第27話 不死鳥の主

「な、な──!」


フレラがゼラにキスをする場面を見ていたクレハは、あまりにも自然な流れだったために一瞬呆然とした後、初心な乙女のように顔を赤く染めて頬を押さえた。

やはりまだまだ子どもだ。頬の接吻一つで動揺するとは。

だが、その反応を可愛らしく思ったゼラは微笑ましい気持ちになった後、自身のに問いかけた。


「来ているのは感じ取っていたけど、あえて聞く。なんでここに来た?」

「なんでって、メインヒロインは最後に登場するものでしょ?」

「何を当たり前のことを言うように言ってるんだ君は……」


呆れてため息を吐いたゼラだったが、まぁいいやと頭を振る。

家屋の中で感じ取った霊力とは、彼女のものだった。近いとはいえ、それなりに遠い距離でも感じ取ることができる程の霊力とは彼女しかいない。カイザのような全く別種の眷属獣の霊力は、小さすぎて感じ取ることが難しいのだ。

つまり、ゼラにとって、それだけ奴は小物ということだ。


「それより、主よ。どう思う?」

「どうって?」

「あの眷属獣使いは、俺を組織の№2に添えようとしているらしい。勿論それは、君から俺を奪うということを前提として」

「許さないよ」


瞳のアイライトがなくなり、フレラはグッとゼラの首元に回した腕に力を込める。


「貴方はこれから先も、ずっと私のものなんだから。何があっても、誰であっても絶対に渡さないよ……」


独占欲の塊のような台詞を吐いたフレラは、そのまま顔をゼラの胸元に埋める。

彼女の台詞にはぁ、と一度息を吐いたゼラは、滑らかな触り心地の白髪を撫で、耳元で言った。


「だから、恥ずかしくなるならそういう台詞は言わなくていいって」

「は、恥ずかしがってないもんッ!」

「嘘つけ。言葉の途中から顔赤くしてたくせに」


ヤンデレになりきれないヤンデレ、と表現するのが正しいのか。フレラの癖──突発的に独占的な言葉を発してしまうけれど、後から自分の発言を後悔する。が炸裂してしまったらしい。

敵を前にして、この和やかな空気を造りだすあたり、余裕を感じさせると表現することもできるのだが。


「さ、そろそろ敵のことを思い出さないとな」

「あ、そうだね。あの小さい霊力反応の小物さんが敵だよね?」


ナチュラルに毒を吐くフレラに思わず苦笑すると、案の定カイザは顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。


「だ、誰が小物だッ!……そもそも、なんでお前はその女に仕えてるんだ?」

「なんでって?」

「当然の疑問だろぉ。霊獣の中でも最高位とされている不死鳥と契約しているなら、誰かに仕える必要なんてないだろう」

「最高位ってことをわかってるのに、下につけって言ったのか?自分で言ってること矛盾してるぞ?」

「答えろッ!」


揚げ足を取るゼラに痺れを切らしたのか、壁を殴りつけて苛立ちを発散させるカイザ。

別に答える義務はない。どのみち、ゼラの力を知られた以上、殺さなくてはならないのだ。教えたところで何になるわけでもない。

だが、何というか、ゼラも改めて考えてみると、どうして自分がフレラに付き従っているのかわからない。

確かに出会いもかなり特殊で、共に修羅を潜ってもきた。一緒にいる理由なら、考えれば幾らでも思いつきそうなものではあるが……そう、敢えて言うなら。


「惚れたから、かな」

「は?」


予想外にシンプルな答えに、カイザは唖然と口を開く。


「彼女の王としての器量に、その生き様に、俺は心を打たれたんだよ。相応しいと思ったから、。この子との出会いは、俺にとって運命ともいえる」

「へぇー」

「……」


ニヤニヤしながらジッと見つめてくるフレラに、段々と顔が赤く染まっていくゼラ。教え子も見ているというのに、みっともない姿を晒すわけにはいかないと思いつつも、襲い来る羞恥心には抗いきれない。


「フレラ、見るのやめてくれ」

「嫌だよ。だって、ゼラがそんなこと言ってくれたの、随分久しぶりなんだもん」

「恥ずかしいから言わないってことをわかってほしい。それと、今は敵の前だ。気を抜きすぎないように」

「はいはい。じゃあ、さっさとしちゃおっか」

「あぁ。と、その前に──クレハ」


離れた牢の中で成り行きを見守っていたクレハに視線を向けた。


「これから見せるものは、君が思っていたことと少し違うことだ。驚くなとは言わないが、誰にも言わないでくれ。下手をすれば、俺は君と同じように狙われることになる。いいな?」

