。イコールデブってことだ」
「ツイッターで炎上確定。怒りのナイトメアを発動する」
「現実がもう悪夢みたいなもんだろ。タイプ相性は最悪だ」
疲れている時ほど饒舌。今は頭ではなく舌を回したい。地球が回るにつれて、人間関係も円滑に回ればいいのにと強く願う。
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