第14話
嫌な日ほど早く訪れてしまう世の中なんて滅びるべきだ、と心に怨念を抱くのは罰当たりだろうか。いや、言いたいことは分かる。別に嫌なら行かなければいい。それは逃げでも何でもない。戦略的撤退は立派な自己防衛策だ。
「行事点は特別だからな」
「え、なんですかいきなり」
「いやもう一人の自分と対話をだな」
「なんですかそれ気持ち悪いですねさすが先輩」
「ってなんでお前が二年のフロアにいるんだよ」
文化祭当日。皆がそれぞれ祭りの喧騒に飲み込まれている中、俺だけ一人いつもと同じ空間で過ごしていた。教室は出し物やら物置代わりになるので、人気のない廊下で佇んでいたのに、突然横やりが入って今に至る。
「どうせ先輩は今日もおひとり様みたいなんで慰めてあげようかなーって」
「そんなら互いに慰め合わなきゃならんから大変だな」
「そうですよ私とってもかわいそうな女の子なんですよだから付き合ってくれますよね?」
「断る。俺は忙しいから」
「確かに、適度なサボりプレイスを探して校内を放浪し、先生や同級生から『あいつ、一人じゃん。かわいそう』って思われるのを避ける努力をするほど忙しそうですもんね」
「お前は触れてはいけない禁忌に触れてしまったみたいだな」
「なんか地雷先輩みたいなこと言ってますね」
別段、ぼっちであることに何の苦痛もないし、何なら誰かに合わせず自分のペースで動けるメリットさえある。しかし、周囲の人間は「友達のいないやつ」「暗くてよく分からないやつ」なんてほとんど話したこともないくせに、こちらに身勝手に劣等感を植え付けてくる。学校生活という狭い箱庭の中で、カースト争いに敗れたものは劣等生かもしれない。しかし、大学や社会に出てしまえば高校での価値観など取っ払われ、真に有能なものが評価されるのだ。そうあってほしい、そうじゃないとやってられない。まあ、俺は無能なんですけどもね。
「そういえば、今日地雷先輩はどうしたんですか」
「え…………?」
いつも小動物みたいに引っ付いてきて、俺が見ていないと何もできない危なっかしい社会不適合者。人見知りの癖に一人で行動するなんて前代未聞の出来事だ。
「さっきまで隣にいたんだが」
「妹のお守りはしっかりしてくださいよ」
「誰が妹だ誰が」
「大事なことだから?」
「そう2回言ったんだよ」
「私も探すの手伝いますよ、せーんぱいっ」
「なんで俺が探しに行く前提なんだよ」
「きょろきょろそわそわしながら言われても説得力ありませんよー。はいほら行きますよ」
言われるがままに手を引かれ、廊下を駆け出す。できる人間はこうも自然に手を繋げるらしい。しかし、そんなどうでもいいことに関心している場合ではなかった。公衆の面前で手を引いてかけていくこの状況は誤解を生みかねないし、多分誤解されてる。
成瀬の晴れ舞台を壊したことの責任は取らねばならない。今日くらいは彼女に振り回されるのが俺の責務なのだろう。
「あれなんか正門の方に野次馬がたくさんいますよ」
「野次馬ってお前、酷い言い草だな」
「顔見知り以外の生徒なんてみんな同じ顔に見えますよ」
「そのみんなに俺は含まれてたりしない?」
「やーだ先輩私そんなに薄情に見えますか? そんなことするわけないじゃないですかー」
果たして、本当に「みんな」に含まれないのだろうか。実は野次馬どころかじゃじゃ馬扱いされてるのではないか。ちょっと何言ってんのか分かんねぇんだけど、俺自身もわかんねぇから安心してね。
「我々は断固抗議する! 不当なミスコンの中止は許さない! 彩紗様の輝く舞台を奪ったミスコン運営を許すな! 教員を許すな!」
「うげぇ、あいつらは……」
「先輩、お知り合いですか」
「お知り合いとは言いたくないし、できれば気づかれずにすれ違いたいかなあ」
「なんか訳ありみたいですね」
「なぜかあいつらに目の敵にされてるんだよな。俺って驚くほど何も行動してないんだけどな」
「あの日南彩紗の幼馴染ってだけで充分やらかしちゃってますけどね」
「運命ってか宿命みたいなもんだからどうしようもないだろ」
環境に人は左右される。それなのに、子は生まれてくる環境を選べない。一等星が近くにいたら、それ以下の輝きでは満足できない。
「ん、貴様は影宮優! 我らが宿敵! 彩紗様の周りにまとわりつくハエ野郎」
「「「宿敵! 我らが宿敵!!」」」
「うわぁ、めんどくさいのが来やがった。成瀬、とりあえず巻くぞ」
次に飛び出してきたのは、「あれっ」という自分の情けない声。華奢な手から伝わってきていた肌のぬくもりは消え、成瀬の姿ははるか遠くの正門側校舎入り口まで後退していた。
「せんぱーい、死なないように頑張ってくださいねー」
引くべきところはちゃんと引くという処世術を心得ているようだ。おっと感心している場合じゃない。親衛隊隊長で応援団団長のハゲがすぐそこまで迫ってきている。ちなみに本当にハゲているのではなく、坊主頭なのだが、高校生の間では囃し立てられる対象に相違ない。
「今日という今日ははっきり決着を付けようじゃないか」
「決着も何もこっちはお前らに因縁とかないんだよ」
「知らん! 幼馴染ポジにつきながら、彩紗様を邪険に扱うなんてむかつくんだよ!」
「「「むかつくんだよ!!!」」」
「待て話せばわかる。俺は平和主義なんだ」
「問答無用! 貴様と話し合うことなどない」
「「「ない!!!」」」
あれ、おっかしーな。ここは民主主義国家のはずなんだけどなー。話し合いは理想的解決法に過ぎないらしい。やはり、最終手段は強行突破一択だな。暴力しか勝たん。
「言っておくが、俺はキレたら手が付けられなくなるらしいぞ」
一歩一歩後ずさりながら発破をかける。
「見え透いた嘘を!」
「「「嘘を!」」」
共通の敵を見つけると人間はこんなにも一致団結するものなのか。見世物ではないのに、もとより周囲に集まっていた野次馬の目線が自分に集まってくる。注目されるのは苦手だ。こちらが悪事を働いた気分に襲われる。
「馬鹿正直に相手してらっれかよ!」
捨て台詞を叫んで逃げる。俺の唯一無二の武器は逃げ足だ。昔から面倒な輩に絡まれることが多く、それによってこの足の速さは培われた。
「待てこら逃げるのか貴様!」
「「「逃げるのか!」」」
バカみたいに反復するその同調精神には感心する。腐っても日本人。同町圧力にはめっぽう弱いらしい。
相手をかき回す術はむやみやたらに逃げるのではなく、先回りして相手の出方を窺うことだ。先手必勝。相手に追い回されるのではなく、こちらが追い回す構図に持っていく。相手が既読無視してもあきらめずに食らいつくほどのしつこさに定評がある俺にしか成せない業だ。
「召喚の技の最中……?」
「ばっか、それができたら巨乳美女召喚しまくってウハウハハーレム築いてるわ」
いつもの調子でツッコんだが、背中の冷汗は本物のようだ。こいつ、一切気配を消して現れやがった。
「どこ行ってたんだよ」
「私が模範解答を教えてあげる」
振り向き際に視界が捉えた少女の表情は、アンドロイドのように酷く無機質であった。
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