第18話 狙われた少女
「君たち、午後の授業はどうしたのかね?」
突然押しかけて来たゼラとルーリアに、魔法学園学園長のザバスはそう問いかけた。
時刻は昼休憩を終わった直後──つまり、午後の授業が始まっている時。
本来であれば授業をしているはずの二人がここにいることに、疑問を隠せていないようだった。
「俺の作ったテスト対策問題をやらせています。あの子たちならしっかりとやってくれると思うので、問題はないかと」
「私のクラスも同じように」
「ふむ、となると、何か急ぎの用事が──」
言いかけたザバスの言葉を遮り、ゼラは要件を手短に伝える。
「うちのクラスを、監視用使い魔が覗いていた」
「──」
「貴方が最初に言っていた、注意するべき生徒。それを監視していたのではないかと思ったのですが」
驚きに目を見開くザバスは、ゼラとルーリアにソファへ座るように促す。
それを先の問いの肯定と受け取ったゼラは、促されるままにソファへと腰かけた。
「……ルーリア、座らないのか?」
ゼラの背後に控えるように立っているルーリアに言うが、彼女は首を左右に振った。
「今の私は、主の従者としてこの場にいます。ですので、主の隣に座ることはできません」
「そんなに堅苦しくならなくてもいいんだが……」
「も、勿論座りたい気持ちはなくはないのですが……我慢します」
我慢しなくても座ればいいだろうと思ったゼラだったが、どうやらルーリアの意志は堅いらしい。まぁ好きにさせてやろうということで、その後は何も言わなかった。
しばらくして、三人分のワイングラスと一本の白ワインを持ってきたザバスが正面のソファに座る。
「ザバス。まだ陽は高いです。こんな時間から酒を飲むのは……」
「構わんだろう。要件が要件だ。こんな嫌な話、酒を飲みながらでないと聞いておられんよ」
「俺たちはまだ授業があるんですが」
「二人共かなり強いのは知っている。一・二杯くらいでは酔わんだろう」
既にコルクを開け中身をグラスに注いでいるザバス。
どうする?とルーリアに視線を向けると、微笑が。
曰く、良いのではないでしょうか?とのこと。ルーリアは既に飲む気満々のようである。
ならば、とゼラもグラスを二つ手にし、片方をルーリアに渡し、残ったもう一つに口をつけた。
「……さて、監視の使い魔の件だが」
一息に一杯目を空けたザバスは、難しそうな顔を作り言った。
「少なくとも我々の方では、使い魔など一切放っておらん。他の講師陣がどうかはわからんが、少なくともFクラスに興味を示すような輩はおらんだろう。言いたくはないが、皆君のクラスのことを馬鹿にしているのでな」
「それについてはいずれ叩きのめすとして……その使い魔、クレハ=ペイルージュのことを見ていました」
ザバスは持ち上げていたワイングラスを下ろし、俯く。
なるほどどうやら、目的が見えてきたようだ。
すっと目を細め、ゼラは敬語を捨ててザバスに言った。
「ザバス、これだけ先に聞いておきたい。貴方が俺に協力を求めたいのならば、これは話すことが筋だ」
「……なにかね」
「彼女の瞳に宿っているものは、何なんだ」
クレハに出会った当初から気になっていたことだ。
彼女の瞳は左右で色が違う。髪の色素から考えて、本来の色は蒼だろう。では、もう一つの紅色の瞳は、どうしてそんな色になってしまったのか。
勿論先天性虹彩異色症ということも考えられるが、あの時感じた違和感は、何か力を感じさせるものだった。
ザバスは自身の考察も交えて説明を始める。
流石に、隠すことはできないようだ。
「……大賢の称号を得た私も、人間の領域にしかいない。これはあくまで、様々な状況証拠から考察した仮説にすぎないが……彼女の瞳には、何らかの獣が宿っている」
「獣……それは、つまり」
「霊獣だ」
ルーリアは息を呑み、ゼラは神妙な面持ちへと表情を引き締めた。
まだ何かはわからないが、霊獣が宿る瞳。
人間の領域にいるものが決して太刀打ちできない程の絶対的な力が、一人の少女の元にある。世界を闊歩する霊獣との契約を狙うよりも、彼女を狙う方が確実で安全だ。
