第23話 攫われた少女
クレハは硬質な金属で生成された鎖が、腕を擦る痛みで眼を覚ました。
じゃらりとそれは音を立て、容赦なく腕の皮を剥がしていく。その箇所からは透明な組織液が漏れ出し、ヒリヒリと火傷のような痛みを響かせる。
「ここは……」
周囲を見回すと、自身がいる場所が何処かの牢屋のような場所であるということがわかった。眼前には鉄格子があり、その奥には見張り用のものと思われる椅子と机、それに灯りが灯ったランプが一つ。
通気口からは赤い月が見えた。
まだはっきりとは覚醒しない意識の中、クレハは必死に頭を回転させ、自分がどうしてこんな場所で拘束されてるのかを考える。
ここに来るに至った経緯を。
「……そうだ」
少し考え、思い出した。
黒装束の男たちの襲撃を受け、眼前でロンドとベールが死に際まで追いやられている姿を見せつけられた後、メルと共に鎖で巻き付けられ、街の郊外まで引きづられたのだ。
そして、見たことのない金属の竜に乗せられ、ここまで運びこまれた。
クレハとメルを連れ去った男は、何処にいるのだろう。少なくとも逃げられないように近くで見張っているはず。
と、足音が不意に響き渡った。
「あ、起きたぁ?案外早い御目覚めだったねぇ」
「──ッ」
聞き覚えのある声に、キッと視線を鋭く警戒心を一気に高める。
目の前に現れたのは、灰色髪の男。両耳に幾つものピアスを開けており、更には目元には何やら髑髏とナイフのタトゥーが彫り込まれている。
そして……特徴的な、銀色の右腕。
「……メルはどこですか?」
「まずはお友達の心配かい?随分と友達思いなんだねぇ……今は無事だよ。あんまりにもピーピー喚くんで、少し眠ってもらっているけどね」
「眠らせた?」
「あぁ」
男は肩を竦め、呆れかえった口調で言った。
「君と別々の牢にしたのがまずかったのかなぁ。俺に対して罵詈雑言を吐くだけじゃ飽きたらずに、初級の炎系統魔法まで使って来たんだよ。やれやれ、あんなちゃちな魔法、獣持ちである俺に通じるはずがないというのに」
「獣持ち、ですか?」
「知らないかい?霊獣、といえば分かり易かったかな?」
「な──ッ!」
思わず絶句してしまった。
霊獣。つまりこの男は、人間では太刀打ちできない圧倒的な力を持つ獣の王と契約している、ということになる。考えられる限り、最悪の敵だった。
口元を覆って心が折れかけているクレハを見た男は面白そうに口元を歪めた。
「というのは、嘘だ。俺は霊獣と契約できる程大きな器は持っていないし、強さもない。俺にあるのは、その力の一部さ」
銀色に輝く右腕を撫でる。
「俺が手にしたのは、霊獣ガルグイユに仕えし眷属──銀を司る眷属獣ヴィーヴル。つまるところ、俺は霊王ではないが、眷属獣使いであるということ。お嬢ちゃんたちが幾ら強がったって、俺には勝てない」
「……」
クレハは悟った。
この男がいる限り、隙をついて逃げることなんて絶対にできない。例え自分は逃れることができたとしても、メルを人質に取られれば、どうしようもない。
ぐっと下唇を噛み、男を睨み付ける。
「私たちを誘拐して、どうするつもりですか?まさか、身代金を要求することが目的ではないでしょう?」
「当然。金には困ってないし、欲しいものは別の物だ。ひひ!」
「ッ」
ガシャン!と響き渡る程強く鉄格子を掴んだ男は、気味が悪い程に目を大きく開き、クレハの瞳孔を見つめた。
「俺たち──いや、俺の主が欲しがっているのは、君の紅い瞳に宿る獣だよ」
「獣?」
「そうだ。主の見立て手では、君の瞳に宿る獣は世界で最も狙われ、誰もが渇望する力を秘めた神秘の霊獣なんだよ!」
クレハはそっと自身の紅い右目を押さえるが、男はそれに構わず熱く語った。
「その霊獣の名は
身体を捩り、銀の腕をグッと握りしめて興奮する男。
クレハ自身、この眼に何かが宿っていることは知っていた。昔から起きる奇妙な現象は、この瞳が原因だったし、不思議な力があることも。
それが、メルが契約を望む不死鳥であることには驚いた。
だが、今はそれ以上に、心が痛かった。
今回の襲撃と誘拐は、根本的には自分を狙って行われたものだから。無関係であるはずのメルとロンド、それにベールを、危険な目に巻き込んでしまったことが、何よりも辛かった。
「皆、ごめんなさい……」
「謝ることはないさ。全ては運命なのだから」
クレハの謝罪を笑った男は、彼女に背を向けて立ち去る。
何か嫌な予感がしたクレハは、じゃらりと鎖の音を立て、慌てて男を呼び止めた。
「何処に行くんですかッ!!」
「決まっている。儀式の準備に入るんだよ」
「儀式?」
「そう。封印されし霊獣を復活させるための儀式だ」
男は銀の右腕を翳す。
すると、彼の足元から銀の槍が出現し、それは幾らかの雷を弾かせ、彼の手中に収まった。
「一つ聞くが、人間の身体の中で最も魔力を秘めている場所は、何処だと思う?」
「え……」
「心臓だ」
クレハが言葉を発する前に男は答えを述べ、興奮気味に銀の槍の刃に指を触れさせた。何処か猟奇的な、快楽殺人鬼のように。
「魔力を生成する元になる心臓は、人体の中で最も多くの魔力を含んでいる。そして幸運なことに、今回魔力内包量の多い個体を攫うことができた」
「それって──」
「君のお友達さ」
クレハは背筋が凍るのを感じた。
今の話の流れからして、恐らく、そういうことだろう。
「あれは凄いぞッ!恐らくここ何年も見たことが無い程の魔力を内に秘めている素晴らしい個体だッ!彼女の心臓ならば、きっと君の内に眠る不死鳥を呼び起こすことができるだろう!」
「メルの心臓を……奪うつもり、ですか?」
「それが儀式だからねぇ。彼女の心臓を君の心臓と融合させ、体内を巡る莫大な魔力で不死鳥を呼び起こす。そのためには、彼女の心臓を抉り出すことが一番だ」
「そんなこと──」
「あぁ。彼女は間違いなく死ぬ。でも、仕方ないことなんだ。我が主の望みの前に、彼女の命一つ失うことくらい、必要経費と考えなければ、ね」
男は全く悪びれることなく、銀の槍を振り回して歩き出す。
一方、残されたクレハは焦りに染まった表情で、ガチャガチャと鎖を何度も揺らし、外そうともがく。
このままでは、数分もしない内にメルの心臓が抉り取られ、殺されてしまう。
親友を失うという恐怖と、何もできない不甲斐なさに、ボロボロと涙が零れてしまう。
「メル……私なんかと、出会ったせいで」
今回の事件、メルたちは本来無関係なはずだった。今日、自分が一人で帰っていれば。最後まで教室に残っていなければ。皆が、自分と出会っていなければ。
そんな思考が際限なく溢れ、悔しくなる。
こんなことになってしまったことに対する謝罪で心が締め付けられる。
あぁ、こんな状況で、こんなことを言うのは都合が良過ぎるのだけれど……もし、願いが一度だけ叶うというのなら、届くというのなら。
俯き、石の床に涙が零れ落ちるのを見ながら、クレハは願いを口に零した。
「助けて……ゼラ先生」
自分たちを見捨てず、付き添ってくれた新任講師の名を呟いた──その時だった。
ズゥン。
天井からパラパラと小石が落下し、地鳴りが響き渡ったのは。
地震、ではない。断続的な揺れは続かないし、何より突然大きな揺れが襲っただけだった。初期微動など、地震の特徴的な現象は一切なかったのだ。
「か、カイザ様ッ!!」
牢屋の入り口となっている階段から一人の魔法士の男が、叫びながら降りてきた。その声は震えており、見ると頭部から血が流れ出ていた。
血塗れの魔法士を見た男──カイザと呼ばれた眷属獣使いは、怒気を含ませた声を震わせた。
「この揺れはなんだッ!!」
「て、敵襲ですッ!」
「敵襲?チッ、小娘たちを奪い返しに来たってわけか……人数は?」
「ひ、一人です」
「は?」
訳が分からない。と言った風にあんぐり口を開けるカイザに、事態を知らせに来た魔法士は叫ぶように告げた。
「敵は、二本の剣を扱う剣士一人ですッ!既に半数の仲間がやられ、現在も切り伏せられている状況ですッ!カイザ様の──シルバードレイクも、一撃で切り伏せられましたッ!!」
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