第21話 傷だらけの生徒
「不審な男たち、ですか??」
ゼラは自身の講師室に来ていたルーリアに、テスト中に見た謎の魔法士と見られる男たちのことを話していた。
「あぁ。ただの通行人にしては、ちょっとあの格好はな。正直、結構気がかりなんだ」
「……もしかして、主のことを嗅ぎまわっている、ということですか?」
「いや、俺のことは誰にも知られてないはず。フレラもここにはいないし。だとすると、あるのはもう一つの方だ」
「……クレハ=ペイルージュの瞳に宿る、獣」
ゼラは頷いて肯定した。
考えられる線は、それが最も濃厚だろう。監視の使い魔も来ていたことだし、誰かしらが彼女を狙っているのは明白な事実。
一応一人では帰らないこと、そしてできるだけ早く帰るように言ってはおいたのだが……それだけでは不安材料が残る。
「本当は俺が家までついて行くのが一番安全なんだろうけど、仕事もあるしなぁ……」
「主がそこまでする必要はありませんよ。心配でしたら、私が護衛します」
「戦力的には申し分ないが、ルーリアだとやりすぎるからなぁ……一般の魔法士を相手にしてしまうと、明らかにオーバーキルになるだろ」
「襲ってきた方が悪いんです」
「それはそうなんだが……それ以前に」
ゼラはギシっと音を立てて椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰いだ。
「聞いただろう?彼女には人間の身体を崩壊させる力があるかもしれない。俺なら一度くらいは耐えられるが、ルーリアにその能力はない。従者を危険に晒すような真似はできない」
「……私としては、主君を危険な目に合わせるわけには行かないのですが……」
「対抗力の問題だ。ルーリアだって魔法士を超越した存在ではあるが、俺には届かないだろ」
「それは……そうですが」
そういうことではないのだ、とルーリアは納得のいかない顔で不貞腐れる。
彼女の言いたいことは、ゼラにも何となくではあるがわかっている。例え自身の命に代えても、主君には安全な場所にいてもらいたい。そういう思いがあるのは、十分に理解できる。
しかし、それはゼラも同じ気持ちなのだ。
「俺だって、従者に危険な目に遭ってほしくないんだ。俺がやったほうが安全なら、それは俺がやるべきことなんだよ」
「……わかりました。主の御心に謝意を」
不服そうに頭を下げるルーリア。
思わず苦笑したゼラは、この話はおしまいだと話題を変えることに。
これ以上気分が急降下すると、また周囲を凍り付かせてしまいそうだ。
「Aクラスのテストの出来はどうだ?まだ採点してないか?」
「採点はまだしていません。ですが、一応枚数の確認をするために一通り目を通しましたが」
何処か自信ありげに胸を張り、ルーリアは微笑みながら伝える。
「私の見たところ、間違いを見つける方が難しい生徒が多かったですね」
「さ、流石はAクラスだな……」
「Fクラスはどうですか?」
「流石にAクラスには大敗するが、うちもそこそこ取れているほうだと思うよ」
ゼラも大雑把に見たが、かなり得点は取れている者が多かったと思う。
まぁ、既に間違った回答を幾つも発見しているので、平均九十点なんて夢のような話は既に潰えているのだが。
しかし、それでも当初と比べればしっかりと身に着いていると実感させられた。
時間いっぱいまで問題に取り組んでいたし、何より空欄が一つもなかったのは、ゼラを上機嫌にさせた。最初にやらせたテストは非常に空欄が多かったのだが、それが全て埋まっている。それだけで成長だ。
「主はどんなことを授業で?」
「別に特別なことはしてないぞ。ただ、座学で基礎を徹底的に教えたのと、あの子たちがわかりやすいようにかなり噛み砕いて説明した、くらいか。この学園に受かるだけあって、元は優秀だよ。教えたらすぐに吸収して、自分の知識にしてしまう。教え甲斐があるよ」
「私みたいに一度心を完璧に折るとかは?」
「するわけないだろ……。元々差別されて折れてた心をこれ以上痛めつけてどうするんだ。治らなくなるまで粉砕してしまうだろう」
「でも、一度どん底を経験させたほうが」
「もう経験してたんだよ!」
過激な考えに走るルーリアに叫ぶ。
おかしい。出会った当初はもっと物腰柔らかく、人を傷つけるようなことを嫌う心優しい少女だったのだが……しばらく会わないうちに、一体彼女に何があったというのだろうか。
「……まぁ、ルーリアの教育方針でAクラスが成長しているのは事実らしいし、何も口出しはしないけど」
「おかげで、いい子たちになりましたよ」
「一体どういういい子なのかはわからないが、今はいい。それより、この後時間あるか?」
「?はい、特に予定はありませんけど──まさかっ!」
瞬時に頬を染め、恥じらいながらもルーリアはちらちらと期待するような眼差しでゼラを射抜く。
「つ、ついにゼラ様と身も心も交わるときが……確かに、今はテストも終わって開放的な気分になっている講師も多いですしね。わ、わかりました……初めてですので、優しくしてくださいね?」
「誰が交わるといった。ただ単に、たまにはバーで酒でも飲むかと思っただけだ。嫌なら一人で行くから残っていいぞ」
「あ、待ってください!」
さっさと講師室を出て行ったゼラの後を、慌ててついてくるルーリア。
「むぅ、ちょっとくらい乗ってくれてもいいではないですか」
「乗らない。というか、本当に俺がいない間に何があったんだ?昔と違いすぎじゃないか?」
「そんなことはありませんよ。ただ、家の縛りから解放されたので、自分に素直になっただけです」
「つまり俺に責任があるということか」
「そういうことですよ。責任、取ってくださいね?」
「だからそういうことは、あ、馬鹿。学園内でそんなにくっつくな」
腕に抱き着いてきたルーリアを引き剥がそうと押しのけるが、想像以上の力でしがみつかれているため離せない。そのため、それなりに実った二つの柔らかな感触が伝わるのだが、本人は全く気にした様子はない。いや、寧ろ当てているのかもしれない。
いつまで経っても離そうとしないので、そのまま街の通りまで歩いてきてしまった。
「関係を勘違いされたらどうするんだ」
「その時は、交際宣言しちゃいましょうか。男除けにもなりますし、いいことづくめですよ」
「いや、そんなことしたら俺がフレラに殺され痛たたたたた折れるっ!」
「今、彼女の話をしないでください」
ルーリアはまったく笑っていない目でゼラを見上げる。
こんな目をすることもあるのだなと思いながら、軋みを上げ始めた腕を守るためにギブアップを示し続ける。
「わかった、わかったから腕を──ん?」
「?どうかしましたか?」
突然、今しがた通り過ぎた路地を振り返ったゼラ。
同じ方向にルーリアが視線を向けると、ゼラは大きく目を見開き、抱え込まれていた腕を振り払って路地の方へと走った。
今のは……。
嫌な確信を抱きつつ路地の暗闇に入ったゼラは、そこに倒れ伏していた人物を見つけ、慌てて駆け寄り抱き起した。
「ベールッ!」
ゼラがその人物──腕の中で荒い呼吸を繰り返しているベールの名を叫んだ。その目はどこか焦点があっておらず、黒い髪は額から溢れた血に濡れていた。さらにその身体は痙攣しており、早急な治療が必要なことは明白。
そんな状態で、ベールは視線をどうにかゼラに合わせ、背筋が凍りつくような事実を述べた。
「先、生……クレハと、メルが、攫われ、た」
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