第2話

 一度、自分のキャラが立ってしまったらそこから抜け出すことは難しい。高校デビューやら大学デビューやらの言葉が生まれたのは一度人間関係がリセットされ、キャラ選択の場面まで戻ることが可能になる所以である。しかし、そこにも限度はある。例えば、俺のような陰キャが外見に気を遣い、フツメンまで昇格したとしても中身がそのままでは化けの皮が剥がれてしまう。


「今日もさぞみんなの視線を集めたようで」

「えー、何~? なんで気安く話しかけてんの?」


 対面に座るまんさんは屈託ない笑みを浮かべながらもえげつないことを言ってのける。表情と台詞が不一致だ。


「ていうかあんたと一緒のところ学校の誰かに見られたら最悪なんだけど」

「家の中まで追いかけてくる奴がいたら怖いわ」

「私の熱狂的なファンがいるかもしれないじゃん」

「いたら普通に警察沙汰だろそれ」


 現在、我が家では定期的に開催される食事会が執り行われている。まあ、近所付き合いというやつだ。学園のアイドルである彩紗の家族――日南家と影宮家は家族ぐるみで仲が良く、今もダイニングの方から大人同士の談笑の声が聞こえてくる。それ故に、学校中の全男子が喉から手が出るほど欲しがる彩紗の部屋着姿を写真に収めることも可能だ。


「まー、今もストーカーと喋ってる気分だけどね」

「いくら俺をディスろうが期待してる反応は返ってこないぞ」

「何それつまんない」


 没個性的な優氏に面白さを求められても困る。「好きな男性のタイプは面白い人です」なんて答えるまんさんがいようものなら、右ストレートは禁じ得ない。妄想の中でだけど。


「いろんな奴の告白断ってるみたいだが、いいのか? このままいくと彼氏いない歴=年齢と処女記録更新は継続だけど」

「は? 汚れてない方が男は好きじゃん。わざわざブランド捨てるかっての」

「と、本当は怖いだけの癖に見栄を張っております」

「は?」

「あ?」


 このように俺と彩紗は幼馴染の関係でありながら、最悪の相性である。処女厨なんて少ない経験人数でイキってるステータス中の下かキモオタ童貞にしか需要はない。口には出してやらないけれど。


「ちょっと~、二人ともいい?」


 おもむろにリビングのドアが開いて、マイマザーが現れる。さっきの処女云々の話を聞かれるのではないかとソファの上で冷や冷やする俺に反して、彩紗は驚きの変わり身の早さで愛想を振りまいている。


「そんなににこにこしてどうしたんですか。おばさん」

「ちょっと玄関の方まで来てくれない? 紹介したい人がいるの」

「なんだよ母さん。ついに再婚か?」

「そうだったらよかったんだけどね~」


 早く早くと急かす母さんに押されて二人して玄関まで足を運ぶ。

 最初に目に飛び込んできたのは、今時珍しいセーラー服。次にやけに長い前髪と縁の深い眼鏡。しかし、目が完全に隠れており、その表情を確認することができない。


「遠路はるばるご苦労様~。立ち話もなんだから、ささ、上がって」

「ちょっと待って母さん。紹介は?」

「紹介も何もいとこのかおるちゃんでしょ? 覚えてないの? 薄情な子ねぇ」

「…………え?」


 じっと玄関に立つ少女を見つめる。記憶が正しければ、数十年前に引っ込み思案ないとこと遊んだような気がする。しかし、やっぱり顔が思い出せない。せめて顔を見ることができれば――


「……ふふっ」

「——えっ?」


 今、微かに笑われたような……気のせいか?


「キモっ。また人のことじろじろ見てるし」


 彩紗が俺にしか聞こえないような声で悪口を投下してくる。確かに人を品定めするような真似は良くない。

 俺にしては珍しく内省していると、家に上がったいとこがすれ違い際に何かを呟く。


「これから……よろしくね」


 スーツケースを引きながら、意味深なことを呟く彼女。ん、スーツケース?


「え、何その大荷物」

「あら、言ってなかったけ? 今日からかおるちゃんはうちで預かることになったから。よろしく~」

「はあっ――――!?」


 ダイニングの喧騒を背景に腰を抜かした陰キャの図が見事に出来上がったのであった。 

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