第16話 放課後の調査

結局、魔法実技の授業では誰もゼラに掠り傷一つ付けることもできずに終わった。

生徒たちが繰り出すどんな魔法(初級ではあるが)も、どんな作戦も、全て月天子の前に切り伏せられてしまうため、何も通用しないのだ。

しかし、それでもかなりの緊張感を持って取り組んでいたようで、魔法の精度も先日より少しは上達していた。


授業が終わる頃には皆疲れ果てていたようなので、午後の授業は一時間程休憩の時間を作り、しっかりと休ませておいた。疲れた状態で無理に授業を行っても頭に入ることは限られているし、こういう時は身体を休めることが大事なのだ。


そうして一日に予定していた授業を終了した放課後──何故か、ゼラはいつもの二人に魔力測定の水晶版を押し付けられていた。

正確には、ゼラの両腕を二人──メルとクレハの二人に片方ずつ掴まれ、押しあてられていたという方が適当であるが。


「なぁ、何のためにこれやらされてるんだ?」

「ちょっと黙ってください。今確認中なので」

「その、すみません先生。でも、どうしても確認したくて」


ゼラが問うても一向に手を離そうとしない二人。大体何をやっているのかは察しがつくものの、放課後に態々やることか?と首を傾げずにはいられなかった。

数十秒程そのままにしているが、手をついていた水晶版に表示された数字は零のまま動かない。


「ダメだ。何度やっても魔力量零から変わらない」

「本当に、先生って身体に魔力がないんですね」


驚きと何処か腑に落ちないという表情で、水晶版を見つめる二人。

二人がゼラにやらせていたのは、内包魔力量の測定である。

この測定用の水晶版は特別性のもので、両手を置くだけでその人物の魔力量を測定することができるという優れものなのだ。その量は、数値として水晶版の表面に表示される。

つまり、零と表示されたゼラには、魔力がないということを示す証拠に他ならなかった。


「だから初日にも言っただろう?俺には魔力がないから魔法は使えないって」

「それは……確かに聞いてました。でも」


やはり納得ができないと、メルはゼラの手を離して言った。


「先生が私の炎蛇を斬った時に、見えたんです。私の赤い炎とは別の、紫色の炎みたいなものが」

「……あぁ、なるほど。それで俺に魔力があるんじゃないかって疑ってるわけか」


合点がいったとゼラは腰の月天子を取り出し、その刀身を抜いて見せた。


「それは月天子で炎を斬ったから、メルーナの炎の色が変わったんだよ」

「その剣で、変わるものなのですか?」


クレハが不思議そうに刀身を指先で触れる。

知らないのも無理はない。、ゼラはぺらぺらと説明した。


「これには魔法金属バレオロージュが使用されているのは前に話したと思うが、こいつにはとある特徴がある。魔力を通さないという性質から、魔法を模っている魔力そのもののエネルギー波長を壊してしまうんだ」

「「?」」


全く理解できていないという様子の二人。

ゼラはいける!と内心でガッツポーズをしながら、話を続けることに。


「炎魔法を例に挙げるが、魔法で造りだした炎っていうのは、言ってしまえば魔力の集合体だ。その集まった魔力は、互いに特殊な波長を放ちあい、引かれあっている。その時に発しているその波長には二つの種類があって、見えない引力を発して魔力同士を引き合わせる連結作用波長。もう一つは、繋がりあった魔力が連動して事象を引き起こす連動作用波長。この連動作用波長は目に見える。つまり、これが魔法で生み出した炎の色ってこと」


饒舌に喋るゼラの話を聞いている二人はますますこんがらがっているようで、頭上にたくさんの?マークを浮かべているのを幻視してしまうほどわかりやすい表情をしている。

そのことに苦笑し、「まぁ簡単に言うと」とゼラはまとめに入る。


「連動作用波長を、この月天子は断ち切ってしまう。そうなると、小さくなった炎の色が変わるってことだ」

「……よくわからなかったですけど、つまり、その剣で炎を斬ると、色が変わるってことで、いいんですか?」

「そういう解釈でいい」


そこでようやく、納得したという風に頷いたメル。

ホッと胸を撫で下ろしたゼラは、思わず教卓の椅子に腰を下ろした。


「(何とか、誤魔化せたか……全く心臓に悪い生徒たちだな)」


先ほど自分が行った説明を思い返し、よくもまぁあれだけの言葉を並べられると自画自賛する。いや、八割ほどは事実なので嘘ではないのだが……少しだけ、あの説明にはアレンジを加えているのだ。それを咄嗟にできることに、自分に称賛を送る。


