第28話 秘密の共有

炎が燻る焼け跡を前に、クレハは恐る恐る牢の中から出てきた。

地下牢の中には銀の焼けこげた独特の匂いが立ち込め、紫色の炎が燃えている景色はまるでこの世のものとは思えない。


「う──」


今までの緊張感が切れたのか、ふらついたクレハは銀の柵に手をつく。

突然誘拐され、命の危機にまで晒されたのだ。その心配はなくなり、安心したために疲労感が一気に襲ってきたのだろう。

と。


「大丈夫?」


クレハの肩にそっと手を置いたのは、フレラだった。

彼女は先ほどまでの不死鳥と同化した姿ではなく、本来の白髪を靡かせた姿へと戻っていた。

彼女は心配そうな顔でクレハの瞳を覗き込む。


「怖かったね。でも、もう大丈夫だから」

「……」


心の底から安心するような声音。

眼前のこの女性は何処か、人の心に入り込んでくるような綺麗な声をしていた。

同性のはずなのに、何処か引き込まれる魅力があった。


「俺が治癒したのは君らにつけられた身体の傷だけ。精神的な疲労は、すぐには治せない。治せないことはないが──」

「絶対ダメだからね?」


怖い程いい笑顔でゼラに向けて笑いかけたフレラ。

それに引き攣った笑みを浮かべ、ゼラは一度頷いた。クレハはどうしてそんな反応をするのか、また疲労まで回復させることができるのか、などと思うことはたくさんあるが、一先ず二人の反応を見るに、あまり人にやってはならないことなのだと察する。


「あー、すまんクレハ。一応主からの勅命なんで、疲労は時間をかけて、回復してくれ。寝てればすぐに治ると思うから」

「それは構わないんですけど……何か後遺症が残ったりするんですか?」

「そういうわけじゃないんだけど……なんていうか、倫理観に反するとだけ」

「倫理観?」

「うん。まぁ、できないとだけ思ってくれればいい。それより」


少々強引な話題転換をし、ゼラは意識を失ったままのメルを牢の中から横抱きに抱き抱え、外へと連れ出す。


「メルーナが何をされたか、聞いているか?」


中々に激しい戦闘だったのだが、彼女は一度も目を覚ましていないのだ。

相当深い眠りに陥る魔法をかけられているのか、はたまた意識を長時間失う薬を飲まされたのか。何にせよ、呼吸はしているし、治癒の炎で癒したので命に別状はないはずだが、心配は心配なのだ。

