第8話 再会
「ちょっ、ルーリア、呼び方!」
ギュッと力強く肢体を抱きしめて来る女性──ルーリア=カレンティグの肩を掴み引き剥がそうとするも、彼女は全力でしがみついてくるので全く剥がすことができない。それどころか、ゼラの胸元に顔を埋めて思いっきり深呼吸を繰り返していた。
「すぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁ」
光悦とした表情で頬を赤らめながら、満足そうに顔を擦りつける。
乙女としての恥じらいとか、そんなものは一切見受けられない。
妙だ。確かにこの子は昔から甘えん坊な節があったとはいえ、ここまでではなかった。というか嗅ぎ過ぎだ。ここまで来ると変態と呼ばざるを得なくなる。
「いい加減離れてくれ……」
背中を何度か叩きギブアップの意志を伝えると、ルーリアは名残惜しそうに身体を離した。そして、ゼラの足元に跪く。
「も、申し訳ありません、主。少々取り乱しました」
「あぁ、少し変わった……いや、それはいい」
しばらく会わない間に何があったのか問いかけたが、中断する。
まずは、久方ぶりに再会した者に対する言葉が先だ。
「久しぶりだな、ルーリア。ここに来ることは念話石で話したとはいえ、直接会うのは三年ぶり、くらいか?」
「はい!三年と二十八日ぶりでございます、主。こうして再び会えることを楽しみにしておりました!」
胸元で両手を合わせ、感極まったように目尻に涙を浮かべるルーリア。
こうして慕ってくれるのはゼラとしても嬉しいし、彼女の忠誠心は立派なものだ。しかし、こういってはなんだが、少々重すぎると思う節もある。最後に会った日を正確に覚えているあたりもそうだが、何というか、ちょっと怖い。
「そ、そうか。よく覚えているな」
「それは勿論でございます。私は全てを主に捧げた身。従者として、家臣として、主に関わることは忘れません」
「いやそこまでしなくてもいいんだけど……というか」
こめかみを押さえ、ゼラはルーリアと視線を合わせるためにしゃがみこんだ。
「学園にいる時、その態度はやめてくれ」
ルーリアのこの態度は、流石に不味い。
元々の関係があるとはいえ、一応講師としては彼女が先輩なのだ。今のままだと変な関係性を疑われてしまう。
それはダメだ。絶対にあってはならないことだ。
生徒だけではなく、他の講師からも、極力何もない講師として先輩後輩の関係として見られなくては。一緒にいることが多かったとしても、仲がいいというだけで落ち着くであろう。
という意味だったのだが、ルーリアは顔面蒼白、今にも泣き出してしまいそうな表情でゼラの服を両手でつかんだ。
「え?」
「どうして、そんなことを……、もしかして、私はもういらないんですか?主にとって、必要のないものに成り下がってしまいましたか?」
「ッ」
しまった、と後悔する。
ルーリアは忠誠心が誰よりも篤いかわりに、とても思い込みが激しい。
今のゼラの言葉を、お前はもういらないから態度を改めろという意味に捉えてしまったのだろう。
「(ヤバイ、このままじゃ──)」
気がつけば、周囲の気温が一段下がり、ルーリアとゼラの周囲の床には霜が降り始めていた。
感情の起伏により、本人の意識とは無縁に辺りへ影響を及ぼし始めている。
ゼラは慌ててルーリアの額に手を翳し、トンと軽く小突いた。
「あぅ」
「誰がそんなこと言った?俺はただ、俺たちの関係性がバレないように、呼称も過度な尊敬語もやめろって言ったんだ。第一、俺が君を必要ないなんて言うわけがないだろ」
「主……」
気付けば、床に降りていた霜は消え、周囲の気温も元に戻っていた。
心が安定したことによって、漏れ出ていた力が完全に制御されたようだ。
「申し訳ありません、取り乱しました……」
「いやいいんだけど、本当にどうしたんだ?昔はこんなにくっついてくることなかっただろう?」
