第7話 放課後
「一日目終了っと」
生徒たちが各々の自宅や寮に帰宅し、閑散とした教室でゼラは一人呟き、机上に置かれていた参考書をパラパラと捲っていた。
静かな教室に残ってやっているのは、明日行う授業の内容決めだ。
今日一日でこのクラスの生徒たちのレベルは理解できた。前任までの講師たちの後遺症が響いているともいえる結果だったが、どうにか元に戻すことはできる範囲だ。
最初は基礎の基礎からやり、徐々に応用も含ませていけば、何とか学園の生徒として恥じない程度の学力にはなるだろう。
生徒本人の努力次第ではあるが。
「明日は……魔法鉱石の主成分と種類ごとの魔力伝導率計算の基礎かな」
口にした項目の頁に赤印を打つ。
テスト返却後の授業で基礎の大切さを生徒たちに教えていたが、ゼラの魔法講師就任初日の授業は、主に魔法知識の基礎を学んで終了した。
各魔法の系統、消費魔力、効力、など、次の試験範囲にもなっている箇所を網羅するように。
生徒たちは久方ぶりの真面目な授業に真剣に取り組み、午後を過ぎた頃からは眠り始める生徒もでてきたが、概ね真面目な態度でゼラの授業に向かっていた。
この調子ならば、特に授業崩壊などの心配をする必要はないだろう。
「とりあえず、目下の懸案は……」
参考書の隣に置かれた、1-Fの面々の詳細な情報が記された羊皮紙を手に取り内容に目を通す。
ザバスに言われていた、彼らが抱える問題の数々。
彼らが掃き溜めと言われる由縁は、学力だけではない。それはゼラの授業でどうとでもできるのだ。
「精神的問題、体質、過去のトラウマ……こんなものを一講師に任せるなよ」
生徒たちが抱え込んでいる問題は、ただの講師がどうにかできる範囲を大きく超えているのだ。本来一人一人にしっかりとしたカウンセリングを受けさせ、解決するための方法を考えなければならないのだが、生憎そんなお節介を焼くお人よしはこの学園にはいないのだろう。
ザバスも多忙を極めているため、1-Fにだけ構っている暇はない。
そのためにも、ゼラに頭を下げて頼み込んだのだろうが……。
「……悪いが、生徒とはいえ、赤の他人に力を使ってやるほど、甘い人間では──」
「あ、ゼラ先生!」
不意に聞こえた声に教室の扉の方向を見ると、先ほど帰路についたはずの二人──クレハとメルだった。
彼女たちは手近な机に学園指定の手提げ鞄を置くと、中からノートを取り出してゼラの元へと駆け寄って来た。
何か質問か。
彼女たちの目的を察したゼラは、勉強熱心なことだと思いながら、表情を柔らかくして対応する。
「どうした?他の奴らはもうとっくに帰ってるが」
「あの、少し先生に質問がありまして……あ、もしかして、もうお帰りになるところでしたか?」
「いや、まだ帰らないから大丈夫だよ」
今日から職員寮で寝泊まりをするわけなのだが、ほとんどの講師は陽が沈んでから帰宅するらしい。新任の──しかも魔法が使えない魔法講師が早々に帰ろうものなら、どんなやっかみを受けるかわからない。勿論そんな講師だけではないだろうが、避けられっる地雷は避けるにこしたことはない。
「それで、二人共同じ質問か?」
「いえ、メルは──」
「私はクレハの付き添いです」
ゼラから視線をやや外しながら、少々気まずそうに言うメル。
そういえば、授業中も一人だけゼラと頑なに目を合わせようとしなかった。
もしかして、初日から嫌われてしまったか?と考えていると、クレハが困った妹に言い聞かせるように言った。
「メル、そんな態度だったら余計に自己嫌悪に陥るだけですよ」
「うッ……」
頬を引っ掻き、腕を組み、何かを言おうとするも中々口にできない様子。流石にそれだけでは、察しが良い方のゼラもわからない。
それに痺れを切らしたのか、メルに変わってクレハが説明する。
「メル、先生に酷いことを言ったのことを謝りたいんです」
「ちょっ、クレハ!」
「何ですか?早く言わないメルが悪いんですよ?」
「だ、だからって……」
ウガーっと小型犬のように吠えるメルに、呆れ果てたように的確に正論で口撃するクレハ。その様子は傍から見ると、姉妹の喧嘩……に、見えなくもない。それよりは、我儘を言っている娘を叱る母親という構図という方がしっくりくるか。
「いやまぁ、なんだ。別に気にしてないから、あんまり根に持たなくていいよ。そりゃ、魔法使えないのに今日から魔法を教えます、なんて言ってくる奴には反発したくもなる。俺だって、剣を振るったこともない奴に剣を教えるって言われたら、その場で斬り捨てるかもしれないし」
それも問答無用で、と言葉外に付け足す。
魔法士はプライドの高い者が多く、それは学生も例外ではない。メルの癪に触ったとしても、それは不思議なことではないのだ。
「よかったですね、メル。先生が寛大で」