「は、はい……」


頷いたクレハによしと返すと同時に、ゼラの身体が勢いよく燃え上がり、ドクン、と大きく脈動した。

まるで何か、全く新しい生物が誕生するかのように。

紫の炎が周囲に燃え広がる中、一部の炎がゼラの元へと集まり、眩い光を発した。


「な、なにが──ッ!?」


あまりの光源に目元を覆ったクレハだったが、光が止み目を開き、思わず口を覆ってしまった。

視界の端では、カイザが後ずさり尻餅をついている様子が。


『カイザ、お前は一つ勘違いをしている』


得意げに笑みを浮かべるフレラの隣には、一羽の巨大な鳥がいた。


体表を覆う羽毛も、翼も、羽の一枚一枚全てが七色に光り、伸びる五本の尾はしなやかに揺らめいている。鋭利な爪に、眼光鋭い瞳。

見詰められているだけで思わず膝をついてしまうような、神々しさ。

先ほどカイザはゼラを不死鳥と契約した者だと結論付けたが、それは少し間違っている。

正しくは、ゼラは不死鳥と契約を交わした存在ではなく──。


『鳥の王──不死鳥とは、そのもの。蛇の王より生まれし眷属が私を欲するなど、不遜であるぞ』


獣としての、格の違い。

放たれる圧力はもはや立ち上がる気力すらへし折り、それでいて、いつまでも見つめていたくなるほど美しい姿に視線を引き寄せられる。

この姿こそが、その焔こそが、世界中の誰もが欲する力そのもの。


「お前が……不死鳥そのもの、だと?」


腰を抜かしたまま唖然と呟いたカイザは、銀の身体を震わせる。

放出される霊力の波動に震え、眷属として本能的に勝てないと理解してしまったのだろう。

いや、本能ではない。

彼の心の弱さが、ゼラの真の姿を前に自身を砕き切ってしまったのだ。


『フレラ。行くぞ』

「うん」


バサっと巨大な両翼でフレラの身体を包み込む。

すると、不死鳥の身体が一つの巨大な炎となってフレラを呑みこむ。

次いで周囲に浮かぶ、歪な形状を模る不可思議な魔法文字。


「あれって……」


クレハはその文字に、何処か見覚えがあった。

あれは以前、ゼラが授業の最中に片手間に話した、未解読の超古代魔法文字──ロワ・べリウル。

未解読故に、魔法式に組み込むことができないその文字は、人が到達できない領域の力に作用する特別な文字なのだ。

即ち──霊獣が操る、人知を超えた能力を発揮する特別なもの。


「【全ての焔は我に従え・汝は鳥の王に仕えし従僕である】」


フレラが言霊を呟いた瞬間、彼女を覆っていた炎が晴れ、先ほどとは違う衣装、姿に身を包んだフレラが現れた。

白雪のような白髪は毛先に行くにつれて薄紫に変貌し、纏う衣装は丈の長いスカートに、袖が広く何枚もの生地が折り重なった特殊な民族衣装。

背中に携えた一対の七色の翼、硬質な鳥類の脚に変貌した身体。背後の空間に浮かぶ八つの火球と右肩に乗る一羽の虹鳥。


その圧倒的存在感。

獣を従えし王に相応しい厳格な姿だった。


『久しぶりだな。この姿になるのも』

「うん。でも、この感覚は身体が憶えてる」

『忘れてもらっては困る。いや、身体に刻み込まれた獣の本能が、忘れることを許さないがな』


小さな虹鳥がフレラに顔を向けると、微かに嘴を動かす。

身体の霊力の大部分をフレラと一体化させているため、今のゼラはこの小さな不死鳥の姿になっているのだ。


『さて、フレラ。やることはわかっているな?』

「勿論。あの男を倒せばいいんだよね?」

『そうだ。できるか?この姿を見られた以上、殺さなければならないが──」

「馬鹿にしないで」


ゼラの小さな頭を指先で撫で付けるフレラ。


「私の手から貴方を奪おうとする敵には、容赦なんて絶対にしない。貴方は私の希望そのものなの。私にはもう、貴方しか残っていないんだから」

『……そうだったな』


随分と前から、彼女の覚悟は決まっていた。

彼女と出会ったとき、誓われた言葉を思い出し、ゼラは「すまない」と無駄な質問をしてしまったことを謝罪した。


『では、行こうか』

「うん。鳳凰星アンカア


紫の炎がフレラの手に収束していき、それはやがて、一本の剣を模った。

赤紫の光沢を放つ刀身に描かれた鳥の紋章が特徴的なその剣の周囲は、高熱により空気が屈折、小さな蜃気楼を生み出している。


「う、うおおぉぉぉぉぉぉぉああああああッ!!」


殺される。

鳳凰星から発せられる凄まじい熱気と霊力の奔流に当てられたカイザは気が動転したのか、狂ったようにありったけの霊力を絞り出し、フレラに向けて四方八方から銀の槍──いや、もはや槍と呼ぶには杜撰すぎる、ただの鋭利な銀の棒を射出。逃げ場などないように、確実に串刺しにするように。


しかし、どれだけ手数を増やそうとも、逃げ場をなくそうと、カイザの攻撃は所詮全て銀に変わりはない

フレラが冷静に鳳凰星を横なぎに振るうだけで、大量の銀は融解どころか、一瞬で燃やし尽くされ、消え去った。


「冷静さを欠いた眷属獣なんて、雑兵と同程度だね。力に驕った愚か者」


鳳凰星の切っ先を地面に触れさせ、融解した地面ごと上段に一気に振り上げた。


不死鳥王政フェニクルギアレボーロ──斬炎ベリアム!」


炎の斬撃が燃え上がり、地面をドロドロに溶かしながらカイザへと突き進む。

咄嗟に防御の姿勢を取り、銀をぶつけようと両手を翳すカイザ。だが、先ほどの攻撃で内包霊力は空に等しい。


「こんな、はずじゃ──」

『眷属を従えるには、器が足りなかったな』


カイザの身体に立て一文字に炎熱の斬撃が走り、覆っていた銀ごと身体は真っ二つに切り裂かれた。それだけではなく、切断面からは紫の炎が燃え広がり、それは先ほどクレハたちを治した癒しの炎ではなく、対象を燃やし尽くす業火となってカイザの身体を焼き滅ぼした。

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