「だって……」
ゼラの困惑に、ルーリアは体重を完全に彼に預けて返す。
「三年前から、貴方は彼女にばかり構ってしまっていて……三年以上も会えなかったんです。その分、補充させていただいてもよろしいではないですか」
「……まぁ、その、なんだ。悪いとは思ってる。けど──」
「わかっていますよ」
そのままの姿勢でルーリアは微笑む。
「貴方にとっては、生涯で一度あるかの出会い。ですから、その奇跡を捨てろとはとても言えません」
「ルーリア」
「で・も!」
ゼラの唇に人差し指を触れさせ、とても、それはそれは不満そうに頬を膨らませ、ゼラを睨む(悪意ゼロ)。
「私……私たち全員にとっても、貴方との出会いは生涯に一度あるかのものなんです。もう少し、大切にしてくれてもいいのではありませんか?」
「……悪かったよ」
心当たりがありすぎた。言い訳はできない。
ゼラが素直に頭を下げたことに、ルーリアはとても満足そうな笑みを浮かべて身体を離し立ち上がった。
ゼラも続いて立ち上がり、手近な生徒の椅子を持ってくるとそこにルーリアを座らせ、自身は教卓の傍に置いてあった椅子に腰かけた。
聞きたいことは色々とあるのだ。
この時間帯ならば誰に聞かれる心配もないし、絶好の機会だろう。
「ルーリアは今、どこのクラスを担当しているんだ?」
「1-Aクラスです。流石に優秀ですね。私が教えたことを、ほとんど一度で吸収してしまいます」
「最優秀クラスか……」
確かにルーリア自体類稀な魔法の才能を有しているため、そうなってもおかしくはない。ザバスの采配だろう。
「この学園は、魔法に関する差別が蔓延しているみたいなんだが、Aクラスも例に漏れずか?優秀ゆえに、他のクラスの生徒たちを見下すとか、貶すとか」
「以前は少しありましたけど、今はそんなことはないです。矯正しましたから」
「矯正?」
一体どんなことをやったのだろうか。
差別的な意識を持つ生徒の考えを正すとなると、かなり厳しいことを行ったのだろう。ルーリアがそんなことをするとは……いや、十分にあり得る話か。
実を言うと彼女、怒るとかなり怖いのだ。
「簡単です。クラス全員対私で魔法戦をし、一人残らず叩きのめしました。倒れては回復魔法をかけて立ち上がらせて、また叩く。これを丸一日やったら、皆もう差別はしないって、御利口になってくれました♪あ、でも魔法しか使っていないので、実質半分くらいの力ですね」
「軍隊かよ……」
予想以上のことをやっていたらしい。
圧倒的な実力差を見せつけられ、これでもまだ下の人間を馬鹿にできるのかと責め立てる。理不尽な力を目の当たりにすれば、生徒の心も変わるだろう。
ゼラも少し強く叱責はしたが、ここまでのことはやっていない。
「じゃあ、差別してるのは別のクラスか」
「私の見解だと、Bクラスが特に強い傾向があります。あのクラスは、担当講師がそういった思考を奨励しているので……」
ルーリアは嫌そうな顔を作った。
属に言う問題講師というものがいるらしい。
「実力は一年生の中では上位。けど、Aクラスには及ばない。そういった箇所にいるので、Aクラスの子たちへの羨望とか嫉妬とかを、下のクラスに当たり散らしているんです。それを受けたクラスの子たちが、更に下のクラスへ……と言った風に、どんどん連鎖していってるんです」
「ザバスは何も言ってないのか?その問題講師について」
「注意はしているんですけど、何分彼は国の有力者の子息ですので、強く言えず。と言った具合らしいです」
「後ろ盾を利用して色々やっているってとこか」
ゼラは機嫌悪そうに舌打ちする。
自身の権力を振りかざして横暴に振る舞う輩は、ゼラが最も嫌う人種の一つだ。
正直に言ってしまえば、今すぐにでも殴りつけに行きたい。
けれどここでのゼラは講師。妙な問題を起こすことはご法度だ。
「私も、言い寄られたことがありますし」
「は?」
