第4話 テスト

漂う空気を自身のペースに巻き込んだゼラは一度教室を見回し、クラス人数分の紙──昨晩ゼラが授業の進行度合いを参考に作成した座学の問題用紙を配った。

書かれているものは、魔法に関する幾つもの問題。しっかりと解答欄まで記されている。

クラス全員に問題用紙が行き届いたことを確認し、ゼラは教卓に両手を置く。


「さて、まずは君らの現状の実力を見させてもらおうか。今配ったのは要するに、テストだ」


ゼラは新任の魔法講師。

幾ら事前に各個人の特徴やら個性を確認したところで、それらは所詮紙に記されただけの情報だ。実際に見た情報よりは数段も劣る。

今回用意したテストも、学園が定めたカリキュラムに則り、今──夏の始まりまでに終了しているはずの範囲だけで固めた問題だ。これを解いてもらい、クラス二十人それぞれの実力を示してもらおうという魂胆である。


「い、いきなりテストか……」


ポツリと零された言葉からわかるように、生徒たちの間には「うわぁ……」という雰囲気が漂い始めた。

最初の授業がテスト、というのは想定していなかったのだろう。学園長ザバスから聞いていた通り、生徒というものはテストが苦手なようだ。それも、予期せぬもの──言うなれば実力テスト──は一番と言ってもいい。

項垂れる生徒たちに、ゼラは苦笑した。


「そんなに嫌がらなくてもいいぞ。別に成績に加味したりはしないから。気楽に、そんでもって真剣にやってくれ。あくまで君らが今どれだけの魔法知識を持っているかを知りたいからな」


この結果次第で、今後の授業で何をするのか、どの程度、どれくらい噛み砕いて教えるのかが変わって来る。理解できない状態で色々と教えても、結局それは身にならない。面倒なBGMを垂れ流しているだけになってしまうからだ。


生徒のレベルに合わせた授業を。


書店で買った教育に関する教材にはそう書いてあった。


「制限時間は三十分。終わったら後ろから回収な。じゃ、始め」


ゼラが開始の合図を出すと、生徒たちは嫌々しながらもペンを手に取り、問題に向かった。

訪れる静寂の間に、生徒たちがペンを走らせる音だけが響く。

どうやら、掃き溜めクラスと言われてはいるものの、授業態度に関しては問題ないようだ。いや、それに関してはゼラが威圧し、委縮させてしまったからなのかもしれないが。


何にせよ、一先ず態度は良し。

ゼラに慣れた後のことはわからないが、現状では問題なし。

頭を抱え、一心不乱に問題に取り組む生徒たちを、ゼラは微笑みながら見つめていた。



「これは酷い」


授業間の休憩時間。

魔法講師就任と同時に用意されていた個別講師室の椅子に座っていたゼラは、先ほど行ったテストを素早く採点し、そんな声を漏らした。


余談ではあるが、この学園の講師は全員が一人一つの講師室を与えられており、授業以外の職務はそこで行うことになっている。中はかなり充実しており、それこそ寝泊りするにも全く困らない程だ。


それはそうとして、ゼラは悩まし気に頭を掻く。


「平均点……百点満点中三十五点。最高点六十五点。最低点二十五点」


口から零したのは、滅多なことでは驚かないと自負しているゼラが思わず絶句してしまう、1-Fの面々のテスト結果。

なんというか、これは想像以上に……大変なことになりそうな予感がした。


「一ヵ月様子見とか言ったけど、これは一ヵ月も持たんかもしれないな……」


正直ここまで酷いと思っていなかった節があるのだ。

何だか落ちこぼれ、掃き溜めクラスと彼らが言われる理由もわからないでもない気がする。実際に言葉にすることはないが。

ゼラは溜息が零れそうになるもなんとか堪え、ザバスから預かっていた入学試験の評価書を手に取った。記されているのは当然──1-Fの生徒たちの結果。

それを──全体順位の箇所を流し見て、納得したように数度頷いた。


「流石は掃き溜めクラス……入学試験下位二十名を寄せ集めたクラスってだけはあるな」


掃き溜めクラス、1-Fの実態だ。

要するに、彼らは入学試験をギリギリで合格して入学した者たち。どの講師からも見込みなしの烙印を押され、魔法を教える価値がないと掃き溜められたクラスなのだ。


そう思えば、今回の結果も納得することはできなくもない。

幾らカリキュラムが組まれているからと言っても、それに従って教えるはずの講師がやめていってしまっては、順調に進むはずもない。しかも、生徒たちのレベルに合わせた授業もしていないなら尚更だ。

