第6話 授業風景
「魔法を発動する方法は、さっき言った二つだ。
魔法式を言語化した詠唱と、魔法式を何かしらの物体に記した格納発動」
これまた、魔法士志望ならば誰でも知ってるようなことだ。
何しろ魔法を発動する方法を知らなければ、魔法士志望としては論外だから。
「双方にメリット・デメリットはあるが、魔法士の戦闘に際しては基本的に詠唱を用いることが多い。格納式はちょっとした小細工や罠に用いることが多い。将来的には必要になるというか、手札として持っていても損はないが、学生の内は詠唱だけにしておけ。そんな罠張らないといけないような戦闘は、君らにはまだ早すぎる」
で、とゼラは続ける。
「詠唱発動と格納発動の違いだが、まずは発動条件だな。じゃあ、ロンド」
「はい」
どこか不機嫌そうな声音で返事を返すロンド。これが彼にとっての普通なのは、クラス全員が周知していることだ。
「ちょっと手本になってもらいたい」
「手本、ですか?」
「あぁ。初級汎用魔法──風刃を俺に向かって撃ってみろ。詠唱発動で」
「は?」
その台詞に、ロンドだけではなくクラス全員が唖然とした。
即ち──この先生、何を言っているんだろうか?
彼は自ら魔力が体内にない特殊な体質であると宣言し、魔法が使えないと公言したばかりなのだ。
魔法が使えない──つまるところ、魔法を防ぐための対魔結界を張ることすらままならないのだ。仮に今からロンドが指定された魔法を放った場合、防ぐ術のないゼラは身体に深い傷を負うことになるのだ。
そのことを理解しているロンドは、冷静な風貌を少々動揺に染めた。
「それは、僕に先生を殺せと言っているようなものなのですが?」
「別に心配しなくていいぞ。言っては悪いが、子供の魔法如きで死ぬほど軟じゃないからな」
言って、ゼラは腰に吊るした二振りの剣のうち、片方を手に取った。
まさか、それで受けるつもりか?
誰もがそんな疑問を脳裏に浮かべた。
「……どうなっても知りませんからね」
ゼラの馬鹿にしたような発言に、苛立っているようだ。
周囲の生徒たちが心配する中、ロンドは片手を翳して魔法の言霊を詠唱する。
「《英明なる風の化身よ・鋭き刃を穿ち斬り裂け》」
詠唱が終了した瞬間、弧を描く半透明な風の刃が形成され、空気を凪ぐ音を響かせてゼラへと迫った。
息を呑む生徒たち。
魔法が使えないゼラには、この攻撃を防ぐ術はないのだ。数秒もしないうちに、彼の身体は中心から真っ二つに両断され、この教室で本人同意の殺人事件が起きてしまう。
しかし、危険が差し迫っているというのにも関わらず、当の本人は冷静そのもの。
迫りくる風の刃をにやりとした笑みで一瞥し、片手に持った一振りの剣を正面に構え──白い刀身を僅かに覗かせる程度に抜刀した。
瞬間、ギィン、と刃がぶつかり合う高音が響き渡り、その場の全員がその光景に唖然と目を見開いていた。
「んー、まだまだ魔力にむらがあるな。鋭さも素早さも、半人前だ。込める魔力を多くして、使っている式を少し改良したほうがいいかもしれんな」
リン、と柄頭についた銀の鈴を鳴らしながら納刀し、カラカラと笑いながらロンドを見据えるゼラ。命の危機に瀕していたという緊張も、防ぎ切ったことへの自負も何もない。
一方魔法をあっさりと防がれたロンドは驚愕で声を発せずにいた。
初級とはいえ、自分の出せる全力の風刃を放ったつもりだったのだが、まるで児戯のようにあしらわれたわけである。剣で防いだとは言え、ゼラは刀身をほんの少し晒しただけ。完全に抜刀して打ち消したというわけではない。
風の刃の前に、白刃を置いた。
ゼラが行ったのは、たったそれだけのことなのだ。
「そういえば、今朝も魔法を斬っていた気が……」
静まり返った教室の中で、最初に我に返ったクレハは今朝の光景を思い出す。
眼で捉えることは叶わなかったが、あの時確かに、ゼラが剣を鞘に戻す音を聞いている。
