新人魔法講師は獣の王
安居院晃
一部
プロローグ
これはとある一室でのやりとり。
「俺に務まるとは到底思えないんですけど」
灰色に染まった髪をガリガリと引っ掻きながら青年──ゼラは端正な顔立ちを歪めて正面にいる人物を睨んだ。
「1ーF……通称”掃き溜めクラス”の担任になるなんて。そもそも、講師はともかく魔法講師をするのは、俺にできないでしょうよ。わかってますよね?」
「そうは言っても、頼れるのは君しかいないんだからしょうがないだろう」
不機嫌そうに手元のワイングラスに口をつけたのは、ゼラをここ──帝立ブレア魔法学園に呼びつけた張本人、学園長のザバスだった。初老の彼は最近掴めるほどにまで伸びてきた顎鬚を自慢げに摩る。
「今までに何人もの講師が匙を投げていった。大抵、「あんな落ちこぼれたちには教える価値もない!」と言って辞めていく。講師が生徒に向かってなんてことを言うんだと思うが……気持ちがわからんでもないのがねぇ」
「魔法士はプライドの塊みたいな人たちが多いですからね。もっと柔軟な人はいなかったんですか?」
「いや比較的柔軟な人物を選んでもそれだ」
「oh……」
ゼラは余計に頭を抱え、やけ酒をとばかりに差し出された赤ワインに手を伸ばした。ちなみに生まれて十八年、ワインを美味いと思ったことはない。
一息にグラスの中を飲み干したゼラはそっと机上に戻した。
「具体的には、どういうことが起きてるんです?言葉だけで落ちこぼれだとか、掃き溜めとか、そんなことを言われてもさっぱりイメージできないんですけど」
「ふむ、そうだな……」
顎鬚を撫で、少し考えてからザバスは例を挙げた。
「魔力が多すぎて制御出来ずに建物を壊したり、式をしっかりと理解せずに魔法を使って暴走させたり、年頃からか講師と大喧嘩して殴り飛ばしたり。あとは──」
「あー、もう大丈夫ですわかりました」
聞いているだけで頭が痛くなってくるほどだった。ゼラは今までの講師が投げ出した理由がよく理解でき、それを責める気にもなれない。というか、普通なら逃げ出して当然だ。賢明な判断であるとさえ言える。
「で、そんな大変なクラスを俺に受け持てというんですか?俺がここに来る際、あの
「ファイト!」
いい笑顔でサムズアップをかますザバス。
それを見て、額に青筋を浮かべたゼラは横に置いてあった二振りの剣。その一方に手を伸ばし──それを見たザバスが大慌てで頭下げた。
「待て待て待てッ!!いや、待ってください!!その脅しはなしだろう!」
「貴方が変なことを言うからつい」
「つい、でそんな危険物使わんといてくれ……いや、私も申し訳ないとは思っておるのだが……」
一度席を立ち、ザバスは一枚の羊皮紙を持って戻って来た。
それをゼラに投げ渡す。
手に取ったゼラがそれを開くと、書いてあったのは1-Fの生徒の名簿と──詳細な情報だった。年齢、家系、体質、適正、細かな情報が事細かに記されていた。
中には……かなり同情してしまうことも。
「……なるほど」
「見ての通り、彼らも好きで落ちぶれているわけではない。寧ろ、この学園に入学できる時点で素質はある。けれど……様々な要因が、彼らが成長することを妨げるのだ」
「不憫な子たちの集まり……ってことですか」
「そういうことだ。それに一人、気をつかってほしい生徒もいる。詳細は後で話す」
「……」
羊皮紙をクルクルと丸め、ゼラはザバスに投げ返す。
文字で記された情報だけだが、考えるだけで心が痛んだ。
「私も授業を直接行ったことがある。その度に思ったのだ。私では彼らに適した授業を行うことができない。心と身体の問題を解決することができない、とな」
「……もしかして、そういうことですか?」
ザバスの思惑に気が付いたゼラはジト目で彼を睨んだ。
「身体的問題と精神的問題……それを取り除けば、彼らは成長できる。それはつまり……あれをやれと?」
「……」
無言のザバス。
それはつまり、肯定と取ることができる。
