第24話 講師の真価

数十分前。


「あれか」


引き出した情報の廃村に辿りついたゼラは、壊された門を潜って中へ入った。

家屋のほとんど倒壊しており、辛うじて原型を留めているものも、草が蔓延りとても人が住めるような状態ではなかった。

空になった馬小屋、錆びれた農作道具、水の腐った井戸。そのどれもが時の流れを感じさせ、少しの寂しさを思わせる。


全く舗装されていない通りを歩くゼラはふと足を止め、腰の窈窕に手をかける。

瞬間、全方位からゼラの頭部目掛けて氷の矢が幾つも投擲された。

狙いは正確、予測線では外すものは一つたりとも見当たらない。攻撃を仕掛けた者は全員が全員、ベテランの魔法士というわけか。


「まぁ、どのみち遠慮はいらないがッ!」


逆にそのことに喜々とした笑みを浮かべたゼラは、瞬時窈窕を抜刀し、藍色の刀身を真横に一閃。同時に、右足を軸としてその場で横に一回転。以前メルの蛇炎を無効化した時と同じ要領で剣を振るい、迫りくる氷の矢を全て吹き飛ばす。

刃を振るった瞬間、凍てつく冷気のような白い蒸気が生まれ、それは暴風となって家屋の窓ガラスを一斉に割り砕いた。


『ッ!?』


周囲から驚くような気配を感じるが、ゼラは間髪入れずに爆発的な脚力で駆け出すと、その勢いのままに倒壊寸前の家屋──その屋根上へと跳躍し、ステッキを構えていた数人の魔法士を一斉に切り伏せた。


「まずは、五人」


続け様に階下へと飛び降り、三人の敵が上っていた物見櫓の脚を一太刀で切り伏せ、倒壊させる。当然その上にいた敵は為すすべなく、高所からの落下と降り注ぐ木材の下敷きになった。

その様を最後まで見届けることなく背を向けたゼラは、再び通りへと踊り出、敢えて狙われやすい位置に陣取った。


「さて、出てこいよ、魔法士。これは遊びじゃねぇんだぞ?」


挑発するような発言を、こそこそと隠れている連中に向けて投げかける。

今のは余興、力試しの一端に過ぎないのだ。近くにいた敵に攻撃を仕掛け、一体どれだけ対応できるかを見ただけ。結果は、語るまでもないほど酷いものだったが。

敵を前に動揺を顕わにし、防ぐこともなく一瞬で切り伏せられる。弱いにもほどがあるというものだ。


「……魔法が使えない雑魚だと、話には聞いていたのだがな」


やがてゼラの前に、藍色のローブを纏った一人の男が出てきた。

ローブと同じく藍色の短髪に、顔には髑髏とナイフの入れ墨。何かの組織のトレードマークのようにも思える。

侮辱とも取れる言葉を吐いたその男に、ゼラは笑みを浮かべて窈窕の剣先を向けた。


「魔法が使えないから雑魚っていう、その定義が間違っていると考えたほうがいいぞ?」

「何を言うか。魔法こそ人の世界で最強の力であり、人間が極めることができる王道。魔力を持たず、その道を歩めぬお前など、人の世にいてはならん」

「その雑魚にぶった斬られているのは、どこぞの魔法士だ?」


近くに血を流して倒れている複数人に目を向けた。

つい先ほどゼラが瞬殺した、おそらく男の部下であろう魔法士たち。ゼラが雑魚だというのなら、彼らは一体どれほどの存在なのだろうか?

ピクリと眉を動かした藍色髪の男は、懐から小さなステッキを取り出し、頭上に向けて光を放った。

一条のそれは何かの合図だったようで、何処かから、大気を震わせるほどの雄たけびが聞こえた。


「あれは……」


男の後方から飛来したそれを見たゼラは、何処か愉快そうにニヤッと笑った。

それに気づかずか、男は得意げに宣言する。


「お前は死ぬよ、魔力を持たぬ魔法講師。なぜなら、力を持つはずの魔法士でさえも、獣の力には打ち勝つことができないのだからな」


ゼラの視界には映るもの。

それは、大きな銀翼を広げ空に留まる、巨竜だった。

その身体全てが銀で構成されているようで、特有の光沢を放ち赤い月が体表にくっきりと映し出されている。禍々しくも何処か幻想的な銀竜はゼラを餌だと勘違いしているのか、口腔を大きく開き、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だ。


「シルバードレイク。カイザ様が持つ眷属獣ヴィーヴルの力により生み出されたこいつは、一度襲い掛かった生物の原型を留めないほどにまでバラバラにしてしまう。まぁ、お前の場合、口の中で噛み砕かれ、そのまま胃の中へ直行だろうがな」