「う、うん……あの、本当に、すみませんでした」
「おう。その代わり、これからの授業を真剣に取り組むように。んで、クレハは何処の問題がわからないんだ?」
問うと、クレハは手にしていたノートを教卓の上に広げ、綺麗な文字で書かれた「魔法の核」という項目を指さした。
「ここの意味が、少し理解し難いんです」
「俺、こんなこと教えたっけ?」
黒板にこんなことを書いた記憶がないゼラは思わずそう呟くと、クレハは首を左右に振って否定した。
「書いてはいませんけど、先生が口頭で少し言っていたので」
「さりげなくプレッシャーをかけてくるなぁ……。つまり、あれか。クレハは授業中の俺の言動を全部書いてるってこと?」
「全部ではないですけど、ある程度は書いています」
「マジかよ……」
今後の授業、下手なことは教えることができない。もしかして今までにやめた講師の中には、このプレッシャーに耐えられなくなった者もいるのではないかと疑い始めてしまう。
真面目だし、授業をしっかりと聞いているということなので、否定もできないが。
「先生、これからの授業ちょっと緊張するでしょ?」
「凄くな。クレハは昔からこうなのか?」
「えぇ。昔から凄く真面目」
苦笑してしまう。
真面目すぎるのも難儀なものだ。
「まぁいいや。魔法の核についてだったか……」
立ち上がったゼラは白墨を手にとり、黒板に丸を描いた。
「結論から言うと、魔法の核っていうのはここのことだ」
といって、丸の丁度中心部に極小の丸を描いた。
「魔法士が最も使う攻撃性魔法の発動によって引き起こされた事象は、事象の中心部に濃密な魔力の集合体を持っているんだ。その核を起点として、事象全体に魔力を均等に張り巡らせることによって形を保っている」
極小の丸の周囲に、波紋のように丸を何重にも描いていく。
魔法で発生した事象は全て、中心に心臓のような魔力の塊があり、そこから供給される魔力で形を保っているということだ。
「生き物と同じで、魔力を供給する核──つまり心臓を失えば、魔法は事象を保つことができなくなるってことだ」
「じゃあ、先生がロンドの魔法を斬っていたのって……」
「そういうこと」
正確に魔法の核を見定め、それを斬ってたいということだ。
原理は簡単。しかしそれを実際に行うのはとてつもない難易度の技である。
腰に吊るしていた二振りの剣を、一振りずつクレハとメルに手渡した。
クレハには細かな装飾の施された薄蒼の剣。
メルには、紅い三日月と黒い薔薇の紋様が刻まれた鞘に納められた銀色の剣。
「蒼は”
抜いてみな、とゼラは促し、二人はそろって鞘から剣を引き抜く。
窈窕の刀身は鞘とは違い藍色で、表面には植物の蔦のような紋様。
一方、月天子の刀身は夜に輝く玉兎の輝きを放ち、鞘とは対照的な白い三日月が描かれていた。
「凄い……綺麗な剣」
「これには、何か特殊な力が宿っているのですか?」
「……いや、特にないな」
少し間を開け、ゼラは剣を回収し、再び腰に吊るした。
「バレオロージュは世界最高の硬度を誇るということ、魔法金属に分類されているのに、全く魔力を通さない。この二つしかわかっていないんだ。どんな特殊な効果があるのかもわからない」
「そんな謎の金属で造られた剣を使っているんですか……」
「何年も一緒にいる相棒みたいなもんだ。物には愛着ってもんがあるだろう?」
パタンと参考書を閉じ、ゼラは二人に帰宅を促した。
「さ、二人とももう帰りな。俺は講師室に戻るから」
「あ、もうこんな時間」
「先生、ありがとうございました」
「んー、今の時点で魔法の核を教えたところで役立つとは思えないけど……まぁ、頭の片隅に置いておきな」
「はい!」
クレハとメルが教室を出て行った後、開いていた室内の窓を全て閉め、ゼラも教室を後にしようとした──その時。
「ん?」
廊下の方からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
既に陽は沈みかけているこの時間、ほとんどの生徒は帰宅しているはずだ。
もしや、クレハとメルが戻って来たのか?
そんな風に考えていると、突然バンッ!と大きな音を立てて扉が開け放たれ、一人の女性が姿を見せた。
腰元まで伸びた長い金髪を靡かせ、翠色の双眸輝いている。
ゼラより頭一つ分小さい背丈の彼女は荒い呼吸で肩を揺らし、額に浮かんでいた汗を乱暴に拭った。
講師服を纏った彼女を視界に収めたゼラは、一度大きく目を見開き、やがて一言呟いた。
「ルーリア?」
名を呼ばれた彼女は顔を歓喜に染めて再び駆け出し──遠慮なく、全力でゼラに抱き着いた。
「お久しぶりですッ──我が主ッ!」
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