第14話 生徒たちのために
そして翌日。
「せ、先生と模擬戦ッ!?」
第三実技棟精錬の間に、メルの声が響き渡った。
二日連続の魔法実技の授業となった一限目。ゼラは生徒たちに対してこう言い放ったのだ。”今日の授業は、多対一で俺と模擬戦をしてもらう”と。
それに対する反応が、今のメルの叫びというわけである。
驚愕に顔を染める生徒たちを見回したゼラは、大きく一度頷く。
「今日一日だけだから安心しろ。次からはちゃんと基礎を固める授業をしていくから」
「な、なんで今日は先生と模擬戦なんて……」
「自信がないのはわかるが、安心しろ。別に怪我させるわけじゃない。目的は──強引ではあるが、治療だな」
すらっと銀の刀身を持つ月天子を抜刀し、一度大きく振るう。
いや治療というか怪我させる気満々じゃないですか、と身を竦めた生徒たちに、その鋭利な切っ先を向ける。
「昨日のメルーナの暴走もそうだが、君ら全員に言えることとして、心身に少し異常を持つ者が多い。だから、荒治療ではあるが、今日ここで治す一歩を踏み出させようと思う」
「荒治療って……それがどうして戦いに繋がるんですか?」
おずおずと手を上げたベール。
確かに、治療と聞いて戦いをイメージする者は少ない……いや、皆無だろう。戦いとは一般的に怪我をするもの。治療とは真逆の行為だ。
しかし、それは身体的な負傷によるもの。
魔法士としての機能に関しては、全く見解が異なる。
「君らはまだ知らないだろうが、体内を流れる魔法の糧でもある魔力。それが通る道である魔力路は、魔法を使うことにより鍛え上げられ、修復していくんだ。原理は筋肉痛と同じ感じで。壊れたものは、修復されれば、より強固で頑丈なものになる。そしてそれは、戦いの緊張感──つまり、研ぎ澄まされた精神によって、修復具合が変わる」
魔法と精神は密接な関係にある。
それは、魔法に必要な魔力路も例外ではない。
戦いの中で研ぎ澄まされた精神と、高い集中力とが掛け合わされることで、壊れた魔力路の修復は早くなり、また強固になる。
「昨日みた感じだと、自覚がない奴も結構いたな。仕方ないことだけど。魔力路が壊れていることは、自覚できないことも多くある。痛みなんか、感じないからな。けど、今魔力を多く使わないと魔法が発動できないって悩んでいる奴は、大体がそれだ」
「あの、先生」
クレハがゼラに呼びかける。
「なんだ、クレハ」
「魔力路が壊れる原因は、何なんですか?」
確かに、気になる者も多くいるはず。魔力路は早々壊れるものではないし、そんな原因は身に覚えがないのが普通。
そう、原因となる行動も、自覚もないのが普通なのだ。
「成長期だ」
「せ、成長期、ですか?」
「あぁ。魔力路は丁度君らと同じくらいの年代になると、体内を循環させる量を増やすために、一度壊れるんだ。骨と一緒で、一度破壊し、再生することで、謂わば進化する仕組みになっている」
彼らの大半の魔力路が壊れているのはこれが原因だ。
つまり、成長期故の症状、ということ。
「再生のスピードってのは、人それぞれ個人差がある。君らは遅い──まだ修復している途中なんだ。さっきも言った通り、魔力路っていうのは魔法を使うことで壊れ、再生が促進される。君らは今まで差別され、講師に恵まれず魔法を使う機会がほとんどなかっただろ。主な原因はそれ。本来鍛え上げられるはずの壊れた魔力路がそのままってこと。今までの分を取り返すために、今日は模擬戦をするんだ」
「一日だけで、大丈夫なのでしょうか?」
「あぁ。一度高い集中力の中で魔力路を修復させれば、それはしばらく持続する。これからは毎週三日は実技を行うから、数ヵ月もすれば他のクラスの連中と同じくらいにはなるはずだ」
戦う理由を説明したゼラは、なるほどと頷く生徒たちに向けて笑った。
それは、ゼラにとってはいい笑顔で、生徒たちからすれば、地獄へと誘い込む悪魔の笑みだった。
「ルールは簡単、三人ずつ俺と戦って、俺に触られたらアウト。それを防ぐために、君らは俺に向けてどんな魔法を使ってもいい。精神干渉系だろうが、