クレハはカイザが話していたことを思い出し、話す。


「捕まった時にかなり暴れたそうで、気絶させられたそうです。どうやってかは、わからないですけど……」

「そうか。頭から血を流していたし、殴られたのかもしれないな。ったく、幼気な女の子に酷いことしやがる」


舌打ちし、ゼラはカイザが燃え尽きた場所を振り返った。

そこかしこに融解した銀が溶けているが、あの男の姿はもうない。フレラとゼラが燃やし尽くしてしまったため、骨一つ残らなかったのだ。

特に感慨も覚えることなく、クレハはゼラに問うた。


「あの、先生は一体、何者なんですか?」

「何者、か」


それは当然の疑問。

今しがた見せられた力は、姿は、およそただの人間の者ではない。

いや、今までもずっと規格外のことを見せつけられてきたのだ。

剣で魔法を簡単に斬る、今まで講師たちが投げ出してきたクラスをぐんぐんと成長させる、そして、不死鳥として、フレラと契約していること。


勿論誰かに言いふらすなんてことはしないが、それでも気にはなるのだ。

少し考え、ゼラは話す。


「魔法講師、だなんて答えは許してくれないだろうし、ところどころは端折るが……まずは、一番知りたいことからだな」


ゼラは自身の右足を鳥の脚に変化させ、見せた。


「俺は不死鳥フェニックスそのもの。人の姿が本来の姿なのか、はたまた逆なのかはわからないが、とにかく今は人間社会に溶け込んでいるよ」

「じゃあ、不死鳥が気まぐれに出現する理由は──」

「俺が人間の姿を取っていれば、不死鳥は世界から姿を消す。そういうわけだ」


謎の多い不死鳥最大の謎があっさりと解かれたわけである。


「で、数年前に私と契約して、今はほとんど人間の姿で暮らしているっていうこと」

「どうやって出会って……」

「……街でね」


ポッと頬を染めたフレラは、その時のことを思い出したのか、デレデレとだらしない笑みを浮かべた。


「あの時のゼラ、凄くかっこよかったなぁ。処刑台を派手に壊して、私を連れ去って……まるで王子様みたいだった」

「その話は別にしなくていいだろう?昔の話だ」

「三年前、でしょ?そんなに昔のことでもないよ」

「もう三年だ。今はそんなことより、大事な話をするときだろう?」


ゼラは脚を人間のものに戻し、メルをお姫様抱っこしたままの状態で話し始めた。


「クレハは、自分の瞳に宿っている存在について、どこまで知っているんだ?」


言われ、右目をそっと押さえる。

クレハ自身は、全く知らないのだ。一体どんな獣が宿っているのか、どうして宿っているのか、どんな力があるのか。そのどれも、クレハは何も知らない状態で生きてきた。

唯一知っていることといえば、時折、何か不思議なものが見えていたことくらい。

実技の授業中、ゼラに見えたものが典型的な例である。

そのことを話すと、ゼラは逡巡し、話はじめた。


「君の瞳に霊獣が宿っていることについては、学園長から聞かされて知っていた。だけど、一体どんな獣が宿っているのかは、俺にもわからない。わかるのは、その獣がかなり危険な力を持っていること。そして、これからも君は狙われるだろうということだ」


今回の襲撃はまだ、始まりに過ぎないということ。

今後も狙われ続け、自分の周囲の人間に被害が及ぶことに、身を震わせた。


「私がいるだけで……メルや、周りの人たちも危険な目にあう、ってことですよね?」

「そういうことでもある。だが、君がそれを気にする必要はない」

「気に、しますよ」


ぐっと握りこぶしを作り、クレハは涙をこぼした。


「だって……今回だって、私を助けるためにロンド君やベール君が殺されかけて、メルも危うく死んでしまうところでした……。私、今後もみんなをこんな目に合わせるかもしれないなんて、耐えられません!」


クレハは心の優しい子だ。

自分のせいで周囲が傷つくのなら、いっそ自分は消えてしまったほうがいいのではにないのかと思うほどに、思いやりのある子だ。

だからこそ、今回の件でも誰よりも心を痛めた。自分のせいで、自分がいなければ。自責の念がとてつもないほどに心にのしかかる。


「大丈夫、貴女は悪くないよ」


フレラがクレハの身体を優しく抱きしめ、頭を撫でつける。

それに同調するように、ゼラも頷いた。


「クレハを狙って周りを巻き込むような奴らは、俺が片付けてやる。学園長にもそう頼まれているし、何より、俺は君たちのような子供がそんな危険な目に遭っているのに放っておくことはできないからな」

「それに、私たちがいれば、大抵の敵は問題ないよ。霊王より強い存在なんて、同格の霊王しかいないし」

「それも常勝ってわけでもないからな。その日のコンディションや作戦の進み方、体調だって大きく関係する。ぶっちゃけ、それ以外の相手なんて本気を出すまでもない。もちろん、油断はできないが、眷属獣も含めてな」


なんとも頼もしい言葉。

クレハが涙を拭うと、ゼラはメルをフレラに託し、膝を折ってしゃがみこむ。そして、手を差し出した。


「クレハ、約束してくれ。俺たちの正体や、力のことは一切口外しないと。君がそれを守ってくれているうちは、俺も全力で君のことを守るし、瞳の霊獣のことも絶対に言わない。これは謂わば、秘密の共有であり、取引だ」

「取引……」


その単語に、クレハはふふっと笑った。


「取引にしては、随分と私に利点しかない取引ですね」

「当たり前だろ?子供に不利益な取引を持ち掛けるほどくずじゃないし、そもそも俺は、君らの先生なんだからな」


以前にも聞いた台詞。

悪意も裏も全くない、純粋に自身を守ってくれることを考えているゼラの差し出した手を握り返し、クレハは今一度目を合わせ、頷いた。


「その取引、応じさせていただきます。先生」

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