第29話 エピローグ

「任務は失敗した、か」


暗闇の空間の中に、何処か低音を震わせる声が響いた。

窓につけられた遮光カーテンは全て閉じられており、部屋の中は小綺麗に整頓されている。

声を発した男は手にしていた、とある少女の写った写真を握りつぶし、乱雑に床へ投げ捨てる。


「やはり、あの屑にヴィーヴルを授けたのが間違いだったか。如何に強力な眷属であろうと、扱う者が十全に振るえなければゴミも同然。こうして手元に戻って来てしまう」


手に浮かんだ竜の紋章をそっと撫で、部屋の中央にあった水晶玉に触れた。


「それにしても、如何に使う者が雑魚とは言え、眷属に打ち勝つ程の強さを持っているとは」


水晶玉の中に映し出されたのは、とある教室で教鞭をとる若い青年講師の姿。腰元に二振りの剣を携え、端正な顔に笑顔を浮かべて生徒たちに教える彼は、一見すれば何処にでもいそうな普通の魔法講師。

しかし、彼は監視の使い魔を瞬時に撃ち落とし、情報搾取を妨害した張本人。

穏やかそうな見た目とは裏腹に、相当危険な人物だ。


「私の欲する獣を手に入れるために、この男は必ず大きな障害になる。早いうちに、潰しておくに越したことはない」


物騒な言葉を一人呟いた男は、水晶に映っていた青年を殴りつけるように、その水晶を殴り砕いた。



あの事件から数日が経過した。

当事者たちに口外しないよう注意を促したことも幸いしてか、周囲に事件のことは知れ渡っていない。

事件があった廃村は元々人が寄り付かない場所であったし、路地裏で始末した殺し屋に関しては氷となって霧散してしまったし、気絶させたものに関しては記憶を改変し、今では街で立派に働いていることだろう。代償として、女性に恐怖を抱くよう体質を植え付けたが。


事件でついた大きな傷が完治していたロンドとベールは困惑していたのだけれど、その場に駆けつけたルーリアの上級治癒系魔法で治したと説明すると、そんな魔法を扱えるのかと彼女に尊敬の眼差しとお礼を言い、簡単に納得した。ロンドは若干疑っていたが、流石にAクラスの講師に何かを言うつもりはなかったようだ。


メルも一晩で意識を取り戻し、翌日から何事もなかったかのように、いつも通りの学園生活を送っていた。

事件があってから、メルとロンド、それにベールとクレハは実技授業に熱が入っているような気もするが、相変わらずゼラに魔法を斬られていることは言うまでもない。


そして、事件当日の夜、もう一悶着あった。


「な、なんで貴女がここにいるんですかッ!?」

「私がゼラの主だからだよ?ルーリアちゃん」

「ちゃん付けで呼ぶなぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


久方ぶりに再会したルーリアとフレラが、仲が良いのか悪いのかわからない、言ってしまえばいつも通りのやりとりをしていたのだ。

ゼラの見立てでは仲が悪いというほどではないのだが、お互いに何か譲れないものがあるらしく、一緒にいるところはあまり見たことがない。

ルーリアが迎えに連れてきた馬に乗る時も、どちらがゼラの後ろに乗るかでかなり揉めていた。結局ゼラの主ということでフレラが乗り、悔し涙をルーリアは流していたが。


そんな姦しい数日が経過した今日、ゼラは学園長室にてザバスと面会をしていた。


「赴任してきて一ヵ月だというのに、随分と荒事に巻き込まれてしまったようだね」

「そんな星の元に生まれたことは自覚しているし、今更気にしません。そんなことより、今後のことですが──」

「この学園に敵が送り込まれてくる可能性、だろう?」


ゼラは肯定する。

敵が一度きりの襲撃で諦めるような輩だとはとても思えない。

恐らく、今後何度でもクレハの獣を狙って襲撃してくる可能性が十分に考えられる。

となれば、今後の対策なども考えておく必要があるのだ。


「しかし、眷属獣使いが来るとは……クレハ君の瞳に住む霊獣とは、それほどのものか」

「未知の霊王が来る、なんてことになっていないだけましだと思いますがね。眷属獣であれば、俺が勝てない道理はない」

「霊王である君が守護してくれるとは、何とも頼もしいことではあるが……可能な限り、学園や生徒たちに被害が出ないようにしてほしい」

「極力そのようにします。が、止むを得ない場合も考慮してください。特に、生徒を護るために学園の校舎を犠牲に、なんてことはあるかもしれません」

「校舎で済むのなら安いものだ。建物や財より、まずは生徒の命を第一に考えねば」


ところで、とザバスは唐突に話題を変えた。


「一ヵ月が経過したわけだが、考えは変わったかね?」

「考え?」

「あぁ。一ヵ月様子見と言っていたではないか」

「そのことですか。まぁ、そうですね……」


学園に来た当初、一ヵ月で見込みがなければ講師を辞めると言ったのだ。

当然、その時のクラスの事情を聞いて言った言葉ではあるし、それは嘘ではなかった。

しかし、一ヵ月が経過した今、見込みがないなんて微塵も思わない。

机に置かれた一枚の紙を手に取り、ゼラは口元を緩めた。


「平均七十一点。学年全体での平均点は、四位……一ヵ月で、よくここまで成長したものだと思います。ここまでしておいて今更辞めるなんて、できません」


期待通りの結果を齎してくれた生徒たちは、後で褒めてやらねばならない。

自分のことのように喜ぶゼラを見てか、ザバスが嬉しそうに何度も頷いていた。


「あの子たちも、ようやく報われた」

「当初は貴方のこともかなり悪く言っていましたよ?魔力のない講師を送り込むなんて、馬鹿にしているのか、とか」

「そう言われても仕方ない。寧ろ、何の成果もあげることのできない私は、責められて当然なのだ」

「……相変わらずの低姿勢、尊敬しますよ」


そう言い、ゼラは立ち上がって扉の方へと向かう。


「もう行くのかね?」

「えぇ。もうすぐ授業が始まりますから」

「そうか……ゼラ君」


退室直前、名を呼ばれたゼラは扉を開けたまま振り返る。


「生徒たちを、よろしく頼むよ」

「……お任せを」


当たり前だという様に返し、ゼラはそのまま扉を閉め、クラスへと歩いていく。

既に一ヵ月受け持ち、信頼関係もそれなりに築いてきたつもりだ。

見捨てないし、彼らの夢を諦めさせない。

今回のテストはかなり上出来の結果ではあったが、所詮はペーパーでのこと。

魔法士の本来の力は魔法を実際に使ってこそ。

そのために、これからは紙面だけでなく実技にも力を入れていくつもりだ。


落ち零れだなんて、掃き溜めだなんて呼ばせない。


努力している彼らを、そんな馬鹿にするようなことは言わせない。

全員が満足の行く、納得のできるように卒業までサポートするのがゼラの役目。


1-Fクラスの扉を開けて入ると、全員が一斉にゼラの方へと顔を向ける。

やる気の溢れた、意欲的ないい姿勢。

彼ら一人一人の顔を見回し、ゼラは満足そうな表情で教卓の上に教本を置いた。


「さぁ、授業を始めようか!」


■ ■ ■ ■


一部は完結になります。

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新人魔法講師は獣の王 安居院晃 @artkou

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