第2話 掃き溜めクラス
帝立ブレア魔法学園1-Fクラスは通称──掃き溜めクラスと呼ばれている。
理由は様々はある。
問題行動が多い、魔法士としての実力が足りていない、人格的に相応しくない。大きく上げればこの三つが代表的な理由ではあるが、要するにそういった不適格の生徒を集めたクラスということだ。
このクラスに赴任してきた講師は例外なく全員が二ヵ月以内に退職届を提出するという異例の事態になっており、そのせいもあってか、生徒たちはまともに授業というものを受けたことがないに等しかった。
また、このクラスの者には他の講師たちも非常に冷たく、万が一にも質問に行こうものなら激しい叱責を頂戴する羽目になる。
圧倒的な冷遇。
そんな背景もあって、1-Fクラスの生徒たちは「自分たちは落ちこぼれなんだ」という自覚が生まれてしまい、成長することを諦め、半ば自暴自棄になっている節があるのだった。
◇
始業の時刻が鳴ってから数分が経過した。
つい先週辞職した講師の代わりとなる教員は、未だに来る気配がない。一応、学園長から代わりの講師を早急に手配し、授業が行えるようにはするとは聞いているが、果たして本当に来るのかどうかも怪しく思えた。
「本当に、来るんですかね」
席に着いて扉の方をジッと見つめていたクレハが隣の席のメルにそう零し、不安そうに眉を顰めていた。
講師が来ないということは授業ができない。学園に置いて授業がないということはつまり、見放されているも同然ということ。これ以上成長することができないのかという心配が、彼女の心に満ちていた。
メルも同様に、表情に不安を滲ませていた。
「何とも言えないわね。でも、学園長が私たちに嘘を吐くとは思えないし……。何だかんだ言って、あの人だけは私たちのこと色々と考えてくれているから」
「……そうですね。学園長は、このクラスが作られたことも不本意に思っていましたから」
学園長ザバスはこのクラスのことを常に心配し、どうにか他のクラスと同様の授業をさせてあげたいと考えていた。けれど、他のプライドの高い講師たちからが反対し、現状維持という形に落ち着いてしまっていた。今も尚どうにかしよと奔走しているようだが、結果に出ているかといわれると何とも……。
「でも、先週の学園長すごくご機嫌そうでしたよね?「次に来る講師は大丈夫だっ!君たちのことをちゃんと考えて、導いてくれるいい人を見繕ったっ!」って凄く嬉しそうにしてましたし」
「どうだか?今までの講師よりはマシってだけかも。あんまり期待しすぎると、ここじゃ痛い目見るからね?期待も最小限にしておいたほうがいいわよ」
「そもそも期待するほうが間違いだと思うけどな」
不意に後方から響いた声に、メルとクレハはそろって振り向いた。
そこにいたのは、お世辞にも良いとは言えない目つきと、常に持ち歩いている大きな魔法書を開いた男子生徒──ロンドだった。
彼はいつも不機嫌そうな顔をさらに不機嫌そうにし、メルとクレハに言った。
「僕たちは所詮学園の中では落ちこぼれ認定された邪魔者だ。こんなクラスに有能な講師を派遣してくるとは到底思えない」
「それは……」
「それに、あの学園長も信用できない。僕らのことを考えているなんて言っておきながら、全然成果として現れていないじゃないか。
口で言うだけなら誰だってできるんだ。僕はもう、この学園の関係者というだけで信用に値しないと考えている」
ぺらっと興味なさそうに魔法書の頁をめくる。
メルとクレハは顔を見合わせた。
反論は全くできない。現に、この学園に来てからは差別侮蔑の言葉をぶつけられる日々。それが改善することはなく、本来そういった行為を止めるべき講師たちは、逆にその行為を助長するような言動をする。