同じ現場に居合わせたメルが同意。
「確かに、そんな気もするわね。あいつ……ゼラ先生、あの時炎を斬ってた。でも、そんなことってできるの?」
「同じ芸当をやっている人もいるにはいるし、不可能ではないと思います。ただ、その領域に達するのは並大抵の努力では……」
「先生って……意外と凄い人なの?」
疑惑の瞳を二人が向けていると、話を聞いていたようでゼラが剣を掲げる。
「別に凄いってわけじゃないぞ。魔法が使えないから、代わりに剣術を身に着けただけだし」
「いや、それでもその腕前は──」
「まぁ、今はいい。それより、授業に戻るぞ」
ようやく驚きから帰還したロンドを座らせ、ゼラは剣をトントンと肩に背負いながら続けた。
「今のが詠唱による魔法発動。メリットは、魔力さえあれば詠唱することで発動できること。デメリットは詠唱の分だけ隙だらけになってしまうところかな。実戦では、この詠唱速度や言霊の長さも大事になってくる。あ、あと言霊忘れたら使えないこともあるな」
一流の魔法士ともなれば、たった一言で上級魔法を発動することもできる。戦闘に置いて、それは大きなアドバンテージを誇ることになるだろう。
初級ならば比較的簡単にできるだろうが、高位の魔法ともなれば話は変わるのだ。
「んで次に、
「わ、私?」
「そ、君だ」
自分を指さすメルに、ゼラは歩み寄って一枚の紙を手渡す。
開いたそこに書かれていたのは、一つの魔法式だった。
正方形を模った魔法式。
「そこに書かれている魔法式……いや、その紙に魔力を通してくれ」
「は、はい」
ゼラに言われた通り、メルは紙に書かれていた魔法式に魔力を流し込む。淡い黄緑色の光が紙に通り、微かに発光し──魔法式から、一筋の光が宙に向かって打ち上げられた。
打ち上げ花火の要領で宙に放たれたそれは、クルクルと天井付近を旋回し、やがて収縮した後に消えていった。
「これは、何の魔法ですか?」
「ただのお遊び魔法だよ。俺が適当に魔法式を組んで作った光系統の魔法。自分では実践して確認できなかったけど、成功していたようでよかったよ」
メルの手元から紙を回収したゼラは、それを教卓の上に置いた。
「今のが格納発動。紙だけに限らず、何かしらの物体に魔法式を描いて、それに魔力を流し込むことによって発動する方法だ。メリットとしては、詠唱が必要ないから素早く発動できる。デメリットは、魔法式一つにつき一つの魔法しか発動できないから、バリエーションに欠けることだな。あんまり実戦で中心的に使うものじゃない。あくまで補助用として使うことを推奨する。あ、次のテストでこの辺り出すから」
「「「え」」」
いきなりそんな重要なことを言うゼラ。
生徒たちは慌てて勉強用ノートを開き、ペンを走らせて記していく。
そのあまりの必死さに、思わずゼラは笑いを零してしまった。
「出すって言っても、発動方法の種類とメリットデメリットくらいだから、慌てる必要ないぞー。参考書の最初にも書いてあるだろうし、基礎も基礎だ。正直ノートに取らなくたって、これくらいわかってるだろ?」
今やったのは、魔法士ならば誰でも当たり前に知っていることであり、下位二十名とはいえこの学園に入学できた時点で彼らは知っていることだ。正直ノートに書くのは無駄だと思う。
今の彼らにとって、これらは復習にすぎない。既に知っている知識をおさらいしているだけにすぎないのだから。
だが、復習はとても大事なことである。間違った知識を持っている生徒もいないとは限らないので、やるにこしたことはない。
「一先ず、魔法式構築と魔法発動の基礎はこんなもんでいいだろ。あとは今日のことをしっかりと繰り返し復習することで、土台作りは完成に近づく。まだまだ教えることは山ほどあるけど、時間だし、今後の授業でな」
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