第20話 テスト当日

そして迎えた定期テスト当日。

朝から登校してくる生徒たちは、クラスに関わらず皆緊張した面持ちで校舎の中に入っていった。やはり座学の成績の三分の一が確定するテストのため、プレッシャーも半端ではないのだろう。特に上流階級の家の者など、両親から圧力が凄まじそうだ。


それは1-Fクラスも例外ではなく、先日の模擬テストとは比べ物にならないほど緊張した空気が、教室に入ったゼラには感じられた。

ホームルームを終え、テストの問題用紙を机上に配り終えた待機時間など、最も張り詰めていただろう。

直前まで覚えた単語をブツブツと呟いてる者が多く、どこかの宗教にでも所属してしまったのではないかと錯覚してしまったほど。学生のテストとは、ここまで人を極限まで追い込むのかと、ゼラは思わず戦慄してしまった。


そして──開始の鐘が鳴った瞬間、生徒たちは皆問題という強敵に立ち向かい、机に向かってペンを走らせていった。



「(しかし、問題用紙見た瞬間はビビったな)」


机に向かう生徒たちを眺めながら、ゼラは先ほどちらりと見た問題を思い返していた。

ゼラがあらかじめ山を張って教えていた範囲が、丁度二十点分ほど出題されていたのだ。基礎の問題も、ほとんど落とさないであろう基本中の基本の問題ばかり。これなら当初の目標であった平均七十点は達成できるのではないだろうか。

見る限り、生徒たちも特に苦戦することなくペンを走らせ続けていることからも、これは期待が持てる。


「(俺、変わったな)」


いつの間にか、しっかりと講師になっている自分に苦笑を漏らす。

数ヵ月前まで、フレラと二人で暮らしていた頃がとても懐かしく感じる。あの時はあの時で毎日が楽しかったし、面白いこともたくさんあったのだが、この学園で生徒たちと過ごす日々は、それに匹敵するほど充実したものなのだ。


持てる知識を教え込めば、筍のように伸びる。魔法の一つで悩み、努力し、成功すれば喜ぶ彼らは、ゼラにはとても眩しく見えた。

これが青春か。

そう思わない日々はなかった。

生徒たちが成長し、くじけ立ち上がる度に、子供から大人になっていく様を見せつけられている気分に駆られる。

けれど、幾ら成長しているなと思っても、彼らはまだ巣立つ前の雛。しっかりと自身の目標のために努力し、旅立つその時までしっかりとサポートしてやらなければ。当初は一ヵ月で芽が出なければ講師を辞めると言っていたゼラも、そんな風に考えるようになっていた。


一生懸命に問題を解く生徒たちから一瞬目を離し、窓の外の風景に視線を移した時。


「ん?」


ふと、学園正門付近に、数人の人影が見えた。

ローブを纏っていることから、恐らく魔法士であろう集団。何やら言葉を交わし、街の方向を指さして話している。

一体どんな会話をしているのかは、流石にここからではわからなかったが、不審な男たちはすぐに街の方面に向かって歩き出した。


「(なんだ?)」


一抹の疑問を抱きつつも、今教室を抜け出すわけにはいかない。

仮にも試験監督。カンニングなどをする生徒はいないと思うが、しっかりと見回りをしておかなければならない。


そんな大変なことにはならないかと考え直し、再び教室に視線を戻す。

これが、大きな間違いだとは気づかずに。



そして一時間の重大なテストが終了。

テスト自体は一時間で終わるのだが、テスト後には普通にいつも通り授業がある。テストの結果はまた後日、担当していた試験監督が採点を終えたときに返却されるので、最低でも数日は帰ってこない。

