第18話

 人の誘いを平気で断れるメンタルのある人間が心底羨ましい。自分に自信のない人間はどんなに進まない誘いでも受け入れちゃうし、ドタキャンする勇気もないのだ。しかし、この白井という男はデリカシーというかシンパシーというかエクスタシーがない。最後のはなくていいけど。


「待て優の言いたいことはよーくわかるぞ。なんで会長に会わせてくれないんだってそんな顔してるな!」

「それ以外に何があんだよ」


 この場面で他のことを考えられる余裕の持ち主ならば、今頃皆にちやほやされているはずだ。そうでなければ、いとこという主人公属性を利用した卑怯な方法で女子を携えたりしない。あと白井がうざい。


「うんうん、分かるぞその気持ち。俺もよく分からんが、会長は優にはただでは会わないと言っているから仕方ない!」


 ドヤ顔とキメ顔のダブルパンチが絶妙にうざい。筋肉自体に罪はないが、昨今の男の筋トレへの異常な信頼は何なんだろう。半裸で筋肉見せたがる男なんてマッチングアプリですら嫌われるというのに。つまり、細見は正義だ。


「今朝、会長から仕事を頼まれた。それを優が手伝うのが条件らしいぞ!」


 昔のゲームに登場する説明キャラさながら叫ばれる。どうやら、うちの学校の生徒会長は食えない人間のようだ。俺がこうして生徒会室に訪れることを前からお見通しだったわけだ。


「ま、気になることだらけだが、売られた喧嘩は買うしかないな」

「あなたは平和主義のはず」

「だからこそ相手の機嫌を損ねないように素直に従うんだろ」


 またの名を逃げ腰という。逃げるは恥だが役に立つ。


「うん、優らしい回答だな。勝算はあるのか?」

「勝算も何も依頼の内容を聞かないと分かんねぇよ」

「なんだ、今日はやけにせっかちだな!」


 がはははと猛々しい笑い声をあげているが、せっかちからしたらイライラが募る他ない。

 無言の圧力で訴えかけると、俺の鋭い目つきに気付いた白井はわざとらしくゲフンゲフンと咳き込む。


「実は今、生徒会は存亡の危機なんだ……」

「あらやだ、そんな難しい言葉遣いしちゃってどっか頭でも打っちゃたのかな?」

「優……これはガチな話だぞ」


 いつになく真剣な面持ちだ。いや単にしかめっ面なだけかもしれない。こいつの顔にはもともと迫力が備わっている。多分、普段の白井がうざすぎるだけだ。


「人員的な問題か」


 生徒会には様々な役職があるはずだが、白井と件の生徒会長以外の役員の姿はこの部屋にも俺の記憶にも見当たらない。


「いやみんなはしっかり仕事してくれてるぞ! それだけは俺が保証する!」

「分かった暑苦しい保証はもういいから今の状況を簡潔に教えろ」

「実は、今生徒会は2つあるんだ」

「…………は?」


 簡潔どころか大迷宮じゃねぇかよ、おい。

 白井の支離滅裂な物言いには慣れているつもりだったが、付き合いの長い俺でも理解が追い付かなかった。


「実は今、会長を降格させようとする勢力が出てきてて、もう1つの生徒会――裏生徒会が発足しているんだ……っ」

「こいつは一体何を言ってるんだ」


 相手がこうも大げさだとこちらが変に冷静になってしまう。


「助けてくれ優! このままだと会長が生徒会をやめさせられるっ!」

「いや普通に考えてそうはならないだろ」


 いくらボヤ騒ぎが起こったとはいえ、正式な生徒会長がそう簡単に降格されたりしないだろう。生徒会は特に何の実権も持たない組織で、教師の駒のようなものだが、生徒会選挙で不信任にならなかった存在なら適任のはずだ。なんだか裏の匂いがプンプンする。


「なるほどな」


 このバカと一緒に俺の感知外であった小さな騒動を上手く解決することをご所望らしい。当の本人は安全なところから高見の見物。どうやら、俺はただで会うには取るに足らない存在という認識の模様。面と向かってもしくは陰でバカにされることには慣れているが、こんな斜め上からの仕打ちは初めてだ。

 不覚にも、わくわくしてしまっている自分が恐ろしい。

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