第3話 講師紹介

新しい魔法講師に、クラスの面々は概ね二種類の反応を示していた。


一つは、明らかに若い彼に対しての疑念と不安、そして安堵。

見たところ、自分たちとそう変わらない年齢である彼は経験もまだまだ浅いように見受けられる。世間一般的な常識として、魔法士とは歳を重ね、実戦経験を積んでいくことで成長していくもの。確かに若いながらも才能あふれる者もいるが、それは魔法士の中でも稀有な存在だ。しかも、そういった天才と称される者は大抵どこか頭のネジが外れていると言っていい。

残念ながら?笑みを浮かべる彼はとてもそんな狂人には見えないため、年相応の実力しかないのではないか?と疑っている。

とはいえ、今までの講師のように明らかに自分たちを毛嫌いしている容姿は見受けられないため、人格的には満点だった。今後の彼の授業に期待である。


二つ目は……言うまでもないだろうが、彼の美貌に一瞬で恋する乙女と化してしまった女子生徒。その内心は当然──イケメンキタァァァァァァァァァッ!!である。


艶やかな銀糸の髪に、スラリと細い体躯。しかしながら腕から覗く血管は男の色気を醸し出し、大きな金色の瞳には自然と視線を吸い寄せられる。

少し大きな白いローブを纏った彼は演劇の主役か、はたまた帝都で流行のファッション誌に登場するモデルか。

恋物語に登場する王子のような美しい容姿は、年頃の少女たちの心をわしづかみにするには十分すぎた。

……若干男子が引き気味なのは言うまでもない。というか仕方ない。


そんな姦しいクラスに苦笑した美青年は名簿を開き、出席の確認を始めた。

これもまた、初めて行われたことである。


「じゃ、名前を呼んでいくから返事をして──」

「ちょ、ちょっと待って!」


何事もなかったかのように進めようとする青年に、メルが声を上げた。


「なんだ?メルーナ=ストレイピア」

「なんだって……いや、その、講師だったの?」

「め、メル、先生にその言葉遣いは……」


流石に講師に対しての言葉づかいではないとクレハが咎めると、メルは「あ」と口元を押さえた。が、青年は一切気にしていないと片手を振った。


「言葉遣いは別に気にしなくていい。あんまり歳も変わらないからな」

「え、でも」

「それより、メルーナ。俺が講師だと問題でもあるのか?」

「いや、そういうわけじゃ……」


不満があるかどうかは、まだ判断するべきではない。

それよりも、今朝自分が助けられた相手がまさか新たな魔法講師だったとは思わなかったために、つい声を上げてしまっただけだったのだ。

段々と恥ずかしくなったメルは席に座り直し、申し訳なさそうに謝罪した。


「その、ごめんなさい」

「んー、まぁメルーナの疑問もわからんでもないかな。君らも困惑してるだろう?自分たちと歳のそう変わらない男が講師。なんて」


出席を取ることを止め、青年は名簿をパタンと閉じた。

次いで教卓の前に躍り出る。


「欠席がいないことは目で確認したから、出席を取るのはなしだ。替え玉がいたら後からボコすとして、まずは俺の自己紹介から始めようか。いつまでも若い講師って認識じゃあ嫌だしな」


言って、青年は腰元の片手剣を引き抜き、鞘に納まった切っ先をドン、と床に落とした。


「俺はゼラージュ=レイトルム。呼びにくいと思うから、ゼラでいい。

学園長に泣きつかれて、今日からこのクラスを担当することになった。年齢は十八。君らよりも三つ上になるのかな。あ、ちなみにラブレターは受け付けてないからそのつもりで。んで、趣味は──」


極めて普通な自己紹介だが、このクラスの面々にとっては初めての経験だった。

ここまで赤裸々に自身のことを語る講師は今までにいなかったから。

だって、そうだろう。落ちこぼれの自分たちと仲良くやっていこうとする講師は今まで一人だっていなかったのだ。それが、今回の青年講師──ゼラは笑顔を振りまき、自分たちとの距離を詰めようとしている。


そのことに驚いていたのだが、自己紹介を締めくくる言葉が、更に生徒たちを驚かせた。



「最後に──俺は魔法講師として来たが、魔力が一切ないので魔法は使えない体質だから、そこのところよろしく!」



『……は?』


クラス全員、開いた口が塞がらなかった。

今、この講師は何と言った?魔法が使えない?魔法講師なのに?魔法が使えない人間が魔法を教えることができるのか?いやできないだろ。だって、自分が魔法使えないのに人に魔法を教えることなんてできやしない……。


「ふざけないでよッ!!」


気付いたときには、メルは目を吊り上がらせて机を叩いていた。


「メル!」


クレハが慌てて止めようとするも、それを無視してメルは続けた。


「魔法が使えないのに魔法講師?笑わせないでくださいよ。そんな人が私たちに魔法を教えることができるわけないでしょう?どうやって実践するんですか?どうやって私たちにお手本を見せてくれるんですか?どうやって私たちが満足する授業をすることができるっていうんですかッ!!」

「いや、別に教えることは──」

「できるわけないでしょッ!?魔法も使えない人に教わった魔法が、有用なわけない。学園長は私たちを馬鹿にしてるんですか??人格的には問題はないようですけど、魔法講師としての腕が圧倒的に足りないじゃないですかッ!あんなに嬉しそうに次はいい先生が来るって言っておいて……私たちを馬鹿にするのも大概に──ッ」


と、そこでメルは気が付いた。

ゼラが、泣いた子供をなだめるような優しい目で見つめていることに。感情が昂っていたメルはその表情を見て、少しだけ冷静になった。


「何が、おかしいんですか……」


問うと、ゼラは靴音を響かせてメルの元まで近づき、彼女の眼を真っ直ぐに見据えた。


「君らがこれまで酷い待遇を受けてきたのは、俺も聞いている。他のクラスの奴からは馬鹿にされて、講師からは見放されて、碌な扱いを受けてこなかったんだろ?俺のことを話したら、馬鹿にされるのは俺もわかってた。それ自体を責めるつもりは全くない。君らのことを考えれば寧ろ当然だ。けど──」


不意に笑みが消え──


「君ら、ザバスがどれだけ努力してるか知らないだろ?このクラスを作り上げた馬鹿ども相手に一人で抗議していることも。

親子ほど歳が離れた俺に頭を下げてきたんだ。魔法士としてのプライドも捨てて。

誇りも捨てるつもりで君らのために努力しているを貶すことは許さん。いいな?」


とても魔力ゼロとは思えない程の、圧倒的な威圧感。

メルの隣で、クレハが目を大きく見開いて口元を押さえているのが視界に入ったが、それどころではなかった。

冷や汗と震えが止まらない。緊張で、自然と背筋が真っ直ぐになる。

この数秒で、クラス全体のゼラへの評価は大きく変わった。


弱者だなんてとんでもない。

クラス全員がゼラの目の前にいるメルの首が、彼の持つ剣で両断される姿を幻視してしまう程に、彼から放たれたプレッシャーは凄まじいものだった。

軽率に彼を評価したことを全員が悔いた。

静まり返った生徒たちを見回したゼラは先ほどまでと同じ微笑みを再び浮かべ、教卓へ戻る。


「まぁ、学園長に頼まれてるんでね。授業はしてやるから、安心しな。他の連中と同じように差別するってこともない。俺は平等主義で、何より優しいからな」


いや全く優しいなんて思えません!

なんて、口が裂けても言えない生徒たちだった。

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