やたらと好戦的なゼラは、剣先を生徒たちに向ける。
「さ、誰から行く?」
生徒たちは尻込みするのみ。
全員、ゼラのただ者ならぬ実力をその眼で見ているため、余計に彼と戦っても勝てるイメージがわかないのだ。魔法を斬るという常識外れの技は、それだけのインパクトを残している。
互いに先に行けと視線の合戦をし始めた中、三人が前へ躍り出た。
「成績上位三名が初戦か」
ゼラの前に姿を見せたのは、メル、クレハ、そしてロンドという組み合わせだった。メルとロンドはやる気と闘志に満ち溢れた表情をしており、クレハは控えめながらも決意に満ちた顔を作っていた。
「強くなれるなら、やるにこしたことはないわ」
「えぇ。初日は簡単に魔法を斬られてしまいましたから、今度はそういうわけにはいきません」
「メルーナはともかく、ロンドは完全に復讐する気満々じゃねぇか。まぁ、いいけど。やれるもんならやってみな」
好戦的なのは、ゼラだけではなかったらしく、ロンドは口角を吊り上げていた。
どうやら、先日あっさりと魔法を防がれたことを根に持っていたらしい。何事にも興味がないドライな性格かと思ったが、案外熱いところもあるようだ。
「クレハは、メルーナの付き添いか?」
「それもありますけど、単純に、私ももっと魔法が扱えるようになりたいので」
メルとクレハは自身の向上のために。
ロンドはある種の復讐のために。
各々の掲げる目標、目的、大いに結構だ。その目標達成に向かって突き進む姿勢が、心を、身体を、そして魔法力を強くする。
やる気十分な三人に目つきを鋭く、獰猛に笑みを浮かべたゼラは、背後に控える残りの生徒たちに声を掛けた。
「残りの奴らは、端まで離れてろよ。じゃないと──巻き添え喰らうからな?」
ゼラを囲う様に移動した三人は、彼から発せられる威圧感に一気に緊張を走らせた。嫌な汗が額に滲んでいるのが見てわかる。
その様子を見たゼラは笑みを崩さないまま、全身の力を一気に脱力させ、月天子の剣先を床につけた。
「何を──」
ロンドが訝し気に眉を顰め、ゼラが彼を見やって言った。
「模擬戦はもう始まってるぞ?いいのか、攻撃しなくて。何もしないなら、評価点はゼロにするぞ?」
「始まってって……先生の方こそ、戦う気あるんですか?そんな体勢で、とても三人を同時に相手どろうとしてるとは思えません」
「あるに決まってるだろ?剣を振るう姿勢っていうのは、人それぞれ適した形があるんだ。会話はほどほどにして、君らの弱っちい現状で放てる最大の魔法を撃って来い」
くいっと指先を曲げるゼラ。
この挑発に、ロンドは完全に頭にきたと、両手を前に突き出し、魔法発動の詠唱を開始した。
「《英明なる風の化身よ・鋭き刃を穿ち斬り裂け》」
以前にも使用した風刃。
詠唱の句は同じでも、その精度は以前とは段違いだ。
発動された刃は大きく、より鋭くなり、速度は数段も上。
ゼラは射出されたそれを目にし、思わず感嘆の声をあげそうになった。おそらく、あの後一人でに鍛錬を重ねたのだろう。魔法式の改良や、込める魔力もかなり調節されている。あの時ゼラがさりげなく言ったアドバイスを、しっかりと反映させている証拠だ。
「(やっぱり、いい生徒たちが集まってるよ、このクラス)」
ゼラが馬鹿にされていることを気にして、規則違反を犯してまで魔法を習得しようと努力するメルとクレハ。
突き放すような態度をとりつつも、しっかり話を聞きそれを取り入れるロンド。
彼らだけではなく、このクラスの生徒たちは皆、各々で努力を積み重ねている良い子らばかりなのだ。
掃き溜めクラスだなんて、もう呼ばせたくない。彼らの努力が少しでも報われるように、講師としてサポートしてあげることが、ゼラの役目。
この期に及んで自分のことだけを考え、彼らを導くことを躊躇うなど──。
「──講師として、認められないな」
呟き、迫りくる風刃を睨みつつ、ゼラは月天子を振りぬいた。
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