一章

第1話 赴任

プレイス帝国領南部に位置する魔法都市──ベルスタ。

世界中でも最先端の魔法技術を保有する帝国内でも特に研究に力を入れている都市であり、世界でも高名な魔法士の出身地としても有名である。

街の中央部に位置する帝立ブレア魔法学園は、そんなベルスタの魔法技術の将来を担う少年少女たちの学び舎として、日々学生たちが研鑽を積んでいる。元々大聖堂であった場所を増築、改築を繰り返して造られた学園の広さは広大で、端から端まで移動するには小一時間はかかるほどである。


美しい外観がベルスタの代名詞ともなっている学園入口にて、陽光が降り注ぐ気持ちのよい朝にも関わらず、似つかわしくない怒号が響いていた。


「いきなり何なのよッ!!」


声の主は、学園の制服に身を包んだ一人の少女だった。

艶やかな朱色の髪を片側で結い、目を吊り上げて怒り心頭と言った雰囲気を醸し出す一人の少女。その緋色の瞳には、闘志と呼べるものが灯っている。

何処か勝気で気の強い少女の怒りを多分に含んだその声は、人の少ない大通りも良く響き、通行人の視線と興味を引き付けている。

相対するのは、大柄で筋肉質な少年の貶すような罵倒だった。


「何もおかしなことは言ってないだろ?よく毎日毎日恥ずかしげもなく学園に顔を出せるなって言っただけだぞ落ちこぼれ共」


少年の言葉に周囲の取り巻きたちはどっと笑い、少女を嘲笑する。

当然その反応が少女は気に喰わず、言い返そうと口を開きかけた時、後方に控えていたもう一人の少女に制された。


「メル、一々相手にしてたら駄目ですよ」

「ッ、クレハ……」


怒り心頭だった少女──メルはキッと少年を睨み返しながらも、口を閉じた。

クレハと名を呼ばれた彼女は、メルとは対照的な雰囲気を纏っていた。

薄い蒼に染まった長髪を靡かせ、何処か穏やかで落ち着いた表情を常に浮かべている。大きな双眸は左右で色が違い、左は蒼、右は紅色と、何処か怪しげな光を映し出す。言ってはなんだが、服の下から存在を主張する双丘も、メルとは決定的に違っていた。

クレハは一旦落ち着いたメルを宥め、次いで暴言を吐いた少年を少し睨んだ。

が、睨まれた本人は全く悪びれる様子がない。それどころか、クレハの美しい肢体を舐めるように見つめ始めた。


「相変わらずお前は良い身体してるな。お前なら、俺の女にしてやってもいいぜ?」

「……」


嫌悪と侮蔑の籠った瞳で睨み返し、クレハが何かを言おうとした時、彼女たちにとって全く聞き覚えのない声が突然聞こえた。


「そこの男子生徒、セクハラ発言は大概にしろ~」


メルとクレハ、そして男子生徒が声のした方を見る。

視線の先では、腰に特徴的な装飾の施された二振りの片手剣を下げた美青年がこちらに向かって歩いてきていた。男性にしては長い銀髪を片側だけヘアピンで留め、金色の瞳は内で陽光を乱反射。高過ぎず低すぎずの背丈なれど、容姿の良さから十分に人の目を惹き付ける。

その青年は周囲の視線などまるで気にせず、悠然と、しかし眠そうに瞳を細めながらやって来た。


「いいか?最近は学生でもそういう発言には厳しいんだから、言葉選びには気をつけろ。大体こんなに可愛い子がお前みたいな見た目脳筋に釣り合うわけないだろ??もっと考えてから求愛行動しなさいな」

「は──ッ」


青年の言い分が気に喰わなかったらしい男子生徒は顔を怒りに染め、片手を前に突き出した。


「うるせぇッ!!関係ねぇ奴が話しに首突っ込んでくるんじゃねぇよッ!!【火鳥レスト】ッ!!」


手先から放たれた魔法の炎は中型の鳥へと変形し、比較的近くにいた青年へと一直線で向かう。

精度や威力、自身が一度に制御できる限界魔力も把握した上での攻撃は、素直に称賛に価すべきものだろう。だが、ここは学園の外であり、彼は一般人へと攻撃したのだ。通常ならば退学どころか、警備兵へ突き出すレベル──犯罪だ。

そして放った直後にそれを理解したのか、男子生徒はしまった、と後悔に顔を歪める。

だが、次の瞬間後悔は驚きへと変わった。


「な──ッ」


放った火炎鳥が、一瞬で両断され火の粉となって霧散したから。

一体何が起こったのかわからず目を丸くする一同だったが、青年がリンと片手剣を納刀する音が聞こえ、そちらに目を向けた。


「斬った……の?」


メルが呆然と呟く。

太刀筋が見えなかった。いや、それどころか剣に手を伸ばす場面さえ目撃できなかったのだ。事実、斬ったのだとしても、とても信じられなかった。


青年からの答えはない。

代わりに、放った男子生徒を優しく叱る。


「若いから感情が昂ってつい、っていうのはあるけど、もう少し後先考えてから行動しろよ~?ま、今回は見逃してやるから、さっさと学園に行きな」

「──ッ」


見逃すという言葉に安堵した男子生徒は大慌てで逃げるように門を通って学園の中へ。

やれやれと肩を竦めた青年はメルとクレハに近づいた。


「全く、学園の質も落ちたもんだな」

「あ、あの……ありがとうございました」


クレハがあの男子生徒を止めてくれたことに対してのお礼を言うと、青年は「気にしなくていい」と言い、学園に対する愚痴を零した。


「これは一度、学園長を叱りつけておく必要があるな。女の子にあんな言葉を吐く奴がいるなんて……。暴言も含めてな」

「貴方、学園長と知り合いなの?」


全く臆さずにメルが青年へと問うと、彼はすぐに首肯した。


「ちょっとした顔馴染みって奴かな。あとはまぁ、……共通の知り合いがいて、それ経由で」

「へぇ」

「あ、メル、時間!」


クレハが慌てた様子で懐中時計をメルに見せる。と、間もなく始業の鐘が鳴り響く時間になっていた。


「やば──ッ!」

「あ、ちょっと!もう……すみません。あの子、かなりせっかちなので」

「見ればわかるよ。いや、それより」


青年が端正な顔立ちをグッと近づけ、クレハの瞳孔を覗き見る。

綺麗な金色の瞳にドキッとしながら、クレハは息を呑んで視線を合わせた。


「君」

「は、はい……」


何を言われるのか、ドギマギしながら待つこと十数秒。右頬に手を触れていた青年はそっと手を離し、微笑を浮かべた。


「いや、何でもない。綺麗な瞳だな。どっちの色も」

「え?」

「引き止めてごめん。早く行かないと、遅刻になっちゃうんじゃないか?」

「……!」


ジッと青年の顔を見つめていたクレハは、不意に思い出したように「しまった」と言いたげな表情を浮かべ、学園の方へと走り去って行った。去り際に、一度頭を下げて。



二人の後ろ姿を見届けた青年は、少しずれたヘアピンを正常な位置に戻し、学園の門を潜った。

今さっき見た、傲慢と差別。力のある者がない者に対して取る態度は、学園内だからと言っても見過ごすことができないものだ。

それに……あの少女。

やはり資料を見るよりも、実際に目で見た方が現状をよく把握できる。


「ちょっと楽しみになってきましたよ」


ニヤッと笑い、青年は校舎へと足を踏み入れるのだった。

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