魔法士になりたい彼女たちを失望させるには、入学からの数か月は十分にそれに値する仕打ちを受けてきたのだ。今更新しい講師が来るといっても、「どうせまた見捨てられる」と思ってしまう。この教室にいる者の大半は、そんな考えを持っていた。
それでも、中には希望を捨てない者もいるのは事実。
「ロンド君の言いたいこともわかります」
口を開いたのは、クレハだった。
「私たちはずっと酷い仕打ちを受けてきました。才能がないと言われて、欠陥品だと言われて、邪魔者同然と言われて、心が傷ついてきました」
「だったら、今更講師に期待なんて──」
「でも、そんな仕打ちを受けてもこの学園に残っているのはどうしてですか?」
静まり返った教室で、息を呑む声が響いた。それが誰のものだったのかは判別できない……いや、もしかしたら、全員のものだったのかもしれない。
クレハはゆっくりと続けた。
「皆、心の中では思ってるのでしょう?魔法を身に着けて、上達して、一人前の魔法士になりたいと。皆同じ目標があるから、少しでも夢を叶える可能性があるこの学園に残っているのでしょう?なら、失望するのではなくて、少しでも新しい可能性に希望を持ってみましょう。今までの先生は酷かったかもしれませんけど、今度は違う。今回また駄目でも、次はきっと大丈夫。
失望だけ胸に抱えてたら、いつか簡単に心が壊れてしまう。綺麗ごとかもしれないけど、希望を持つのも大切だと思うんです」
失望だけでなく希望を胸に。
虐げられたきた彼らだからこそ、その考えは大事なのかもしれない。いつか訪れる希望を信じて、日々邁進していく。
不幸と幸福は必ず釣り合うはずだから。クレハはそう信じているからこそ、今まで折れることなく耐えることができたのだと思っている。勿論、同じような状況にあるクラスメイト達の存在も大きな支えにはなっているが。
クレハの言葉に、隣のメルが同意した。
「クレハ程強くは思ってないけど、私も次の講師には少しだけ期待してる。学園長が初めて良いって言った人だから、どんな人なのかはまだわからないけど、今までよりマシなのは確実だと思うわよ」
「……期待を裏切られた時の心のダメージが増えると思うけど?最悪のケースは常に想定しておくべきだ」
「でも、だからと言って希望を捨てる理由にはならないわ」
「……悪いけど、僕はもう過度な期待はできない。講師に対して信用なんてないからな」
そう言って、ロンドは再び魔術書へと視線を落としてしまった。
先ほどまでざわついていたクラスは静まり返っている。皆一様に、来るであろう講師がどんな人物なのか、今回は大丈夫なのか、そんな期待と不安を抱いて思考を巡らせているところなのだろう。
再び顔を見合わせたメルとクレハはクラスの様子をちらりと一瞥し、少し希望を持たせ過ぎたかもと反省していた。
「これで今まで一番最悪な人だったら、申し訳ないわね」
「そうならないことを祈るしかないです。でも、私は少し、予想できていますけど」
「え?予想?」
想定外のクレハの言葉に、メルはキョトンと首を傾げた。
「次に来る講師が誰かって、予想?」
「はい。だって、ついさっき──」
と、その時。
ガラガラと教室の扉が開かれる音が響いた。
ハッとしたクラス全員が注視すると、一拍遅れ、名簿帳を持った男が教室に入って来た。
「ごめんよ。学園長室に寄ってたら遅れた」
爽やかな笑顔と共に謝罪を口にした新講師は教卓の上に名簿を置く。
その様子は今までの講師たちのような気怠さは皆無であり、第一印象は悪くない──若干複数名の女子生徒が周囲に♡を浮かべていた──と言ってもいい。
まともな講師が来た。
そんな空気がクラス全体に流れ始めた中、最前列に座っていたメルは立ち上がった。
「あ、あんたは──!!」
「ん?あぁ、さっきの子か」
微笑しながら軽く手を振る講師は、今朝方助けられた美青年だった。
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