第12話 近況報告
ルーリアが退室した講師室。
生徒たちも既に帰宅した時刻であり、陽も沈みかけている。
西日に照らされたデスクに腰かけたゼラは、赤い宝石──通信用魔鉱石を正方形の型に嵌めこんだ。
その途端、宝石には蜘蛛の巣状の光のラインが浮かび上がり、次いで、鈴の音を等間隔で鳴らすコールが聞こえた。
合計で四度のコールを経て、宝石が独りでに宙に浮かびあがり、輝く内部には『シェフレラ=セントボルーラ』の文字が。
その文字を確認した瞬間、ゼラの名を呼ぶ声が鳴り響いた。
『……ゼラ?』
通信石の中でも最高のものを使用しているため、雑音は一つもなく、まるで相手がすぐ傍で話しているように聞こえる。
宝石から聞こえた綺麗な声音に、ゼラは返答を返した。
「あぁ、俺だよ、フレラ。連絡が遅くなってごめん」
『忙しかったんでしょ?大丈夫だよ。貴方が大変そうにしているのは、感じてたから』
「悪い。思いのほか忙しくてさ」
『その忙しい合間を縫って、こうして連絡してくれたんでしょ?ありがと』
終始、和やかな空気が流れた。
心から安心するような、優しい声音。
彼女の声を聞くだけで、眼前に彼女の天使と形容してもいい美しい容姿が想像できる。
相変わらず優しいな、と思いながら、ゼラは窓の外に視線を移す。
「ちなみに、感じてたって……具体的にはどんなこと?」
『え?そうだな~……呆れとか、感心とか、少し怒りも入ってたかな?あ、あと一回凄く恥ずかしいっていうのもあったね』
「ぐッ……全部把握してるのか」
『当たり前でしょ?だって、ゼラは一心同体で、私のものなんだから』
フフフ、と笑いながらそんなことを言う彼女──フレラに、ゼラは苦笑を漏らす。
相変わらず、彼女は少し独占的になりすぎるようだ。確かに過去を考えればこうなるのも仕方ないけれど、もう少し大人になるべきなのだろう。
なんて、ゼラが内心で考えていると、不安そうな声が。
『ところで、何か連絡しないといけないことでもあったの?ただ声が聴きたくて、っていうわけじゃないんでしょ?その理由でも全然嬉しいんだけど……』
「数週間ぶりに声が聴きたいっていうのも勿論あったけど、報告……というよりは、ちょっと面倒な生徒がいて、一応言っておこうかと思って」
『面倒な生徒?』
「あぁ。率直に言うと──
それを言った途端、フレラの声が一段低くなった。
『へぇ……奪うつもり?』
「いや、本人はまだ不死鳥が世界を闊歩している状態だと思ってる。というか、世間一般的にはそれが正しい知識だからな。力を狙っているのは世界中で何万人といるだろうし、不思議でもないよ。だから、君も姿を隠しているわけだし」
霊獣の中でも、不死鳥は別格の存在だ。
彼の霊獣を手にすれば、どんな傷をも癒し、如何なる病魔にも打ち勝つ能力を手に入れることができる。
富や権力を手に入れた者たちが最後に望むものは、頑丈で健康な肉体。
故に、世界中の権力者が不死鳥と契約を交わそうと躍起になっているのが現状。当然不死鳥はそんな欲望を剥き出しにした者と契約を交わすことはないのだが。
『となると、別に放置しておいても問題ないんじゃないかな』
「あぁ。本人はどうしても契約したいと頑固になっているけれど、それは無理だろうし。このまま何も干渉しないのが一番なんだろうな」
『だね。よかった』
「よかった?何がだ?」
ゼラが小首を傾げると、通信石越し──ではなく、脳内に直接囁きかけるような、声が聞こえた。
【ゼラが、私に愛想をつかしたのかと思ったから】
「──」
ガシャン!