テストからの解放感と授業への気怠さを抱えながらの授業になるので、ゼラが気を利かせ、テスト後の授業は全て自習に変更した。

夏の長期休みに入る前にやらなければならない箇所はほぼ全て終わらせているので、一日授業をしなかったところで問題はない、とのこと。


改めて担任がゼラでよかったと歓喜しながら、1-Fクラスの生徒たちは帰宅までの時間、だらだらと開放感に酔いしれ、思い思いの時間を過ごしていた。


ちなみに、ゼラも一緒になって持ち込んだ本を読んでいたので、クレハが採点をしなくていいのかと聞いたところ。


「今日採点が終わったら、俺が授業サボってたのがバレるだろ。だから、明日以降やるんだよ」


という尤もな理由を告げられた。

確かに、授業をやっている最中に採点などできるわけがない。そこのところは全て計算済みで生徒たちに休憩させているのだな、とメルは半ば呆れながらも感心してしまった。


そんなこんなで身体と頭を休めることになった残りの授業を終えた放課後。

メルとクレハ、そしてロンドとベールという珍しい組み合わせの四人は、すっかり暗くなった街の道を歩いていた。

本来ならばとっくに帰宅している時間なのだが、放課後になって、今日のテストの難しかった箇所などを議論していたので、すっかり遅くなってしまったのだ。

ゼラから早めに帰るように言われていたので、少しだけ申し訳ない気持ちになりながら。


「しかし、今回はどっちが勝つんだろうな。クレハとロンド」


ベールが後頭部で腕を組みながら、隣を歩く二人に話しかける。

正直今の二人にその話題はタブーではないかとメルは思ったが、思いのほか、口論になるようなことはなかった。


「どっちが勝とうと気にしない。僕らは全力を出し切ったんだ」

「そうですね。私も、今回は頑張っただけよかったと思います」


言葉の外には、自信が伺える。

どうやら、二人共手ごたえはあったようだ。

対して、メルとベールはははは、と乾いた笑みを浮かべる。


「私は結構凡ミスに気がついちゃったしなぁ……テストが終わる直前に」

「お、俺もそれなりにミスが多かった気がする。あとわかんない問題も」

「君らは何を勉強していたんだ。ゼラ先生が山を張ったところ、かなり出題されていたのに」

「あはは、でも、ゼラ先生の言うとおりに勉強していて正解でした」


テストの問題はゼラが教えていた箇所がかなり出ていたのだ。

やはり、作成する際には過去の問題を参考に作っていると聞いていたので、それも幸いしたのかもしれない。

特に、魔法式の作図に関してはゼラの指導を受けていなければ、絶対に解くことができなかったと確信できるほど。


「よかったですよね。ゼラ先生が、Fクラスに来てくれて」


ポツリとクレハが零した一言に、三人は同調して頷く。


「ムカつくところはあるけれど、あの先生が今までで一番マシだ」

「マシっつーか、俺はあの人で本当によかったと思うよ。最初はマジで怖かったけど。怒らしたのメルーナだろ?」

「わ、私だけじゃないわよ!皆が先生に魔力がないって馬鹿にしたのも、原因だ……し」


段々と言葉尻が小さくなっていくメル。

今考えると、よくあんなことが言えたものだ。魔力がなくとも剣術だけで魔法を圧倒するゼラは、全く馬鹿にできる存在ではないというのに。

実力だけではない。授業水準も、他の講師に比べて圧倒的な程わかりやすいはずだ。なにせ、落ち零れ認定されている自分たちが、あれほどまでに点数を取れたのだから。


「何にせよ、返却されるテストの出来が──」

「は~いストップね、学生ちゃんたち」


突然響き渡った声に振り向くと、そこにいたのは一人の黒装束の男が立っていた。フードを深く被っているため顔は見えないが、唯一見える口元から覗く白い歯は、笑みを浮かべていることを理解させる。


明らかにやばい雰囲気。

一体こいつは、と思った時、すぐ隣でクレハの小さな悲鳴が聞こえた。


「クレハ──ッ!!」


叫びそちらを向くと、クレハはいつの間にかいたもう一人の黒装束に腕を掴まれ、口を押さえつけられていた。

咄嗟に魔法を発動しようとするも、瞬間的に腕に走った痛みに集中をかき乱されてしまった。


「なに──」


見ると、右腕に何か細い金属の針のようなものが突き刺さっていた。刺された箇所からは、一拍遅れて血が滲み、ポタポタと石畳の上に赤い染みを形成していく。


「ダメだよぉ、あんまり叫んじゃッ!」

「う──ッ」


腹部を思いっきり蹴り飛ばされたメルは、石畳の上を転がっていく。

次いですぐ、上から組み伏せられてしまった。


「そいつも連れていくよ。魔力量が膨大だし、いい生贄にな──」

「《英明なる風の化身よ・鋭き刃を穿ち斬り裂け》っ!!」


最初に現れた男がメルの元に歩き出したとき、まったく相手にされていなかったロンドが風刃を発動。完全に不意打ちを食らった男は、生み出された鋭利な風の刃が身体に直撃。

常人ならば、今の一撃で身体が切り裂かれ、重傷どころではなくなっているはずだ。しかし、直撃を受けた男ローブが切り裂かれるだけで倒れることもなく、しかも、まるで金属がぶつかり合ったかのような音を響かせた。


「え?」


魔法を放ったロンドも、一体何が起こったのかわからないといった風に呆然としている。メルもクレハも、ルーズも、不可解な音にわけがわからないと困惑。

次の瞬間──唖然と、目を見開いた。


「あぁ~、ったく、いきなり魔法撃つなんて非常識だろう?傷ついたらどうすんだよ。この俺の──」


肌が露わになった男の腕は、赤い月光を反射して、光輝いていた。



「──鉄の身体がよぉ」



人間の身体ではない。

眩い金属光沢を放ち、硬質な腕は風刃を受けても傷一つついていない。

随分とおかしな身体を持っている男に、その場の全員が唖然としている中、完全に不意を突いたような一撃が、ロンドを襲った。

石畳の下から伸びた鉄の槍が、彼の腹部を貫いたのだ。


「あが──ッ」

「寝てろよ雑魚」


倒れ伏したロンドの横っ腹に蹴りを入れ、彼を路地裏へと吹き飛ばした。その場に残った粘性の赤い血は、徐々に石畳を侵食していく。

その隣にいたベールは、完全に腰を抜かして座り込んでしまっていた。


「さて、邪魔者はいなくなったし、君たちは俺と楽しい場所に行こうか」

「ど、どこに──」

「決まってるだろ?」


フードをとった男は、逆立てた青い髪をかき上げ、燦燦と光る灰色の瞳でメルを射抜いた。


「神が降臨する場所に、だよ」

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