思わず低いを声を上げてしまったゼラだったが、それにルーリアは驚きも怯えもせず、何故かとても嬉しそうな表情で当時の状況を話した。
「放課後に一緒に酒屋にいかないかって誘われまして。私は主以外の人とそういった場所にはいかないと決めているので、御断りしましたけど」
「あっさりと引いたのか?」
「しばらくは諦め悪く言い寄って来たんですけど、少し威圧したら諦めました。すごい気持ち悪かったです」
「そうか」
ルーリアに手を出そうとするとは、身の程を知らないようだ。
彼女は身内以外には絶対に心を許さないし、無理に言い寄ったところで片手間で返り討ちにされて終わる。
それに……酒を飲ませると面倒なのだ。
「まぁとにかく、そのBクラスの担任は要注意だな。できれば、差別を奨励していることを後悔させてやりたいところだけど、今はまだ無理だ」
「王としての威厳を見せれば、瞬時に跪くと思いますが、流石に一般人には使えませんね」
「あぁ。このことは保留しよう」
余計なことに構っている余裕はない。
優先するべきは、生徒たちの抱える問題を解消すること。
シンプルにしてとてつもない難易度を誇るミッションに、ゼラは思わずため息を吐く。
「羨ましいですね」
悩めるゼラを見つめたルーリアは、優しい笑みを浮かべてポツリと呟いた。
ん?と首を傾げ、ゼラは問い返した。
「何がだ?」
「主にそんな風に思ってもらえて、とても羨ましいです」
「思ってって……別に、ザバスに頼まれたからやっているに過ぎないけどな。自発的にはやってない」
「と、自分では思ってるだけですよ」
クスクスと笑ったルーリアは、意味深な笑みを浮かべる。
「私が助けられたときも、他の皆の時もそうです。酷い立場に貶められている人を見ると、貴方は放っておけない。自然と手を差し伸べてしまう、優しい人なんです」
「……買いかぶりすぎだろ」
「そうかもしれません。だけど、私はそんな貴方に助けられましたから」
慈愛の瞳を受け、ゼラは居心地悪そうに後頭部をガリガリと引っ掻き、もうこの話はやめだと立ち上がった。
「陽も沈んだし、寮に戻るぞ」
「はい。あ、そういえば、主のことは何てお呼びすれば?」
「普通にゼラでいい。歳も同じだしな」
「ではゼラさんですね。ふふ、何だか不思議な感じです」
「その内慣れる。あと、ルーリア」
「?はい」
教室を後にする直前、ゼラは背後を振り返り、気まずそうに視線を逸らしながら、言いづらそうに言葉を口にした。
「その、確かに、生徒たちの現状をどうにかしてやろうとしているのは、事実で、手を差し伸べようとしてるかもしれない。
けど……あの、あれだ。君らと同列ってわけじゃないからな。俺にとっては、君らの方が大事、というか。だから、羨ましがる必要は、ない、ぞ?」
頬を染めながらそんなことを言うゼラ。
口元を腕で隠しているが、隠しきれていない。恥ずかしがっているのがまるわかりだ。
そんなゼラの言葉を聞き、羞恥に染まる姿を目の前にしたルーリアは──何故かもの凄く目を輝かせ、口を開いたまま涎を垂らしていた。
「ちょ、なんでそんな反応を──」
「申し訳ありません、かなり、尊過ぎて……」
「尊いってなんだ!尊いって!」
「そのままの意味ですよ、ゼラさん。恥じらいながら告白まがいのことを自分から言って、更に恥ずかしがるなんて、私たちの主は可愛いらしすぎます。思えば、私が助けられたときも、今のように……」
「──ッ、もう二度と言わんからなッ!」
「既に網膜に映った映像を保存していますので、ご安心を」
「安心できるかッ!というか保存するなよ!?消せ消せ消せ消せッ!今すぐ消せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
暗がりの校舎に、ゼラの悲鳴が響き渡った。
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