第三章

第17話

「こんなとこに呼び出すなんて先輩もやることやってるんですね」

「放課後でも人目に付かなくて大声出されても周りに聞こえる心配もないからな」

「うぇっ、冗談のつもりだったけどそのガチ感なんですかキモいんですけど」

「ばっかちげーよ、ここは単によく来る場所でいろいろ知ってるだけだ」


 未知の場所へ踏み込むのは多少なりとも勇気のいることだ。だから、自分の安定の場所へと成瀬を呼び出した。やはりこのベストプレイスでこそ言いづらいことも言えてしまう。ここまで述懐して、自分でもヤリ目の常套手段のように思えてきた。


「ちょっと教室ではできない話があるんだ」

「その言い方も意味深過ぎません?」

「だが、かおるは何も教えてくれないからなあ」

「へぇ、地雷先輩がダメそうだから次は私ってことですか先輩にとって二番目なんですね、私」

「what!? 正解選択肢はどれなんだよ」


 自分の素直な気持ちをシャウトする。所詮、不器用に生きてきたライフだ。下手に包み隠さず、ストレートにアスクする。横文字、気持ちわりー。


「ま、ミスコン関連のことかなとは思ってますけど」

「分かってんなら早くいってくれよ。あんま年上をからかうな」

「私、物分かりのいい後輩なので」

「それは素直に助かる」

「めんどくさい女の子なんて一人で充分ですもんね」

「いや、女子は総じてめんどくさい生き物だから。病むたびにメンタルケア頼まれるなんて御免だ」

「え、早口自己陶酔ラップ気持ち悪いんですけどこの人」


 しかも、「彼氏に元カノがいて、いろんな初めてが私じゃないことが辛くて吐きそう」なんて理由でやみ散らかす女子もごろごろいる世の中だ。一人で病んで一人でメンタルケアして解決する方がよっぽどコスパが良い。


「でも先輩の知りたがってることは何も知りませんよ。私は最後に誘われた口ですから」

「そうか……悪いな忙しいところを呼び出して」

「いえどうせ暇ですし……あ、生徒の中で一番偉い人なら何か知ってるかもしれませんね」

「そうか。わざわざこんなところまで来てくれてサンキューな。この埋め合わせは必ずする」

「あ、お礼はス〇バでいいですよー」


 踵を返した後、手を挙げて応じ、立ち去る。この図々しさ、さすがは成瀬せなだ。だが、ス〇バは陰キャにとってハードルが高すぎる。女子諸君は、それだけは頭に入れておいて欲しい。


「一番偉い人ねぇ」


 成瀬の言葉を違訳すると、生徒の中で一番力のある者、という意味だ。論理的に考えて、この場所に行きつくのはさしておかしなことではない。

 しかし、いざ扉の前まで来ても踏み出す勇気が湧かない。決意の固まるまで右往左往する。「時計の針が1周したら」「中庭の鳥が鳴き止んだら」「周りから完全に人がいなくなったら」様々な理由を付けて、戸をノックしない自分を正当化する。あわよくば、誰かが出てきて目的を尋ねてくれればこの逡巡にも見切りが付けられるのになあ。本来ならばそれは希望的観測に過ぎないのだけれど、都合のいい存在はこういう場面で真価を発揮する。


「呼んだ?」

「確かに心の中で呼んだけど、ほんとに現れたら鳥肌が立つし、うっかり倒れそうになる」

「でもちゃんと立ってる」

「比喩だよ比喩。またの名を例えという」


 神出鬼没なかおるの出現で準備は整った。嫌な役割を押し付けて、目的を達成するとしよう。自分の清々しいクズさには辟易するが、女ウケがいいと聞くし喜んでクズを演じよう。無意識なクズしかモテないんだよなこれが。

 一人葛藤していたら、かおるが扉の前で立ち尽くして微動だにしていないことに気づいた。


「ん、どうした?」

「鍵がかかってる」

「おっかしいな、合法的に教室を占拠できる雑談サークルが活動してないなんてことあるか?」

「おそらく生徒会は異世界からの召喚の技を行っていると思われる」

「活動じゃなくて頭までファンタジーなのか」


 教室では一人で寝たふりしかできない癖に、仲間内では人一倍うるさくなり威勢が増すタイプの人間の真似をしていると肩に何かが触れた。


「おう、お前そこでなーにやってんだよ」


 リアルに背筋が震えた。壊れかけのロボットさながら首を後ろに傾けるとそこには……見慣れたアホ面があった。


「なんだ白井か。脅かすなよ白井、白井なら大丈夫だ」

「はっは、そんなに呼んでもなんも出んぞ」


 初対面の人間に高圧的な接し方をされた時のような胸がきゅっと閉まる思いから解放され、安堵する。


「生徒会室になんか用か?」

「まるで生徒会役員みたいな言い草だな」

「半分当たりってとこだな。実はちょっと前からここの仕事を手伝わせてもらってるんだわ」


 初耳だ。一度たりとも白井がそんな素振りを見せたことはない。白井のことは割となんでも理解している気になっていたが、最近はかおるにかまけてばかりで気が付かなかった。

 白井は隆々とした手で扉を解錠し、俺たちに中に入るように促した。友達というコネを使えれば、このような障害は悠々と超えられる。ぼっちは何もかも自分の力で成し遂げなければならないので自然と処理能力が向上するが、友達に甘えてばかりの人間は一歩も進歩がない。つまり、現状の自分は甘味を吸っている愚か者だ。自分を律せる俺、かっこいい。


「生徒会長に会いたいんだが」


 生徒会室は中央に横長の机2つと向かい合わせに椅子が2つずつ、窓際にホワイトボード、側面に本棚、端に掃除ロッカーが手狭に収まっていた。案の定、そこに目的の人の姿はない。しかし、今回は白井というコネもあるし、安泰だ。決意なんてものはすぐ揺らぐし、蜜は存分に吸っておくべきだ。俺はB型なので、先の発言なんて覚えていない。


「会長に? ああ、そりゃ無理だな」

「……え、なんで? どうして? ずっと大切にしてくれるって約束したじゃん。あの言葉は嘘だったの? ねぇ、ねぇってば!」


 動揺してうっかり前世のメンヘラ気質が顔を出してしまう。ほんとになんでダメなんだよ。

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