第16話
デスクトップに映るプロフィール編集画面をぼーっと見つめる。彼が立ち去った後の部屋には、起動中のパソコンから漏れる微かなノイズだけが残った。
使徒ヨハネなら、この場合どのような恵みを与えるのだろう。我が彼のためにできること。望みは叶えてあげたいし、その為なら何でも行う。しかし、彼の選択は間違っている。
「思ったより薄情」
我は彼にとって都合のいい存在。しかし、あの女の幸せを彼が望むなら、別のルートを選択することは決して誤りではない。
『……私』
『は? なんであんたが私の連絡先知ってるわけ』
呼出音が数回も鳴らないうちに応答があった。まるで今の状況を見てきたかのようだ。
『協力して欲しい』
『なに、こっちの話完全に無視かよ』
態度が悪い。彼はどうしてこの女に劣等の念を抱いているのだろう。
『大丈夫。あなたにもメリットはある』
『にも? あんたにメリットのある話なんてごめんなんだけど』
女のめんどくささを一点に集約したような人だ。ますます魅力が湧かない。
『いいの? このままなくなったら、彼へのアドバンテージが消えちゃう』
『生憎、私はそっち側の人間じゃないから。それくらい痛くも痒くもないわよ』
何故嫌われているか分からないが、もしや生前宿敵のライバルだったのかもしれない。今すぐ雌雄を決して、彼を自分のものにしたいけれど、ステージで戦うのは役目じゃない。
『やらなかったら、あなたは一生関われないまま、こっそり見てるだけ。あの子と彼の距離は縮まって、私は安定する』
『あんた、まさか知ってるの……?』
『……ちょっと何言ってるか分からない』
『なんでわかんないのよ! ってサ〇ドのネタはいいのよ。それよりもなんでそのこと知ってるのか教えなさい』
『謝罪。勘違いだったみたい。協力する気がないなら切る』
『ちょ、ちょっと待ちなさいよ。わかったわ、あんたに協力してあげる』
『さっきは協力する気ゼロだったのに、まるで人格が入れ替わったみたい。おかしな人』
『あんただけには言われたくないのよ……』
電話口から疲れたような声が聞こえてくる。ものの数分の会話で疲れるとは、沖田総司並の虚弱体質だったのかもしれない。少し不憫。
『用がある時は連絡するから、あとは私に任せなさい』という諸葛孔明驚きの自信と共に通話は切れてしまった。確かに、私には不可能な芸当だ。彼が一目置く理由も少しわかった気がする。
「初めての記念日」
アカウントを消せば、全て終わると彼は言った。私は鍵をかけた。しかし、10倍になったフォロワーは消えていない。だから、今度はブロ解してみんなとサヨナラした。フォローもフォロワーも0。
⚫️ ⚫️ ⚫️
「もぉー、散々でしたよぉ〜〜!!」
文化祭は終幕したが、依然として熱は冷めやらない。文化祭本番の前に前夜祭があるように、祭りのあとにはまた祭り――後夜祭が待っている。またの名を打ち上げとも言う。しかし、大抵の場合陰キャにはその誘いは来ない。誘われないだけならいいが、ホームルーム後の教室で楽しそうに打ち上げの詳細を相談している様子を目の当たりにすると、こっちまで参加者のような気分になるから切実にやめて欲しい。てか打ち上げの会場どこなん?
「ちょっとー、私の話聞いてますかー」
「そうこのうるさい後輩が成瀬せなである」
「なんですか急にきもいし、くどいです」
成瀬のうんざりとした顔は何故だか癖になる。この感情はまさか、恋――
「――違う。それはまやかし」
ぬっと横からかおるが顔を出す。神出鬼没だ。
「地の文と感情読むのやめてくんない?」
「心くらい読めなければ、あなたの眷属は務まらない」
「やだなぁ、重いなー怖いなぁ」
両手に花とは好意的な言葉かもしれないが、裏を返せば遊ばれている気がしなくもない。
「それで何か用か」
「なんか用かってそれ本気で言ってますか? あの化け物みたいな日南彩沙と戦ってきた後輩に労いの言葉一つないんですか?」
確かに飛び入り有志の出し物で、数値的な結果は出ていないとしても、あの日南彩沙と立ち並んだことに間違いはない。しかし、俺の方策は却下されてしまったわけで、少しバツが悪いのはここだけの話だ。
「確かに古来より頑張って奉仕したものには褒美を与えるべし。よって、頭よしよしを所望する」
「私、甘いものが食べたい気分なんですよねー」
「乞食は死と同義だぞ」
「顔も良くない上にお金まで出せない男がモテるわけないじゃないですかー」
「もうやめて! 優くんのライフはもうゼロよ……」
しかし、俺が二人を振り回した、という事実に変わりはない。それに対価を払うのは決して不自然なことではない。合理的な判断だ。
「じゃあなんか食いに行くか? 全部奢りはきついけど、少しくらいなら出すぞ」
「どこに食べに行くんですか?」
「えっ、家じゃダメ? おい待てそのうっわーみたいな目やめろ」
「だって直家誘うのってヤリモクの常套句ですよ? 今時ヤリモクの女の子でもそんなの乗ってこないですよ」
ジト目の後輩に忠言されて自分の愚かさに気づく。一度家にあげたからと言って、気を許されたと勘違いするのは痛い。
「じゃあどうすればいい」
自信を失っている今の俺には、最善策が思いつかない。
「そうですね、ガチ感あっても重いんでここはファミレスかカラオケってとこが定番じゃないですか」
「へぇ、友達いないくせによく知ってんな」
「そういう一言余計なとこがモテない原因ですよ」
「傷口に塩塗るのそろそろやめない? 結構きついんだからなそれ」
「なんですかそれ」
成瀬は呆れたあとぷっと吹き出したように笑った。やはり、場を和ませるには洒落が一番。冗談は世界を救う。
「ま、ここで喋ってるのもなんですし、行きましょうか」
「そうだな」
先程からクラスメイトの視線がちらちらと背中に刺さって痛かった。それ故に、成瀬の申し出はありがたく受け取っておく。
俺達はみじめな敗北者だろうか。コミュニティに入れず、学校社会に適応できないはみ出もの。しかし、祭りは皆を熱くさせるもの。そこに差別も階級もない。現状に今から抗っても、後の祭りだ。だったら、この酔いが冷めやらないうちに、楽しんでおくのも悪くないだろう。
「私、忘れられてる」
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