第25話 無下にされた命

あちらこちらで何かが爆発する音が響き、その度に地鳴りが響く。

地下に作られた牢屋は特にその音や振動を伝えやすく、天井から落ちる砂埃などが非常に多く降ってくるのだ。


「クソッ!この状況じゃ無理だ!」


最悪ともいえる環境に、灰色髪の男──カイザは苛立ち叫んだ。

手にしていた銀の槍をガンッ!と鉄格子に叩きつける。


「心臓はデリケートなんだッ!こんな集中力が切れるような環境で繊細な作業ができるわけないだろうッ!見張りの奴らは何をやってるんだッ!」


外の状況がわからない。

近況を伝えに来た者も、血を失いすぎたためかすぐに気を失ってしまった。

現状わかることは、何者かの襲撃を受け、地上では激しい魔法戦へと発展。たった一人とは聞いているが、こちらの手数が相当数減らされてるということだけ。作戦なのか、こちらの作業の妨害までしている。


「いや、敵は誰か、わかってる」


ちらりと、正面の鉄格子内で倒れる少女──メルを見た。


「あいつらの魔法講師だな。こいつらを助けに、襲撃してきやがったんだ。チッ、忌々しいことだ」


それしか考えられない。

大方、残しておいた暗殺班を返り討ちにして拷問し、この場所を吐かせたのだろう。こんなことになるのなら、暗殺班など残さず一人残らず連れ帰ればよかった。

しかし、疑問も残った。


「どうやってあのシルバードレイクを……奴は剣術しか使えないと聞いていたんだが」


魔法を持ってしても、あの銀竜には到底敵わないはず。まして、剣だけなら尚更だ。硬質な銀の肉体は、如何なる斬撃をも防ぐはずなのだ。

……いまは考察をしている場合ではないな。


「これは……俺が直々に相手をする必要があるな」


ギロリとカイザは視線を鋭くし、次いで身体から溢れ出た液状の銀が、全身を覆っていった。



どこもかしこも敵だらけの廃村を、ゼラは縦横無尽に駆け回る。

建物の裏を走り、壁を駆けあがり、屋根上を踏み鳴らしながら疾走する。その中で、迫る魔法を全て正確に両断、また別方向へと軌道をずらし、魔法士たちを一太刀に切り伏せて行った。

既にシルバードレイクを倒してから十数分が経過しているが、その短時間の間に、およそ八十人ほどが戦いから脱落している。

こうなっては、もはや戦いと呼べるかも怪しいものだ。


とある家屋の一室に身を顰めたゼラは、窓から自分を探す者たちの様子を伺っていた。自身を探すものたちは、魔力探知の魔法を行使しているのだろうが、生憎魔力を宿さないゼラはそのレーダーには引っ掛からない。

