第20話

 家の前で張り込みをしては不審者に他ならないので、物陰から様子を窺う。これも不審者に極まりないが、正面突破なんてバカな真似はできない。どこかに盗聴スキルが高くてバレない手近な存在が落ちてないかなー。


「あそこ」

「ゆらゆらとなびくツインテール。あれほど隠しづらい特徴はないな」


 ツンデレツインテ系幼馴染なんて死語だ。絶滅危惧種だ。しかし、視界の中でぷるぷる震えられてはその存在を認識せざるを得ない。


「別にた、たまたまよっ」

「まだ何も聞いてないんだが」

「何よそれ。ほんとむかつく」

「えーじゃあストーカされてる俺もむかつく~って言った方がいい?」

「だから偶然だって言ってんでしょ。世間は意外と狭いのよ」

「あくまでもしらを切りとおすつもりなのか……あとそれ使い方間違ってるからな」


 何10万分の1かの確率がそう簡単に起こってたまるか。それなら今頃俺は巨乳キャリアウーマンお姉さんに養われてるわ。お姉さんへの執着がほんとすごい。


「本題に入る」

「あ、そうそう。盗聴器ってどうやってしかけんの?」

「は? そんなのコンセントの裏にでも小型の機械を埋め込んで……ってなんであんたがそのこと知ってるわけ!? もしかしてあれもバレて——」

「——俺は盗聴器の仕掛け方聞いただけなんだけどな~」

「まじであんたのそういうとこむかつく……っ」


 しかし、この方法はれっきとした犯罪だ。隣の我儘系ごり押し幼馴染は下僕や守ってくれる人が多数いるわけだから俺が通報しない限りバレないが、支持者も後ろ盾もおまけに経験人数も0な俺にうかつな行動は取れない。


「彩紗ならこういう時どうする?」

「は? できないなら直接凸ればいいじゃない」

「いや生徒会長は俺と会ってくれないんだよ」

「それはあんたがキモいからでしょ。顔も合わせてくれない時点で生理的に受け付けられてないのよ」

「えーそれって全校生徒の代表であり、模範的であるべき生徒会長としてどうなんですかねぇ」


 校則に記載のありそうな薄ら寒い文言を口にしながら、突っ込む。やはり、関西人は気になると口を出さずにはいられない。


「二人とも静かに。出てくる気配がする」


 銀行に強盗が立て籠った際の突入前の機動隊員さながら、かおるに漂う緊張感はガチ感を出していた。大方、やっべー今の俺かっこよすぎん?と心中田舎のイキリヤンキーが騒ぎ立てているのだろう。ハリボテ感が甚だしい。


「考え直してください! 俺には会長がなぜそんなことしなくちゃならんのか理解ができません!」

「落ち着くんだ、啓君。君の言わんとしていることは分からないでもないが、これ以上の話し合いは無意味だ」


 遠目に捉えたのは黒髪ロングのストレート。艶やかな髪が陽光に照らされ、煌びやかに映える。

 え、待ってどうしよう。めっちゃ顔強いんだけど。死ねる~、私の推ししか勝たん。

 そんな今時女子のような反応を心の中で一通りやっておく。しかし、お世辞にも二人は良い雰囲気とは言えない。白井の方は酷く興奮している。玄関先まで二人の口論は続いているようだ。


「しかし、会長が辞任する意味が分からない! 会長は学園に必要なお方です。それに、辞任の時期にしては早いはずだ」

「君が言うほど大げさなことではない。たかが数か月辞任を前倒しにする……ただそれだけだ」

「しかし、役員のみんなは不満を抱えている!」

「……だから君はあんな出まかせを口にしたのか」

「そうでも言わないと優にはすぐに気づかれるんすよ」


 いつもうるさい白井が年甲斐もなく拗ねている。レアな光景だ。将来の脅しの材料として使えそうだが、わいせつ物陳列罪に問われてしまいそうなので自粛しておく。自粛警察さん見逃してね。