「なるほど、霊獣を宿す少女か。その獣の能力は、わからないので?」
「不確定なので定かではないが……過去、彼女の瞳を奪おうと近づいた輩は、皆身体をバラバラに分解され、死んでいった」
「発動条件は?」
「不明だ。無意識の内に発動してしまったのか、あるいは身の危険を感じた時に発動するものなのか……」
いずれにせよ、身体を崩壊させる力……危険だ。
不用意に近づけば、死が待っているということに他ならないわけである。今まではあまり気にしていなかったが、今後は少し注意して彼女に接しなければならないかもしれない。
と──。
「学園長」
不意にルーリアが低い声音で名を呼んだ。
薄っすらと感じられる怒気は、今の説明を聞いた彼女には当然の感情かもしれない。きっとルーリアは怒るだろうと、ゼラはわかっていた。
「貴方は、身体を崩壊させられる危険がある生徒のことを、主に託したのですか?その危険性を知りながら、主の命を脅かすようなことを──ッ!!」
ルーリアにとって、ゼラは家族以上に大切な存在。
それは日頃から散々言われていることだし、何よりも態度でわかる。そんなゼラが危険に晒されているとなれば、怒り心頭になるのも無理はない。
感情が昂りすぎているからか、彼女の周囲は凍てつき、ソファも徐々に氷で侵食されていく。
「ルーリア=カレンティグ」
「ッ」
「落ち着け」
「……申し訳ありません。取り乱しました」
頭を下げたルーリエ。侵食していた氷も一瞬で粒子へと変わり、霧散する。
何ともないゼラとは違い、対面しているザバスは本当に冷や汗を掻いたように顔を真っ青にしている。
「すまない、ザバス」
「い、いや、詳しい説明をしていなかった私が悪い。ルーリア君の怒りは当然だと思っている。だがしかし……ただの人間に、君らの瘴気は少々厳しすぎるな」
「そうだろうな。ルーリア、あまり人前でその力を使うな。生徒は勿論、事情を知らない者全てにだ」
「承知いたしました」
メイドのように恭しく頭を下げるルーリア。
彼女から目を離したゼラは、さて、と話しを戻す。
「話が脱線しましたが、とにかく、彼女の瞳に宿っているものはわかりました。道理で何かエネルギーを感じると思いましたね」
「危険を承知で頼むが、これは君にしか──王にしかできないことなんだ。どうか、彼女を護ってくれ」
「それは構いません。霊獣を持つ少女が邪の輩に連れ去られたら、世界が危険に晒される。が、ザバス」
「なんだい?」
ゼラは突然緊張感を解いて頬杖を突き、呆れたようにザバスを見据えた。
「貴方、何杯目ですか?」
ザバスは先ほどからワインをカッパカッパと口に運んでいるのだ。
既にボトルの中も三分の二程度が空になっており、もはや夜ですらそこまで飲まないという量に達しようとしていた。
「だから真昼間から飲むのはやめましょうって言ったのに……」
「既に七杯目ですよ、主」
「し、仕方ないだろう!!ルーリア君の冷気に当てられれば、恐怖心を紛らわせるためについつい飲んでしまうじゃないかッ!」
「ルーリアのせいにしないでください。どうせ業務でストレスためこんで、これ幸いと職務中に手を出したんでしょう?わかってますよ、貴方の魂胆は」
「ぐっ」
ことりとグラスを置いたザバスは、両拳を握って歯を食いしばった。
「君にはわかるまい!私がここ最近どれだけ脅されていたのかをッ!」
「お、脅されていた?」
「そうだッ!ゼラ君、あの子は少し横暴が──いや、忘れてくれ」
「待ってくださいなんですか、それッ!」
そこまで言ったのなら最後まで言ってくれッ!!
と何度も言ったのだが、ザバスは泣きながら「言えない……言えない」と繰り返すだけで、何も口を割ることはなかった。
こんな状態になるザバスを見るのは初めて……いや、意外に何度も見ているのだが、とにかくゼラとルーリアは一体何があったのだと、あれやこれやと考察することしかできなかった。
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