剣の刀身に付着した血を落とすと、そのまま室内にあった古びた椅子に腰かけた。


「恐らく、これで半分は減った。残り半分だとすれば、十数分かかる。短いかもしれんが、敵の手中に二人がいることを考えれば長すぎる。一分一秒を争うからな」


敵の目的はクレハの瞳に宿る霊獣。

その正体が一体何なのかは定かではないが、のんびりと戦っていては彼女たちに危険が及んでしまう。


「いっそ、全員を支配して自決させるか?いや、そんなことしたらフレラが怒るしな──ッ!?」


突然ガタリと椅子から立ち上がったゼラは、額に嫌な汗を滲ませる。

とてつもなくヤバイ何かを感じ取ったのだ。一気に緊張が走り、驚愕に声が震える。


「これは──霊力」


今しがたゼラが感じたものの正体。

霊力とは、魔力とは全く違うエネルギーの素。本来人間の体内にはあるはずのないものであり、それを有しているのは、絶大な力を持つ存在──霊獣のみ。

ゼラがそれを感じたということは、即ち付近に霊力を持つ類の者がいるということ。


「しかもこの反応は──まさか。なんで」


動揺を顕わにしたゼラは、思わず窓の外を確認。

確かに近くに感じ、今なお接近している。しかし、視界には一向にその源となる人物は確認できなかった。

そしてその確認は、外でゼラを探していた者達に姿を晒すことになる。


「いたぞッ!」

「やべ」


何十発という魔法の襲撃を受けたゼラは、慌てて金属製テーブルを持ち上げ、魔法士たちへと投げつける。およそ常人とは思えない、凄まじい筋力だ。

投擲されたそれに気を取られた魔法士たちの手が数秒止まり、逃げるように、それでいてゼラを逃がさぬように散る。その隙を、ゼラは見逃すはずがなかった。

家屋の壁を一閃で切り裂き、爆速の勢いで魔法士たちに剣閃を走らせる。

手にしていた魔法具をことごとく両断し、意識を狩り取っていく。

その場にいた全員を切り伏せた直後、ゼラに向かって斧を振り下ろしてきた男の得物を窈窕で受け止め、月天子で割れた腹筋に一太刀を浴びせる。


「(残り……五十)」


再び家屋と家屋の間へと隠れながら走るゼラは、そこかしこに落ちている小石を拾い集め、投擲。それは一つたりとも外すことなく敵の眉間に直撃し、昏倒。

何も真っ向勝負だけが花ではない。逃げ隠れながらも敵を打ち倒す姿勢も、戦いにおいて必要なスキル。貪欲に勝利を狙いに行くのなら、手段など選んでいられないのだ。


「本当はを使うのが手っ取り早いんだが……ダメだな。こいつらが疼いてる、なッ!」


角で鉢合わせた大男の腹部を殴りつけ、くの字に曲がったことで低くなった頭部に踵落としを決め、地面にめり込ませる。次いで彼の持っていた数本のナイフを拾い上げ、上斜め四十五度に放り投げる。数秒後、少し離れた個所から悲鳴が聞こえた。


「ん?集まってるな」


追撃がないことを不審に思ったゼラが物陰から大通りを除くと、かなり数の減った魔法士の残りが全員集合していることに気が付いた。

どうやら、分散していてもゼラの思うつぼだと感づいたようだ。

どのみち、変わらないのだけれど。


「勝てないと察したか?」


お望み通り、と姿を現したゼラに、彼らは軽く怯んでいた。

頬や手に血が付着していることも、インパクトが強いのかもしれない。その全てが、返り血であるというこも、わかりきっているようだ。

リーダー格の藍色髪の男は一瞬口ごもり、既に戦意の喪失している虚ろな瞳で降参を申し出た。


「……それを認めなければ、どうするんだ?」

「別に殺しはしないが、気絶してもらうな」

「……力の差は、十分に理解した」


どれだけ魔法を放っても斬られ、肉弾戦では一撃で斬り捨てられ、隙を見せれば投擲で昏倒させられる。当初の魔法がつかない雑魚、という評価が見当違いだったということを、今更ながらに理解していたようだ。


油断をせず、剣は抜き放った状態で相対する。


「で?どうするんだ?お前の上の奴の場所に案内するか、それとも痛い目を見るか」

「あ、案内する!だから、これ以上は──」


彼は、その先の言葉を発することはなかった。

いや、彼だけではない。通りにいた全ての魔法士が、もう言葉を発することができない状態に変貌した。


その場にいた全員の心臓が、突如として伸びた銀の槍に心臓を貫かれていたから。


「お出ましか」


その予兆を既に察していたゼラは、探す手間がなくなったなと魔法士たちの亡骸に何の感慨も覚えることなく、崩壊する地面に従って落下する。

そして着地した場所は──幾つもの鉄格子が並ぶ、牢屋のような場所だった。

鉄格子の内側には白骨化した頭蓋骨と思われるものも転がっており、瓦礫の上を歩きながら周囲を見回す。

と。


「随分と好き放題暴れてくれたねぇ。魔力ゼロの魔法講師」


背後から聞こえた声に振り向くと、既に銀の槍が投擲されていた。研ぎ磨かれた鋭利な先端は、ゼラの頭部を貫かんと差し迫る。

それを一切の動揺も見せずにあっさりと打ち払ったゼラは、相対する灰色髪の男──カイザに言葉を返した。


「向かって来たから切り伏せたまで。そっちこそ、俺の生徒を拉致してただで済むとは思うなよ?」

「ふぅん?どうするつもりだい?まさか、この姿の俺を見て歯向かおうっていうのかい?」


そういうカイザの肉体は、およそ人間とは思えないもの。

肉体の半分は銀で覆われ、瞳は赤く、四本の銀の腕。そして、シルバードレイクと同様、一対の銀翼。

眷属獣ヴィーヴルと一体化した、獣の姿だった。


「それに、こっちにはまだあんたの大切な生徒がいるんだよ?」


くいっと上にあげられた人差し指。

次の瞬間、銀の檻が地中から地面を砕いて出現。その中には、探し求めたクレハとメルの姿があった。

二人共鎖で身体を拘束されており、玉の肌には痛々しい傷と流血が見受けられた。


「先生ッ!」


気絶しているメルの隣でクレハが叫ぶ。目尻に浮かんだ涙と安堵の表情。しかし、その一方で不安も滲み出ていた。

彼女を安心させるように、ゼラは笑みを浮かべて声を掛ける。


「遅れてすまない。すぐに助けるから、もう少しだけ我慢しててくれ」

「先生……」

「心配するなよ。俺は強いから。君らが思ってる以上に、ずっとな」


クレハの不安も当然。

相対する相手は、人間の力を凌駕した眷属獣を宿す者。普通に相手をすれば、まず間違いなく敗れるだろう。どれだけ剣術に優れていたとしても、その運命に変わりはない。

けれど、ゼラの表情に敗北への恐怖などない。

あるのは、唯一つ──クレハとメル、そしてロンドとベールをこんな目に合わせた眼前の男に対する怒りだけだった。


「謝ったところで、もう許さん。お前はここで倒す」

「ハッ、やってみなよ──人間」

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