第15話

 本日、手を引かれるのは二度目である。残念なことに、今度はキャッキャウフフな感じではなく、半ば強引に連行されている感じだ。


「男の子には優しくって先生に習わなかったのか?」

「浮気者には制裁を加えなければならない」

「制裁ってそんな物騒な」


 かおるが怒り心頭であろうことは何となく察している。手を絡ませ、強く握りしめてくるその挙動から、彼女の怒りの矛先が自分に向いていることも自ずと分かった。


「どこまで行くつもりなんだ」


 その答えを聞く前に、眼前の体育館からどよめきが聞こえてきた。


「これが私の答え」


 かおるがか細い腕でなんとか引戸を開けると、暗闇が飛び込んできた。文化祭の有志の出し物内容に興味も関心もない。最初は何が行われているのか、皆目見当もつかなかった。しかし、徐々に目が慣れてくると、俺は信じられない文字列を目の当たりにした。


「なんだよ、これ」


 震えが止まらなかった。俺は完璧にやったはずだった。


「あなたの解答も間違いではないけれど、それは別解に過ぎない。模範解答はこれ」


 また、俺は光に負けてしまったらしい。陰のあがきは圧倒的な数の暴力に屈してしまったらしい。舞台には照明が当てられ、そこにはドレスアップした煌びやかなオーラを放つ女子の姿。観客席から、彼女へのエールが多数飛び交う。何度目をこすっても、眼前の景色は変わってはくれない。中止になったはずのミスコンが行われていた。

 スポットライトが切り替わり、彩紗よりも一回り華奢な少女が現れる。


「まさか、やめろよ、おい!」


 その嫌な予感は的中した。成瀬せなは日南彩紗の隣に並んでいた。先程まで俺の隣で笑っていたいたいけな少女が悲劇の特攻隊となって戦場に駆り出されていた。


「これはあの人の意志。強い女の子は決して逃げたりしない」

「今はそんな感情論は聞きたくない!」


 負けると分かっていて勝負を挑むバカがどこにいる。そんなおつむの弱さが許されるのはガキの頃までだ。傷ついたり、最低限人に迷惑をかけないように上手く立ち回り、理想を胸にしまい込んで妥協して、現実を受け止める。感情ばかりに流されて、墓穴を掘るなんてバカの所業だ。


「否定。みんなあなたみたいに賢くない。だから、不器用でも自分の気持ちと決着をつける」

「わざわざ自分を安売りするバカがどこにいるんだよ……っ」


 これ以上、かおると話していても埒があかない。俺は小言を吐いて、舞台袖まで駆け出す。なぜ、学校側が中止にしたはずのミスコンが平然と行われているんだ。監視役の先生の姿もほとんど見当たらない。年配の起きてるか分からないよぼよぼのジィちゃん先生の姿をかろうじて見つけたくらいだ。


「先輩、だましててすみません」


 マイクに向かって成瀬が喋る。彩紗が横目でにらむ。そして、会場がどよめく。これも余興のように思われているのだろうか。いや、そんな些細なことはどうだっていい。おかしい。安易に舞台袖に入れてしまった。不可解なことだらけだ。


「色々頑張ってくれてたのは知ってます。でも、先輩は乙女心の勉強がまだまだです」


 いつもの早口も蠱惑的な視線も欠片もない。儚さの増した成瀬の佇む姿に、俺は目を奪われた。


「正門での暴動は反対派の先生たちを引き付けるためのものです。正規のミスコンは中止になってしまったけれど、彩紗先輩と私のという形で飛び入りで参加しました。だって、祭りに余興はつきものですよね?」


 小悪魔じみた笑顔を浮かべた後、成瀬は視線を舞台正面に戻す。


『続いては、お二人のアピールタイムです!』


 ナレーションの声でスポットライトが再び彩紗に切り替わる。どうやらナレーターもグルらしい。よく見たら彩紗の友達のようだ。自分の欲しいものは必ず手に入れ、思惑通りに事を進めないと気が済まない彩紗らしい展開だ。


「せーんぱいっ」

「うひゃえっ」


 考え事に耽っていると、突然耳に温かい吐息がかかった。驚いてのけぞると、成瀬は目と鼻の先まで顔を近づけ、俺の挙動不審な反応を楽しみながら、持ち前のあざとさを人差し指に集約し、俺の唇に放った。


「あのー、先輩が信じなくて誰が私を応援してくれるんですかあ。こうなったのも先輩のせいなんですから、黙って私の活躍をその濁った眼に焼き付けてくださいよ。大丈夫です、今日のこと、絶対に忘れさせませんからっ」


 なんだよ、かっこよすぎるじゃねぇか。俺の後輩の癖にできすぎなんだよ。全く、生意気すぎる。

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