「でも、メルーナ。今日は炎系統魔法が成功していたじゃないか。凄かったぞ」

「え?あ、ありがとうございます」


突然褒められたことにお礼を返しつつ、メルはハっとしたような顔を作った。

そのことに気づく前に、ゼラはクレハにも称賛の言葉を贈る。


「クレハも、あの改良した水矢は凄かったな。正直、あれを不意打ちで喰らったらひとたまりもないな」

「でも、先生は全て交わして捌き切っていたではありませんか」

「まぁ、学生の魔法でやられる程軟じゃないんだよ」

「もぅ!一発くらい当たってくれてもいいのではありませんか?」

「そしたらクレハに満点上げなきゃならんだろ。まだまだ満点上げられる程じゃないからな」

「むぅ。酷いです」

「なら、俺を満足させられるくらい強くなるんだな」

「……はい。先生を満足させられるように、私、頑張ります」

「いや待てなんだかその言い方はまずいぞ」


クレハと楽しそうに話していると、不意にゼラはメルが先ほどから黙り込んでいることに気が付いた。いつもなら、必ず輪に入って来るはずだというのに。


「メル?どうしたのですか?」


クレハもその様子のメルに心配したのか声を掛ける。

メルはクレハの呼びかけに応えることなく、顔を上げ、ゼラに問うた。


「……あの時、声が聞こえたんです」

「声?」


メルの言葉にクレハが首を傾げ、次いで少しだけ目を見開き、横目でゼラを見た。

ゼラは微笑を崩さないまま、メルの言葉に耳を傾ける。


「大丈夫、君ならできるって、何処かから心に響く声が聞こえて、そのおかげで、私は炎を生み出すことができたんです」

「……殻を破ろうとしているんだろ」

「殻?」


呟いたゼラに、メルは首を傾けた。


「何の、殻ですか?」

「勿論、メルーナ自身の殻だ。心身の成長、と思えばいい。今まで怖くて炎魔法が使えなかったが、戦わなければならない状態になったことで、心が鍛え上げられたんだろ。俺を見ても怖気づかなかったのも、その成長の一つだ」


つまり、声とは内なる自身のもの。

心が成長することによって、今までの呪縛にも等しい恐怖心から解き放たれる前兆だと、ゼラはあくまで主張する。

実際、今日のメルは成長を感じられる場面が幾つもあった。

自ら前に進み出たこともしかり、逃げ出さない心、緊張感の中で魔法を発動できたこと。どれも記念日にしてよい程の成長だ。


「これからは自由に炎を扱える、なんてことはないと思う。メルーナ自身が完全に過去のトラウマに打ち勝っていない以上、まだまだ続くだろ。でも、一歩は踏み出せた。そのことに誇りを持つんだ。絶対、強くなっている未来が待っているからな」


メルの頭に手を置き、優しく撫で付ける。

すると、メルはポロポロと涙を流し始めた。


「あ、れ?なん、で」

「苦しかったろ。今まで努力も報われなくて。でも、これからは報われるように、俺が支えてやる。勿論、クレハもな」

「……はい」


涙を流すメルとは対照的に、クレハは嬉しそうに笑みを浮かべながらゼラに頭を撫でられ、ふと疑問に思ったことを口にした。


「先生は、どうしてここまでしてくれるのですか?」

「どうしてって──当たり前だろ」


差別されている子らを放っておくことなんてできない。

今までの講師のように、頑張っている彼らを見捨てることなんてしない。

だって、今のゼラは──。


「俺は、君らの魔法講師なんだからな」

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