寧ろよく六十五点も取れる生徒がいたものだと、少々感心してしまうレベル。

その最高得点を出した生徒の答案用紙を手に取った。

名は──クレハ=ペイルージュ。


「真面目な性格だと聞いていたし、多分自分なりに色々と勉強してきたんだろうな。いつも一緒にいるメルーナ=ストレイピアも、六十点で三番目の点数だし」


メルに関してはいきなり噛み付いてきたし、少々強気な性格をしているのはわかった。他クラスとの小競り合いも頻繁に起こしているようでもある。

要注意生徒ではあるが、やる気はあるように思える。

ゼラに怒った理由も、魔力がない彼が魔法を教えることができるわけがないだろ、というもの。言い換えれば、向上心があるからこその発言だ。


とはいえ、向上心があっても結果が伴っていなければ意味がない。

テストの結果から分かる通り、彼ら彼女らには、魔法の基盤から教えなければならないようである。

満足な授業を受けられなかった故なのは理解しているが、少々億劫になるゼラだった。



カラカラと扉を開けて教室に戻ったゼラは、早速テストの結果を生徒たちに伝えることに。

教壇の上に立つと、それまで雑談に耽っていた彼らは一斉にゼラへと視線を集中させる。


「えーっと、さっきやったテストなんだが……まぁ簡単に言えば悪い結果だな」


案の定。といった様子で、生徒たちは肩を竦めたり、乾いた笑いを上げたり。

テスト終了直後から諦めの雰囲気は出ていたので、その結果も予想済みだったようだ。

今までまともに授業をしてもらえなかったんだから、解けるわけがない。

最初から点数が取れないつもりで、テストに臨んでいたのだろう。

ゼラもその点関しては特に何か言うつもりはなかった。


「流石に驚きはしたが、まぁいい。君らのレベルは現状こんなもんだってことを知れたからな。とりあえず、答案を返すぞ」


名前を呼んでいき、一人一人に手渡しで返す。

彼らは自分の点数を確認した後、思い思いの反応を示していた。

残念がる者、当然だと諦める者、次はもっと取れると言いなと意気込む者。クラスという場所故か、様々な思考の者たちが密集しているらしい。

それらを一瞥したゼラは、次の生徒に声を掛ける。


「最高点は君だぞ、クレハ。まともに授業をしてもらえなかったのに、よくこれだけ取れたな。凄いと思うぞ」


今回の最高得点者──クレハは素直に褒められ、嬉しそうにはにかんだ表情を作った。


「ありがとうございます、先生。でも、それでもこの点数なんですよね……」

「そんなに落ち込まなくていい。これから、頑張って行けばいいんだからな」


ゼラは点数を見て少し肩を落としたクレハの頭を優しく撫で付け、元気づける。

彼女は「……はい」と少々頬を赤くし、何だか嬉しそうに自分の席へと戻っていった。


「さて、次は……メルーナ」

「は、はい」


最初の威勢はどこへ行ったのやら、何処か緊張して表情を硬くしているメルに答案を手渡した。


「六十点。クラス平均から見ると悪くはない、というか三番目だが、もう少し頑張った方がいいな。魔法式のスペルミスが目立つから、まずはそこから」

「うっ、またやっちゃった……」


落ち込み気味に答案用紙を受け取ったメルは思わずそんな声を漏らして項垂れた。おっちょこいなのか、以前にも同じようなミスをしているのだろう。注意力が散漫なのかもしれない。


「ま、次からは気をつけな。筋はいいから、勉強すればいい成績を取れるようになるからな」


メルの肩を軽く叩き、次の生徒の名を呼んだ。

次々と答案を受け取りに来る生徒たちに悪かった点や良かった点、更には今後の激励をかねた言葉を告げ、全員の手元に返却し終えたゼラは「さて」と今後の方針を伝える。


「とりあえず、今回のテストで君らが現状のカリキュラムに全くついてこれていないことがわかった。これでは他のクラスと同等の授業をすることはできないな」


その言いように、生徒たちは皆肩を落とし、深い溜息を吐いた。

テストを見てわかったことだが、間違えているのではなく、そもそも何も書かずに空欄としている問題が幾つも見受けられた。これはよく理解していないとかの次元ではなく、全くわからない、知らない分野となっているのだ。

先任たちは相当ふざけた授業をして生徒たちの頭を混乱させていたのか、そもそも本当に授業を行っていたかも疑わしい。


とにかく、現状ではカリキュラムに従った授業はできない。

ならば、どうするのか。

それはもう、ゼラの中で決まっていることだった。


「これから君らには、魔法士として生きていくための土台を固めていく。つまらないとか、もう知ってるだとか、そんなことは言うなよ?本格的な魔法の授業は、それらを理解してからだ」

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