第17話 標的

この学園には学期に一度、学年全体で行われる大きな筆記テストがある。

それは学期の終わりに行われるテストであり、その学期にどれだけのことを勉強したのか、またどれだけ身についているのかを確認するための意図で行われるものだ。

一年間の成績の三分の一程度がそのテストで決まってしまうため、学園の生徒たちは皆必死に勉学に臨むことになる。


この大事なテストを二週間後に控えた今、いい成績を残そうとやる気を出すものもいれば、ギリギリにならないとやる気が出ない者、最低限の成績を出せばいいやと既に諦めている者など、様々な生徒が見られる。

それは、ゼラの担当する1-Fも例外ではない。


「えぇ、学期末筆記テストを二週間後に控えているわけだが……君たち、自信はあるのか?」


呆れを含ませた声で教卓に頬杖をつき、座席に座るクラスの生徒たちを見回したゼラは、一斉に視線を逸らす彼らにため息を吐いた。


確かに、ゼラが講師として赴任してからおよそ三週間がたった今、生徒たちの学力はうなぎのぼりに向上しているといってもいいだろう。当初の基礎もわからない状態から、多少の応用は自力で解けるほどには成長した。それはゼラもわかっているし、彼らが日頃から努力しているのは知っている。


けれど、基礎をやっただけで点数がとれるほど甘くないのが、学期末筆記テストだ。


「出題範囲はこれまで学習した範囲全て。その問題の半数以上が基礎問題を元にした記述式の文章問題や、系統ごとの魔法式作成、並びに魔法鉱石の特徴と特性、並びに触媒として使用されることで起こる魔法の名称と効果……。俺はこれを見て、この学園のレベルの高さを実感したよ」


試験範囲は膨大な上に、難しい問題が本当に多い。

はっきり言えば、今の現状では頑張っても平均五十点が限界だろう。基礎を落とすことはないと考えても、応用問題はそれなりに落としてしまう。


「ベール、君の目標点数は?」

「え、俺?」

「あぁ」


突然指名されたことに戸惑い、少し考えたうえで、ベールは頬を引っかきながら目標を述べた。


「……半分取れれば、いいなってくらい?」

「目標低すぎだろ。俺に教えを受けてそれか?」

「だ、だってよ先生。俺たち、先生が来るまでまともに授業もできていなかったんだぜ?ほかのクラス連中とは授業の量も質も違うし……」

「でも、二週間で基礎は叩き込めただろ?満点とは言わないから、せめてもう二十点分の応用問題は解けるようにしたいな」


よっこらせっと椅子から立ち上がったゼラは、いつもの参考書を開くことなく、黒板に白墨を走らせた。


「去年のテストを見たけど、応用の範囲で出題が多くされているのは、魔法鉱石の魔力伝導率の難解計算と、魔法系統ごとの魔法式作図だ。この二種類の応用問題が解ければ、結構点数取れると思う」


昨年のテストでは、この二種類の分野の配点はそれぞれ十点ずつ。つまり、基礎部分の五十点を含めれば七十点ほどにはなるという計算になるのだ。

狙うなら百点!

という意気込みも確かに大事ではあるが、あまり浅く広く勉強し、当日全く役に立たなかったとなれば元も子もない。ここは基礎を今一度さらっと復習しつつ、二点張りで深く勉強したほうが点数が取れるはずだ。


「まぁ、最初は魔法式の構築、作図の応用からか。一年だから、クロイデムルーン文字が出ることはないだろうけど、基礎魔法式と追加魔法式は絶対に出るだろうしな。まずはこいつをやっていこう」


ゼラが黒板に書き記していくのは、炎系統の基礎魔法式である六芒星と、水系統の基礎魔法式である三日月型、そして、風魔法の基礎魔法式である楕円の形。


「基本系統はこの三つ。これの他に、どんな文字や図形を追加すれば、どういった事象が起こるのかだが……」


白墨で、六芒星の右隣に、もう一つの六芒星を書き記した。


「基礎魔法式を二つ追加することで、魔法の出力は二倍になる。当然、使用魔力も二倍だ。追加することで威力は高くなるが、これは短期間で決着をつけなければならない場合に用いることが多い。それから──」


今度はその隣、三日月型の周囲に特殊な文字を円状に記していく。丁度、三日月を覆うように。


「スペルアドルーン文字を円状に書き記していくと、魔法は様々な状態に変化する。例えばこれの場合、水をミスト状に拡散、変化させる文字。状態を決めるのは、書き記すスペルアドルーン文字によるな。

ここに書かれているのは《水は全て霧に還れ》」


つまり、書き記す命令文によって状態を変化させることができるということ。

スペルアドルーン文字は以前にも授業やった内容であることから、生徒たちはすでに知っているだろう。これはあくまで、おさらい。しかし、これからはどういう文言を書き記せば、どのような状態に変化するかを教えていくつもりだ


そして最後に残った、風の楕円形。

そこに、ゼラは×印を大きく書き込んだ。


「この×印の意味は、出力の低下。魔法を使用させないと捉えてくれてもいい。これを書き記した魔法式は、威力が大幅に減衰、または発動できなくなる。二パターンあるのは、使用魔力量にも左右されるからだ。で、この三つの出題される形式なんだけど──」


続けようとして、ゼラは一瞬で視線を鋭くし、目にも留まらぬ速さで手にしていた白墨を窓に向かって投擲。


「「先生ッ!?」」


突然のゼラの行動に声を上げたメルとクレハ。

ゼラはそんな二人には何の反応も示さず、神妙な面持ちで窓の傍に近づき、下を覗いた。


落下した地点にあったのは、一羽の白い鳥の死骸。

真っ白な体毛が特徴的な鳥で、その頭はゼラが投擲した白墨によって撃ち抜かれ、近くに千切れ落ちている。


「(監視用の使い魔、か)」


あれは普通の鳥ではないと、瞬時に理解。

千切れ飛んだ首から、一滴も血が溢れていないから。飛び散った羽毛もすぐに魔力の粒子となって消え去り、やがて鳥本体も消え失せてしまった。

明らかにこの教室の中を覗いていた。

木に留まり、ジッと動くことなく、瞬き一つすることなく佇んでいたから。

一体何を見ていたのか、何を目的で見ていたのか、それは全くわからない──いや、違うなとゼラは頭を振った。


「(ザバスが言っていた注意してほしいっていうのは、これか)」


思い出すのは、学園長ザバスにこのクラスの担任をしてほしいと頼まれた日のこと。注意してほしい生徒がいる。

その言葉の真の意味が、ようやくわかった。


「すまない。ちょっと危ない虫がいたから、退治したんだよ」

「危ない虫って、なんですか?」

「毒針蜂だよ。刺されたら一発で死ぬレベルの」

「そんなもの学園にいるわけないと思うんですけど」

「いたんだから仕方ないだろ」


冷静にツッコミを入れて来るロンドに返しつつ、ゼラは何事も無かったかのように授業を再開しようと新しい白墨を手に持ち、魔法式に新しい式を書き加え始めた。

その時、一瞬ちらりと、少々不安そうに眉を顰めるクレハの方を見て。

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