第5話 基礎の大切さ
「じゃあ、さっそく授業を始めようか」
ゼラは教卓の上に学園長から頂戴した参考書を置いた。
赤い羊皮紙の表紙。その中央に書かれたタイトルは「汎用魔法大全」。
パラパラと捲ってみると、なるほど文字通り、世間一般に流布している魔法について記された書物のようだ。無論、大全と書かれていることから、帝国軍で使われている危険度の高い攻撃性汎用魔法も記されていることだろう。
しかし学園の生徒とはいえ、まだ一年生。そんな危険な代物を教えてもいいものか、ゼラは少しの間逡巡する。
「(とりあえず今のレベルに合わせて、汎用魔法の中でも基本中の基本──火炎弾を例にした簡単な魔法式の構築理論からやっていくか)」
基礎となる魔法式を例に出し、そこからどのような式を改変・追加していけば魔法が変化していくのかを論理的に教えていく。
これは本来入学してくる時点で理解していなければならないものだが、そこまで考えるのは億劫すぎる。最初──初歩の初歩から徐々にレベルを上げていくほうが適当だろう。
初歩的なものならいざ知らず、今後高度な魔法を使用していくためには必ず必要となってくる分野だ。
ゼラは黒板に白墨を走らせ、初級汎用魔法である火炎弾の魔法式を描いていった。
それを見た生徒たちは皆一様に「流石に簡単すぎじゃないか?」「落ちこぼれだからといっても、さすがにあれくらいは簡単に……」など、少々小馬鹿にした発言をこぼしていた。
が、それに構わず、ゼラは続ける。
「既に知っていると思うが、全ての魔法は一つの魔法式を基礎として成り立っていて、それを改変して様々な現象を引き起こしている。例えば──」
カッ、と白墨で記号を付け足した。
「この火炎弾の魔法式。この魔法式の基礎となる部分はどこだ?クレハ=ペイルージュ。答えてみろ」
「は、はい」
突然当てられたクレハは驚きつつも、しっかりと回答する。
「火炎弾は炎系統の魔法ですので、中心に描かれている六芒星が基礎となる式になります」
「その通り」
見事に正解したクレハは一安心といった様子で胸をなで下ろしていた。こんな初歩も初歩でそこまで緊張しなくていいんだぞ、と思いながら、ゼラは授業を進めていく。
「今クレハに答えてもらった通り、炎系統は六芒星を基礎として成り立っている。この六芒星に様々な式を追加していくことで、より高位な魔法を発動できるようになるわけだ。太古の時代に用いられたクロイデムルーン文字や、ベルディグラムなどの図形。加えて、一切解読されていない超古代魔法文字──ロワ・べリウル。
上級魔法はほぼ全てにこれらの難読魔法術式が用いられている。まぁ、ロワ・べリウルに関しては、魔法式に組み込んでいる奴なんてほぼいないから、覚えなくてもいいけど」
端的に説明すれば、クロイデムルーン文字とベルディグラムは、高位の魔法式に用いられる魔法文字・図形である。教育カリキュラムでは三学年から習うはずなので、現段階では知っておく必要はない。いずれ必要になることは確実であるが。
ゼラは説明する口を止めることなく、火炎弾の魔法式の中に奇妙奇天烈な文様を描き加えていった。
見たことのない魔法式が出来上がり、生徒たちは一様にその表情を疑問に変えた。一体、何の魔法だ?と。
「まぁ、君らの中で大半の者が見たことないのも仕方ない。実際に授業の中で使うことはないし、ただ一つの参考例として出しただけだが……これはとある上級魔法を描いたものだ。なんだと思う?多分、知っているやつもいると思うんだが……」
一斉に首を傾げる生徒たち。
だがその中で、最前列に座っていた朱色の髪の少女──メルは目を見開いて立ち上がった。なぜか、その表情は驚愕に染まっている。
ちらりとそちらを一瞥したゼラは、にやりと笑った。
「炎系統魔法を得意としている家の出自である君には、流石にわかったかな?」
「……どうして、その魔法式を知っているんですか?」
ゼラの質問に質問で返したメルだったが、そのことには特に何も言うことなく、ゼラは肩をすくめながら答える。