睨み合いが十数秒続いた後、大きな溜息と共に脱力したのはゼラだった。
「変わりましたね、ザバス」
「褒め言葉と受け取っておくぞ?ゼラ殿も、随分と性格が柔らかくなった。出会った頃など、視線がぶつかっただけで殺気を剥き出しにしてきたものを」
「俺も子供じゃないんでね。大人になったんですよ」
再び注がれた赤ワインを再度飲み干した後、ゼラは剣を片手に持って席を立ち、そのまま扉へと手をかけ──。
「御断り申し上げます。では☆」
「ちょっと待たんかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッ!!」
ウインクと共に去ろうとしたが、部屋を出る寸前でザバスに足を掴まれた。見事なヘッドスライディングである。
「え?なんで?今の流れ的に引き受けてくれる雰囲気だっただろうッ!?」
「やかましい!そんな面倒なクラスを引き受ける程俺も暇じゃないんですよッ!!俺にもやることがあるし、第一貴方が俺にやってほしいと頼んでることは完全にアウトなんですよ!それくらいわかってるでしょうが!」
「そこを何とかするのが王の器量ってもんだろう!!」
「誰が王だッ!俺には国もそんな器もありません!!」
足をバタバタと振るうが、この老人は全く離れようとせず、是が非でもしがみついてくる。いや、このまま壁に叩き付ければ動かなくなるのかもしれないが、流石にゼラも友人である彼にそこまでのことをする気はなかった。
「ったく……」
仕方ないとソファに戻り、再び座り直した。
次はグラスに注ぐことなく、ボトルに口をつけ、ワインを口に流し込む。この際床に転がっている老人のことなど放置だ。
「もう一度言いますけど、俺に務まるとは思えません。講師経験がある人が諦めたことを、講師未経験の俺ができるとは思えない」
「ふ、ふふ、私の見解を舐めてもらっては困るぞ?」
「?」
立ち上がり、ザバスはビシッとゼラに向けて指をさした。
「常人には為し得ないことを為した人間には、誰もが投げ出すことも為すことができる。私はそう考えている」
「かっこよく言ってるだけで、要するに自分じゃ無理だから人に丸投げしてるだけですからね?」
「言い方が悪い。適材適所と言いなさい」
「全然違ぇよ……」
それは適材適所ではなく、仕事の押し付けだ。自分では処理できないことを他人に押し付ける無責任な行為そのものである。しかも拒否するのに食い下がる。
ゼラは本気でザバスの毛根を根絶やしにしてやろうかと考え始めた。
そんなゼラの思考に気づかず、ザバスは対面のソファに座り、頭を下げた。
「頼むよゼラ。あの子たちを導けるのは君しかいないんだ」
「……」
ゼラは無言のままザバスを見つめた。
記憶の限り、ザバスは滅多に人に頭を下げることはない。上の立場にいるということも理由にあるが、それ以上に彼は人に頭を下げるような状況になることが非常に少ないのだ。
大抵一人で解決してしまう彼が今、ゼラに向けて頭を下げている。学園の他の講師が見れば、驚き叫んでしまうかもしれない光景である。
「(ザバスは学園長だし、掃き溜め?クラスのことを気にしてるんだろうな。プライドを捨てて頭まで下げて……仕方ないなぁ、本当にもう)」
彼がここまで考えているクラス……仮にも友人がそこまで気にかけているのだ。ゼラも人の心は持っているので、ここで見捨てるのは流石に冷たいが過ぎる。
渋々……本当に渋々ではあるが、ゼラは首を縦に振った。
「一先ず一ヵ月、様子見ですかね」
「ひ、引き受けてくれるかッ!!」
「但し、一ヵ月で俺が失望するようなことがあれば見捨てます。いいですね?」
勢いよく頷いたザバスに促し、今後の日程などを素早く、早急に話し合った。
こうして帝立魔法学園学園長ザバスの強い要望もあって、ゼラは学園の”掃き溜め”と呼ばれる1-Fクラスの担任を務めることになったのだった。
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