第15話 講師の特別授業

甲高い金属音のような音が響き渡り、周囲に強風が吹き荒れる。

天井から吊るされたランプがカタカタと揺れ、生徒たちは腕で顔を覆ってそれをやり過ごす。


「……ダメね」


メルは吹き荒れる強風の中、視界の中に佇む人影を確認した。

全く動じることもなく、剣を下方に向けて下ろしている姿からは、余裕さえ感じられた。


「練度を上げたな、ロンド。二週間足らずで凄い成長の仕方だぞ!」


お世辞でもなんでもなく、嬉しそうに笑顔を作りながらそんなことを言うゼラ。言っては何だが、そこまで言うなら掠り傷の一つでも負ってあげたらどうだと思わずにはいられなかった。

無傷どころか、剣の一振りでロンド渾身の風刃を打ち消してしまっては、全く成長も実感できない。現に、魔法を放ったロンドは今にも頽れてしまいそうな程、悔しそうに歯噛みしていた。


「く、クソ……」

「だけど、まだ俺を吹き飛ばすほどじゃないな。この調子で、鍛錬を重ねること、だッ!」

「──ッ!!」


凄まじい瞬発力で駆け出したゼラは、数秒もかからないうちにロンドへと肉薄し、その鳩尾に掌底を叩き込んだ。


「──ハッ」

「一回目」


勢い余って後方に飛ばされたロンドは呼吸がうまくいかないようで、何度も苦しみ喘ぎながら胸を上下させている。

しかし、外傷はどこも見受けられない。ダメージまで完璧にコントロールされているようだ。


「しばらく動けないだろ。そこで休んでな」


ロンドに背を向けたゼラは、今度はメルとクレハの方へと足を向けた。

思わず一歩引いてしまうメルだったが、口元をぎゅっと食いしばり動きを止めた。

関心気味に、ゼラは言う。


「怖気づいたかと思ったが、堪えたな」

「まだ、何もやってませんからね」


肩で息をしながら、緊張と不安で頭がいっぱいになる。

相手は魔法が使えないとはいえ、明らかに自分たちでは太刀打ちできない圧倒的な強者。

そんな彼を前にして、逃げずにいるだけで褒めて称えるべきだろう。

と、いつの間にか隣にいたクレハが耳打ちする。


「メル、一人では駄目です。単独で挑んでも、ロンド君のように吹き飛ばされるだけです」

「う、うん……」


クレハの言うとおり、一人ずつ向かったところで返り討ちに合うだけだろう。もっと考えて、頭を使った利口的な作戦を立てなければ……。


悩むメルに、ゼラは指先を曲げて挑発。

来てみろという意思表示にほかならない。

頭にくることこの上ないが、バカ正直に向かったところで結果は同じ。


「《水を奉る精よ・彼の者に聖なる水矢を齎し給え》」


不意にクレハが詠唱し、周囲に数十に出現した水の矢をゼラに向かって放った。


「ほぉ、初級魔法なれど、持ち前の魔力で手数を増やしたか。詠唱句も独自に改良してるな」


ゼラは簡単な分析を終え、迫る水の矢を躱し、剣先で軌道変える。数十あった水の矢は一つたりともゼラに当たることなく、背後で魔力の粒子となって消えた。

もはや、一講師の動きではない。曲芸師に近いものだ。


「な、なんですか今の動き……。」

「今の魔法士らしい動きじゃ無いから、真似するなよ?体壊すから」

「やりませんよ……え?」


クレハは一度目を擦り、パチパチと開いては閉じを繰り返す。

今のゼラの動きは、水の通る軌道を読み切っていたようだった。未来予知の能力がある、と言われても信じてしまいそうな程。

しかし、クレハはその動きが終わった後に驚いているようだった。ただ話しているだけのゼラは、何ともないというのに。


「クレハ?」

「先生……やっぱり──」


メルの声が聞こえていないのか、クレハはうわ言のように何かをブツブツと呟く。

何事か。

そう思ってクレハの顔を覗き込んだとき──声が聞こえた。

いや、聞こえたというのは少し違う。まるで、魂そのものに語りかけられているかのように、どこか心地の良い声音が、頭に直接響いた。


【大丈夫。君なら、過去を乗り越えられる】


どこかで聴いたような聞き馴染む声でありながら、聞いたことのない真新しい声にも聞こえる。

一体誰の声なのか。どこから聞こえているのか。どうして自分に聞こえるのか。

様々な疑問が浮かんできたが、確固たる確信が一つ。


この声を聞いている内に、何故か全身の活力が漲ってくる。身体の奥底にある魔力が、全身の魔力路に巡り巡っているよう。


「(今なら──できる!)」


その確信とともに、メルはクレハの前に立ち、詠唱を紡ぐ。


「《深炎なる炎の祖よ・燃え盛る煉獄の蛇に・罪科を焼き尽くせ》」


先日失敗してしまった、人ほどのサイズの炎蛇を生み出す魔法──炎系統中級魔法煉獄蛇鬼れんごくじゃき

塩すらも溶かす高温の炎は、命中すれば確実に命を奪い取る。

暴走の危険性も考え、先日よりも魔力を減らしたので少々小振りだが、その威力は折り紙付き。しかも、それが三体だ。


「(あぁ、炎魔法が成功したのって……何年ぶりなんだろう)」


無論、今だって過去のトラウマを克服できたわけじゃない。目の前の炎蛇を見るだけで足が震えるし、呼吸が荒くなる。

けど、身体に漲る活力のおかげで、耐えることができる!


「いけ!」


三体の炎蛇はゼラに向かって口腔を開き、地面を這い進んで迫っていく。

三方向同時からの攻撃。

少し──いや、個人に使うにはかなりやりすぎだとは思うけれど、ゼラならきっと少しの怪我で済ませるはず。

。つまり、かすり傷はつけられるはず!


「(これなら──ッ!?)」


いける。と思った瞬間、目を見開いた。

三体の炎蛇に囲まれたゼラは、片手の剣を逆手に持ちかえ、片足を軸に一回転。


その時──極僅かではあるが、紫色の炎が、剣の刀身を這っていたように見えた。


しかし、その真相を確認する前に、炎蛇は同時に切り伏せられ、魔力の粒子に戻ってしまった。

ゼラには当然、傷一つない。

そんな技、聞いてない。

唖然と口を開いたままそんなことを胸中で思ったメルだったが、コツンと額を小突かれる感覚で我に返った。


「凄いじゃないか。あれだけ苦戦してた炎系統を使うなんて。感心したぞ」

「あ、え」

「でも、まだ俺に通じるほどではないな。もっと精進しなさい。クレハもな」


見ると、メルの横でクレハも同様に頭に手を置かれていた。

どうやら、二人同時に触れられてしまったらしい。


呆気ない敗北。

だというのに、メルの中には悔しさはなく、あったのは一抹の疑問だった。

この爽やかな笑顔で、心からメルの成長を喜んでいる、若き魔法講師に対する。

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