「そりゃ……いや、俺は学園長と懇意にしているんだ。帝国魔法士の中でも数人しかいない「大賢」の称号を獲ている彼に教えてもらうことくらい、おかしくもないだろ」
一瞬別のことを口にしかけたゼラだったが、尤もな答えを述べる。
魔法士は実績と実力によって称号を与えられることがあり、その中でも学園長ザバスが保持する「大賢」とは、帝国魔法士の頂点であると証明するほどのものだ。
その彼から直接教えてもらったといえば、疑いようもない。
メルは一瞬口籠った後、しかし驚き収まらぬ様子で言った。
「上級限定魔法──
「ご名答」
限定魔法。
その言葉に、生徒たちは戦慄を覚えた。
汎用魔法と違い、限定魔法は使い手の限られた魔法を示す際に用いられる言葉だ。その特筆すべき汎用魔法との違いは、効力が桁違いに強いということ。
ゼラが魔法式として黒板に描いた炎墜星は、その名の通り炎を隕石の要領で地上に突き落とす、単純明快な魔法だ。
その威力は、過去に城一つを一撃で破壊した例が挙げられているほど。
一般的な汎用魔法とは、格が違うのだ。
「この炎墜星の魔法式を描いたのは、この形が最もわかりやすいと思ったからだ。中央に六芒星が描かれていて、それに連結するようにクロイデムルーン文字が配置されているだろう?つまり、これだけ凄いといわれている魔法にもきちんと基礎がある。基礎がなってなければ高度な魔法は使えない」
どんなに大きなことをなそうとしても、基礎ができていないならそれは実現できない。それは、この魔法式からも読み取れることだった。
「君らが将来的に使えるようになりたいのは、これのような強力な魔法だろう?確かに使えれば格好いいし、国からも重宝される。
けど、それも全ては基礎があってこそだ。さっき火炎弾の魔法式を見て馬鹿にしてたみたいだが、そんな姿勢ではいつまで経っても上達せずに足踏みする羽目になるからな?」
直接言葉にはしなかったが、ゼラが言いたいのは一つ。
基礎もしっかりやらないようだと、このまま先、ずっとお前たちは落ちこぼれのままだぞ?ということだ。
それは生徒たちもしっかりとわかっているようで、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「あ、ちなみにこの炎墜星の魔法式を覚えようとしても意味ないからな?魔力の消費率半端じゃないから、発動する前の魔法式構築の段階で魔力切れになって寝込むことになるから。まー、俺は魔力ないから魔力切れの感覚わからないけど、相当辛いんだろ?吐き気とか止まらんって聞いたことあるし」
そうなっても構わない奴は一回やってみなー。
と笑いながらゼラは言って、再び参考書のページを捲る。
「これが少し、学園の悪いところでもあるよな。少し学園長から聞いたけど、基礎をしっかりとやっているクラスはない。入学試験の時点である程度魔法が使える子供たちがここに入学するわけだから、全員基礎なんて完璧だ、って思ってる生徒が多い。基盤が歪んでると、いずれ必ず、積み上げたものは崩れ落ちる。
そうならないために、このクラスではしっかりと基礎から教えていくからな」
今更基礎を。なんてことを言う生徒は一人もいなかった。
全員が先の説明を聞き、今まで見向きもしなかった基礎が如何に大切かを理解したためである。
今までにやめていった魔法講師たちは、全員が基礎を教えることなく、魔法式を如何にして効率よく、美しく構築できるかを語っていた。しかも、そのほとんどを途中で投げ出す結果となり、生徒たちの中には何も残っていない。
しかしゼラは、あろうことかこれまでの講師たちが蔑ろにしてきた分野を徹底的に教えることにしている。
その意図には、学園長に示した一か月間の様子見、という言葉も関連している。
もしも一か月後に自分が学園を去ることになったとき、生徒たちの中に今後も役に立つ何かを残すために。
「さ、じゃあ次は、魔法詠唱と魔法式の
生徒たちが不満一つ漏らしていないことに満足げに頷きながら、ゼラは次なる魔法士として必要な基礎を教えていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます