第26話 メインヒロインは最後に現れる……らしい

迫りくる無数の銀の槍を、ゼラは両手に持った窈窕と月天子で忙しなく迎撃する。

軌道を逸らし、防ぎ、躱す。その剣捌きと体術、動体視力、反応速度、どれもが人間を超越しているかのような練度。

しかしそれでも増え続ける銀の槍を全ていなすことは叶わず、幾本かがゼラの腕や脚を貫いた。鋭い痛みに、微かに顔を顰める。


「はは、どうしたんだい?さっきまでの威勢はどこにいった?」

「うるせぇなぁ」


高笑いに思わずそんな声が漏れ、一斉に迫った銀の槍を窈窕の大振り一閃で一気に弾き返す。銀は鉄に比べれば脆い。強度で言えば、窈窕や月天子の方が遥かに上。これだけ打ち合っても、刃こぼれ一つない。

だが、圧倒的に手数が多い。大多数は振り払えるが、どうしてもその隙間を潜って数本がゼラの身体に到達してしまうのだ。

床にはそれなりの両の血が散乱しており、傍から見れば完全なワンサイドゲームだ。

自分が圧倒していると自負したカイザは、気分よく饒舌になり、自身の能力について語り始めた。


「俺の眷属獣ヴィーヴルは、あらゆる銀を操る能力。霊力を変化させた銀は俺の手足も同然。斬られようが折られようが、そこに存在している時点で操ることができる」

「うるさいッ!」


槍の隙間を潜ったゼラは、月天子をカイザに向けて振るう。しかし、横から伸びた流動する銀に阻まれ、刃は到達しなかった。

舌打ちし、心臓を狙って迫った銀を防ぎ、大きく後方へ跳躍。距離を取った。


「面倒な能力だな!」

「素晴らしいと言ってくれ。我が主より与えられたこの崇高なる力は、全ての眷属獣の中でも最強だッ!」

「眷属獣の中では、ね」

「何が言いたい?」


意味深なゼラの台詞に、カイザは訝し気に眉を顰めた。

まるで小馬鹿にしたようだ、とでも言いたげな視線。ゼラは肩を竦め、銀を捌きながら言う。


「別に?ただ、霊獣自体には勝てないと言っているようなものだなと思ってな」

「……」


カイザは苛立ったのか、今まで銀を操って遠距離から攻撃していたのにも関わらず、突然銀翼を羽ばたかせ、刃物のように切れ味の鋭い五指をゼラに向かって振るった。

ギィン、と甲高い音を響かせる。窈窕の刀身でそれを受けたゼラは、拮抗する力で押し返す。


「図星か。そりゃあそうだよな。根本的に、力の格が違う。眷属はあくまで眷属。その主君の持つ力には及ばない」

「だからなんだというんだ。それが事実だからとして、お前に俺は倒せないぞ?」

「あぁ。今のままなら、な」

「あ?──ッ!?」


カイザの腹に前蹴りを叩き込み吹き飛ばし、距離を作ったゼラは素早く銀の檻の元へと疾走。道を阻む銀を断ち切り、意識のあるクレハの元へとたどり着いた。

すぐに拘束具と柵を斬ったゼラは、クレハに耳打ち。


「クレハ、大丈夫か?」

「は、はい。少し怪我をした程度ですけど……このくらい、治癒系魔法で何とか」

「傷跡が残るから却下。女の子なんだから、傷跡も残さず完璧に治さないと」

「なんだこれはッ!」


声の方向に視線を向けると、カイザが自身の腹部を押さえて動揺に叫んでいた。

彼が押さえる患部を見ると、その部分の銀が融解し、紫色の炎が燻っている。


「ぎ、銀が溶ける、だとぉッ!?」


ドロドロと解け血に落ちる銀は、身体を銀へと変化させているカイザには高熱と苦痛を与え続ける。集中力を切らした周囲の銀は全て動きを止め、数十秒程の猶予を生み出していた。

その機会に、ゼラはクレハの肩を抱き寄せ、耳元で囁き問う。


「せ、先生ッ!?」

「一つだけ答えろクレハ。今から見せることを、君は秘密にすることができるか?」

「え?」

「答えろ」


クレハは数瞬何を言われているのかわからずキョトンとしていたが、やがて笑みを浮かべて頷いた。


「約束します。今から見ることも、以前の授業でみたのことも、誰にも言いません。ですから先生は、安心して戦ってください」

「──ッ!気づいて、たのか?」


驚きに問うと、クレハは肯定。


「はい。私の眼には霊獣が宿っているらしいので、それの影響か、そういったものが見えるんです。例え隠していても」

「……参ったな」


既にばれていたとは。

ゼラ自身は完璧に隠しきれていたと思っていたのだが、正に盲点。獣を宿しているのなら、必然的に霊力を感知することができるというのに。

詰めが甘かったか。

自身のたるみに軽く自己嫌悪クレハの手を握る。と同時に、炎で銀を解かされていたカイザが腹部の修復を終え、怒り狂った様子で睨んだ。


「お前……魔法が使えないんじゃ──」

「眷属獣持ちならわかるだろ。動揺と怒りで混乱しているのか?ま、好都合」

「え?」


クレハの手を離した瞬間、彼女の体表を紫色の炎が這い、それは徐々に彼女の傷口を舐め──数瞬後には傷跡一つ残すことなく、癒してしまった。

それはやがて隣で横たわるメルにも広がり、同じように怪我を治癒していった。


「これって……」


その力の正体に気が付いたクレハは思わずゼラに目を向けると、窈窕と月天子を鞘に納刀したゼラに二振りをポイッと投げられ、咄嗟に受け取った。

次の瞬間、カイザは無数の銀を槍に形状変化させ、ゼラに向かって投擲した。


「許さねぇ……串刺しになれ!!」

「……」


怒涛の連撃を前に、ゼラは何をするでもなく直立し、全身で銀の槍を受け止めた。その勢いで背後に飛ばされたゼラは壁に大きな亀裂を作り、それでも止まることない攻撃に到頭壁の中へと追いやられてしまった。

銀の槍は全てが研がれた鋭利な刃。常人ならば今ので生きているはずもなく、戦いで言えば完全な決着の瞬間。


防がれることもなく完璧に直撃した。

その場面を視界に収めていたカイザは勝利を確信し、高笑いを上げた。


「ふ、ふふふ、はははははははははッ!これで邪魔者は消えたッ!」


悠然とゼラが飛ばされた壁へと近づくカイザは、既に戦闘モードを解除している。これ以上敵はいない。これで、安心して当初の目的を果たすことができる。

そんな安堵を含んだ声音で、二本の剣を持つクレハに手を伸ばし、気が付いた。


クレハとメルの傷が全て、完全に消えていることを。


「どういうことだ?まさか、瞳の中の不死鳥が目覚めて──」

「何を勝った気になってるんだ?」


ゴォッ!

地下牢に鳴り響いた音と熱気に、クレハが顔を覆い、カイザがその方向に視線を向けた。


「はぁッ!?まだ生き……て──」


言葉尻が小さく弱弱しくなっていく。

それはまるで、見てはならないものを見てしまった子供のように、力も覇気もない声だった。

カイザはガタガタと全身の震えが止まらず、数歩後ずさり、呼吸が荒くなっていく。命じるだけで自由に操れるはずの銀が、今は自由に動かない。

自身の力が低下しているのか、あるいは──。


「紫色の炎、七色の、翼……」


ドロドロと液化した銀を踏みしめながら、壁から姿を現したゼラに、畏怖を抱く。

ゼラの姿は、先ほどまでの人間の姿ではなくなっていたから。

常に纏っている講師服の表面には紫色の炎が這い、背には七色の大きな翼、そして脚部は、鋭い、鳥の三前趾足さんぜんしそく

答えを聞かずともわかる。

その獣は、カイザが手中に収め、主に献上しようとしていた獣そのもの──。


不死鳥フェニックスッ!!馬鹿な、その霊獣は、その小娘の瞳に宿っているはず──」

「馬鹿はお前だ。何を根拠にクレハの瞳にいると思っていたんだ?俺は最初から、彼女に宿ってなどいない」

「勘違いだったっていうのか?じゃあ、そいつの瞳にいるのは──」

「俺にもわからないが、全く別の霊獣だろうな」


ゼラにもクレハに宿っている獣が何なのかはわからない。

だが今、これだけはわかった。カイザたちが属する組織の狙いは不死鳥。

そして、その力を見せた今、標的はクレハからゼラへと変わった。


「……寄越せ」

「あ?」

「その力を、寄越せッ!!」


狂乱したように銀を再び仕向けて来るが、既にそんなものに意味はない。

それらはゼラの体表を這う紫の炎に阻まれ、形を留めることなく融解し、ゼラにダメージは与えられない。例え超高温の金属だとしても、熱そのものと化している不死鳥の身体には意味はないのだ。

どれだけ銀を向けようとも、一切傷つかないゼラに心を折ったのか、カイザはみっともなく勧誘を始めた。


「お前……ゼラとか言ったか?うちに入って、我が主に仕えないか?その力を持っているなら、我が主も好待遇で重宝してくれるぜ?なんなら、No.2にもしてもらえるかも──」

「黙れ」


バサっと翼を羽ばたかせ飛んだゼラは、金属にも勝る硬度を誇る脚を振り上げ──。


「この鍵爪は──鋼の如し」


──カイザを蹴り飛ばした。

銀の身体に亀裂が入り、砕けたカイザは苦しみ悶え、声も出ない様子。

同情の余地もない彼に、ゼラは冷たく言い放った。


「俺の生徒を傷つけた時点で、お前たちは俺の敵だ。誰が下になどつくものか。考えてから物を言え」

「グッ──……ならッ!」

「それに」


カイザの台詞を遮り、ゼラは間近で感じるに肩を竦めた。



「俺の主は──もう既に一人と決まっているんでね」



突然ゼラの頭上の地面に亀裂が入り、崩壊した天井から、深紅の直剣を手にした一人の少女が落下してきた。

雪よりも白く長い白髪はくはつを靡かせ、紫水晶アメジストの瞳が美しい光る。年相応の均整の取れたプロポーションを誇る美少女は、ゼラを発見するや否や、とても嬉しそうに頬を染めて満面の笑みを浮かべる。

彼女から感じられる感情は──言葉では表せないほどの、歓喜だった。


「ゼラッ!」

「来ているのは気づいていたよ、フレラ」


名を呼んだ少女は着地と同時にゼラに抱き着き、彼の頬にキスをした。

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