手にしていたティーカップが地面に落ち、盛大に割れた音が響き渡った。
幸い中身は飲み干していたので、床が濡れることはなかったが、備品を壊してしまったことに変わりはない。
けれど、ゼラは全くそれを気にも留めず、片手で顔を覆っていた。
「……フレラ、その、さ」
【ゼラと私は一心同体なの。何処へもいかないし、いかせない。これからもずっと、ずっと、一緒にいるんだよ】
とても深い闇を含んでいそうな声音。
独占欲の塊。
ゼラが彼女に黙って何処かへ消えようものなら、どんな犠牲を払ってでも彼を見つけようとすることだろう。行き過ぎた愛情は、いつしか歪み曲がってしまうもの。
けれど、ゼラは知っている。というより、感じている。
時間が経つにつれて、彼女が独占欲だけでなく、別の感情が心を支配していくことに。
「フレラ、恥ずかしくなるなら、そういう台詞は言わなくてもいいんだ、ぞ?」
『べ、別に恥ずかしがってなんかないよッ!ゼラの馬鹿!』
そう捲し立てるフレラの声は震え、明らかに羞恥に染まっていた。
フレラは一見すると独占欲の塊のような言動をすることが多いのだが、必ず後から自身の発言を振り返り、とてつもない羞恥心に襲われるのだ。
会話の流れや勢いでそういったことを口走ってしまうものの、基本的には彼女は初心な乙女。ぐるぐるお目めに顔を真っ赤にさせてしまう。
その姿を見る度に、ゼラは何度も抱きしめたくなってしまう。
「(まぁ、俺も人のこと言えないんだけどなぁ)」
内心で一人呟きながら思い出すのは、ルーリアに再会した時のこと。
あの時のゼラは、話の流れに乗って照れくさいことをルーリアに言い、盛大にからかわれた(?)後、羞恥で顔を真っ赤に染めていた。その晩はベッドで横になりながら悶えていたのは言うまでもない。
ゼラにしてもフレラにしても、自分から恥ずかしい言葉を口にして自爆する癖がある。フレラに関しては、そこが愛おしいというか、愛らしい部分でもあるのだが。
「恥ずかしがってるの伝わって来るし、その、こっちも恥ずかしくなってくるんだよ」
『じゃ、じゃあ切ればいいでしょッ!?』
「切っていいのか?」
『…………もうちょっと待って』
おねだりするように、それでいてムスッとしながらの繋いでいて要求。
ゼラは右手を握りしめながら、胸中で思う。
なんだこの可愛い生物は。やばい、最高に愛おしい。うちのフレラが天使すぎる。
何処からともなく浮かんでくる単語に、一人でうんうんと頷いていた。
『そ、そういえば、生徒さんはどんな感じなの?皆良い子?』
露骨な話題変換であったが、ゼラはそれに乗ることにした。
「良い子、といえば良い子なんだろうな」
『何か問題でもあるの?』
「最初に一悶着あったものの、授業態度は特に問題ない。でも、実力が伴ってないかな」
努力しているのはわかるけれど、彼らの魔法に関する実力は、まだまだ成長段階だ。いや、現状成長するかも怪しいけれど。
「全員が何かしらの問題を抱えていて、魔法の成長を妨げている。血管内の魔力路が機能低下していたり、精神的トラウマになっていたりな。全く、一講師にこんなことを任せるなって思うけど」
『大変なんだね。それにしても、可哀想だなぁ』
「同情はするけど、どうすることもできない」
一講師に、あの生徒たちの問題を全て解決することなんて……と思っていると、通信石越しにフレラが言った。
『どうにか、してあげないの?』
「どういうことだ?」
『使ってあげないの?』
ゼラは眉根を寄せた。
それをすることが、どれだけ危険なことかわかっているのか?と内心で思いながら。
「逆に聞くけど、使ってもいいと思っているのか?そんなことをすれば、俺だけじゃなくて、周りの皆に迷惑が──」
『ゼラはどうしたいの?』
言葉が詰まった。
「……俺?」
『うん。周りの心配じゃなくて、ゼラの本心は?生徒たち、助けてあげたいって、思ってるんじゃない?』
「別に、俺は……」
嘘だ。と、自分自身が否定した。
あの不憫な子らを、自分は助けてやりたいと、少しでも思ったことがあるのか。
肯定だ。
彼らは好きでその境遇に、体質になったわけではない。好きで差別を受けているわけではない。
学園長ザバスから資料を受け取った時、メルーナとクレハが他クラスから差別的な扱いを受けていた時、思った。
どうにかしてあげたい、と。
『ゼラ、私は貴方のやることに口を出さない。けど、これだけ言っておく。』
「?」
『貴方のしたいようにやりなさい。どんな選択を取ったとしても、私は、私だけは肯定してあげるからね』
気付けば、ゼラは口元に笑みを浮かべていた。
まさか彼女の口からそんな言葉が聞けるとは思っていなくて、驚いたことも事実。けれど、それ以上に──器の大きさを見せつけられた。
「それをすることで、厄介なことになるかもしれないぞ?」
『ふふ、例えそうだとしても、ゼラならどうにかしちゃうでしょ?』
「過大評価に過ぎると思うが……とにかく、考えてみるよ。流石にすぐに実行できるわけではないし、俺にも覚悟がいる」
『考えが広がったのならそれでいいよ。頑張ってね』
細やかな激励を受けたゼラは少しの間を開け、胸に手を当てた。
「感謝致します──王よ」
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