「……はぁ」


べらべらと饒舌に喋る男に飽きたゼラは、自信満々の彼に大きなため息を吐いた。もはや、聞くに堪えない。


「眷属獣の眷属って……はぁ。そもそも、どうして自分が生み出したわけじゃないのにそこまで自信満々になれるわけ?恥ずかしくないの?」

「な──っ」

「何を根拠に俺を殺せると思ってるのかは、大体想像はつくが、こんなんで俺が殺せると思ったら大間違いだ。少しは相手の力量も考えてから発言しろ。このタコ」


畳みかけるように馬鹿にする発言をしたゼラに、男は顔を真っ赤にしながら睨み付け、頭上に浮かぶシルバードレイクに命令を下した。


「シルバードレイクッ!こいつを殺せ!」


命令に目を赤くしたシルバードレイクは勢いよくゼラへと突撃し、無数の牙が光る口腔を開き、彼の人間並みの身体を一呑みにした。その勢いで近くの家屋に顔を突っ込んだシルバードレイクは、ガラガラと音を立てて木片などをまき散らしながら、再び空へと飛びあがった。

後には、ゼラの姿は見当たらない。


「……フッ」


勝利を確信した男は嘲笑し、腕を組んだ。

あまりにも呆気ない幕切れ。あれだけの大口を叩いておきながら、シルバードレイクに一口で捕食されてしまい、そのまま丸呑み。


「我らに逆らうから、こうなるのだ」


もしも生徒たちのことを諦めここにきていなかったのなら、ゼラは命を落とさずに済んだのかもしれない。クレハとメル、たった二人を救おうとした結果が、これだ。何も守れず、自身の命を落としただけ。

そのことに、男だけではなく物陰に隠れていた仲間の魔法士たちもこぞって笑い声をあげた。もう危険はない。敵対するものはいないのだから、我らが主君の悲願達成を待つだけだ。誰もがそう思った──その時。


「だから、考えが甘いんだって」


何処からともなく聞こえたゼラの声に、全員が戦慄した。


「喰われたから死んだ?もう敵はいない?馬鹿か。喰われたくらいで死ぬわけがないだろう」


藍色髪の男はだらだらと冷や汗が全身から噴き出すのを感じながら、あたり一面を見回す。


「(あの一瞬で躱したのかッ!?だが、確かにシルバードレイクに食われるところを見て……)」


的外れな考えを巡らせ、ステッキを構える。

ほかの魔法士たちも同様に警戒を顕わにするが、どれだけ探しても、一向にゼラの姿は見つけられない。物陰にも、屋根上にも、建物の中にも。

やがて見当がつかなくなった魔法士の一人が頭上に飛ぶシルバードレイクを見上げ、身体を強張らせた。


シルバードレイクの銀の身体。その幾か所から、紫色の炎が燻っていたから。


あの銀竜にそんな力はない。

つまりあれは……あの炎は。


「魔法が使えないんじゃ、なかったのか?」


カランとステッキを落とした男はそんな声を漏らし、思わず数歩後ずさる。

その間にも、紫の炎は銀の肉体を焼いていき──銀竜の胴体が真っ二つに切り裂かれた。

どろりと融解し液状になった銀と紫の火が舞い散り、その中央、真っ二つに切り裂かれた胴体の中央に、窈窕と月天子をそれぞれの手に構えたゼラが、魔法士たちを睥睨していた。


「銀を使うなんて、俺との相性は最悪だったな。いや、こちらとしては最高と言ってもいいか」


落下する銀竜の破片とともに鮮やかな着地を決めたゼラは、刀身と腕に這う紫の炎を霧散させ、足元に転がる鋭利な銀を蹴り飛ばす。


「銀の融点は鉄よりもかなり低い。焼き切るなんて、造作もない」

「お、お前は、一体──」

「魔法講師だよ。さ、続きをしようか?外道共」


二つの剣をクロスさせたゼラに、思わずひるむ魔法士たち。

自分たちが束になっても適わないシルバードレイクを真っ二つに斬り裂いた程の力を持つゼラに、勝つことができるのか。

そんな考えを振り払うように、藍色髪の男は叫んだ。


「ひ、怯むなっ!相手はたかだか一人だぞッ!対してこっちは百五十人だッ!全員でかかれば、勝てるはずだっ!」

「だからその単純思考を変えろと……まぁいい」


男の叫びに応じて魔法を放つ周囲の者たちを一瞥したゼラは、これから起こる蹂躙劇に歓喜するように獰猛に笑い、剣を振るって走り出した。

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