「あんた何か知ってるわけ?」


 彩紗がジト目で詰問し、ついでにかおるも期待の眼差しを向けてくる。久々に多数の視線を浴びたので、冷汗が背筋を流れた。

 それでも一応弁解はしておく。


「いやガチで分からん。友人キャラのことなんでもお見通しな有能主人公と一緒にすな」

「ふーん、使えないわね」


 こいつは何か小言を言わなければ死ぬ呪いにでもかかっているのだろうか。中学時代、知り合いの居所を聞かれて俺が知らなかったばかりに、「なんだよ使えねぇな死ね」と暴言を吐いてきたハンドボール部の赤松。今でも根に持ってるからな。

 嫌な記憶のトリガーさんこと彩紗の小言を華麗に流しつつ、視線を前方に戻す。


「うむ。私と彼をしきりに会わせたがらなかったのはそういうわけか」

「あいつは多分、一番いい方法を取ります。だから、会わせたくない……っ」

「なるほど、まあそれが後輩である君の我儘というのならば、甘んじれて受け入れよう」

「じゃあ、考え直してくれるんですか会長!」

「それは論の飛躍だろう。今日はもう遅い。家に帰りたまえ。生徒の模範たるべき生徒会役員がこんなところで油を売ってるんじゃない」

「か、会長! お待ちください!」


 あんなに必死な白井は初めて見た。一方的な口論は生徒会長の退場により打ち切られた。玄関のドアが閉められる音が聞こえた後、肩を落とした白井がとぼとぼ歩いてきた。ご自慢の筋肉も今も萎えているように見える。


「ちょ、どうすんのよ! あいつこっちに来るわよ」

「まあ、今はほっといた方が身のためだろうな」


 誤って首でも絞められたらうっかり殺されそうだ。いや、今は白井をネタにしている場合ではない。

 白井は途中、電柱の陰にいる俺たちの横を一瞥もくれずに素通りした。ダメージは見た目よりも深いようだ。


「あんたって意外と薄情な奴よね」

「薄情? ここで声かけてもあいつにまた嘘つかせるだけだろ」


 ようつべのコメ欄の如く素早いマジレスをかます。


「あんたのそれ、思いやりのつもりかもしれないけど、ただの逃げだから。あんなの早く構って~、助けて~、慰めて~って言ってるようなもんだし」

「ま、それは日向もののやり方だろ」


 これは皮肉なんて鋭いものでもないし、嫌味にしては弱すぎる。だけど、負け犬かもしれない白井にもプライドがある。男のプライドなんて捨て掃いてチリと化すべきだ。それでも、白井が下手なりに嘘を嘘として完成させようとしているのなら、その意志は尊重すべきだ。


「ふーん、あっそ。じゃあ後で私に泣きついても知らないから」


 不機嫌アバズレ女さんは、俺を見限ってそそくさと立ち去ってしまう。それでいい。これは異性の入れない世界の話だ。


「これからどうする?」

「とりあえず俺たちも帰ろう」


 帰路に着きながら、一計を案じる。かおるのように学校に馴染めなかったり、成瀬のように明確な敵がいた場合とは違う。


 ————解決すべき問題がない


 有り体に言ってしまえば、白井が勝手に拗ねているだけだ。合理的な方法を選択すれば、俺が会長と密会して目的を達すればいい。しかし、それは白井の女々しいあがきを裏切ってしまう。

 正直、めっちゃめんどくさい。彼女が怒っている理由に見当がつかず、とりあえずご機嫌を取りいくあの感覚と同じだ。


「ん、どうした」


 気づけば、かおるが思案しながら歩く俺の顔をじっと見つめている。


「バカは生徒会が大好き? 会長が大好き?」

「生徒会の仕事もやりがいがある! とかうるさそうだが、会長とイチャイチャすんのが一番の目的だろうな」


 待てよ。もし会長の意向を変えることができれば……。

 にやりと頬が緩む。


「また、神が召喚された?」

「ああ、任せろ。今から作戦会議だ。今夜は寝かせないぞ」


 勘違いを生み出しそうなキーワード。けれど、このこそが今回の鍵となりそうだ。

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