第13話 隠れた努力

「やりたいように、か」


一人呟き、ゼラは腰に吊るした二振りの剣──窈窕と月天子に手を置く。


フレラとの通話を終えたゼラは、真っ暗な校舎の中を歩いていた。

窓の外には赤く光る月が浮かび、周辺を一筋の青い流れ星が通過する。

月下の街は灯ったランプの光でよく照らされ、特に目立つのは街の居酒屋。仕事を終えた大人たちが、一日の疲れを癒すように酒を飲み、飲み仲間と楽しそうに酒盛りを楽しんでいた。

大人ならではの遊び。

賑やかなその景色から視線を外し、ゼラは窓の傍の壁に背を預け、もたれ掛かった。


悩んでいる。

当然それは、生徒たちの件について。

座学は現状の教育方法で問題ない。元々この年代の少年少女たちはまだ頭が柔らかいので、吸収能力は極めて高い。このまま意欲を維持しながらいけば、平均点が70を超えることも夢ではないだろう。一気にCクラスまでをも抜き去ってしまう結果が見えている。


しかし、実技に関しては問題だらけだ。

メルのように過去のトラウマに抱えている者もいれば、体内の魔力を循環させる器官──血液内の魔力路が生まれつき損傷していて、通常の何倍もの魔力を使用してしまう者、発動はできてもコントロールがまだまだな者と、とにかく問題児が多い。


「(そりゃ、今までの講師が投げ出すのも頷ける)」


何度も言っている通り、これは一人の講師がどうにかできるレベルを大きく逸脱している。それこそ、「大賢」の称号を持つ学園長ザバスでも、すぐに解決することは難しいだろう。

新任の魔法講師であり、尚且つ魔力がなく魔法が使えないゼラには、どうしようもないことだ。


「いや、そう考えるのは逃げだな」


片手で窈窕の刃をほんの少しだけ晒す。赤い月明りを反射したそれは、いつまで経っても劣化しない輝きを放つ。


「(実際、あるにはあるんだよ。だけど、それを使うのは……リスクが大きすぎる)」


生徒たちをどうにかしてあげたいという気持ちは勿論あるのだが、そうすることで弊害が生まれることを、ゼラは懸念しているのだ。

魔力を持たない落ちこぼれも同然の魔法講師が、掃き溜めクラスの生徒たちの魔法技術を格段に上げた。何か、妙なことをしたのではないか?

身の上を詮索されるのが、何よりも怖い自体。勿論ザバスが何かと取り繕ってくれるとは思うが、それでも尻尾を掴まれる可能性は避けたいのだ。


リンと音を響かせながら窈窕の刀身を納刀し、ゼラは背を浮かせて再び歩き出した。


「いくらフレラに言われたからと言って、これは流石に──ん?」


教員寮に向かおうとした時、不意に気が付いた。

第三魔法実技棟──その二階に当たる部屋の通気口から、光が漏れ出ていることに。確か、今日はゼラたちFクラスが使った後に、Dクラスが使用する予定になっていたはずだ。そのまま灯りを消し忘れた、というのは考えられる。


「抜けてるというかなんというか、仕方ないな」


やれやれと肩を竦めながらも見つけてしまったものは仕方ない。

ゼラは教員寮ではなく第三実技棟に足を向け、そこへ向かい始めた。



ものの数分で辿りついた第三魔法棟。

やはり、一か所だけ灯りが点けられているため、直前に使用したDクラスの講師が消し忘れた様だ。

こういうことはよくあることだし、別段怒っているわけではないのだが、しっかりと確認はしろよと呆れてしまう。注意力に欠けているのは、魔法士としては欠陥だ。魔法は一つでも式を間違えば発動しない繊細なものなので、注意深く式を完成させなければならないもの。こういう日頃の行いで、魔法士としての器量がよくわかる。


「しかも、明るさ最大って……」


階段を上ってすぐにある精錬の間。天井に備え付けられた広角ランプの明るさが最大限にまで点灯していることに、呆れてしまう。

この明るさならば、気づかないはずがないと思うのだが。

担当講師のズボラさに若干苛立ちながら、光が廊下に漏れ出ているその部屋の扉に手をかけ──ゼラは中から聞こえた声に手を止めた。


「メル、集中しましょう。大丈夫です、貴女ならきっと大丈夫ですから」

「う、うん……」


聞き馴染みのある声だ。

というか、つい数時間前にも聞いた声なのは確かである。


「(講師に許可なく、なにやってるんだ?)」


中に誰かいるのかを察したゼラは、扉を少しだけ開けて中を覗く。

そこには、予想した通りの人物──メルとクレハの二人が演習場の中央付近で向かい合っていた。

クレハはメルの傍に直立し、メルは一人目を閉じて両手を突き出し、意識を集中させている。魔法を発動しようとしていることから、二人はこっそり魔法発動の練習をしているのだろうが……一体、何時からやっているのだろうか。

月はそれなりに高く昇っており、本来ならば子供は眠っているような時刻。

学生服のままであることから、一度も帰宅はしていないようだが……まさか。


「放課後から、今までずっとか?」


その数時間の間、彼女たちは魔法の特訓をし続けた、ということ。

しかし様子を見るに、上手くいってはいないようだ。

メルが魔法を発動しようと試みてはいるが、手先が震え、妙な汗を垂らしているが見える。緊張と、精神的な不安が混ざり合っており、魔法を扱うには危険な状態。

あのままでは、必ず失敗し、今朝の授業のように制御不能の暴走状態に入ってしまうだろう。

流石にあの状態で魔法使わせるわけにはいかないと判断したゼラは、扉を開けて中へ入ろうとし──動きを止めた。メルの表情を見て、止まってしまった。


「絶対に、使いこなせるようにならないと……じゃないと──」


目尻に涙を浮かべながらも、キッと視線を鋭くし、メルは自分を叱咤するように言った。


「──私がお母様に認められる以前に、ゼラ先生が、また馬鹿にされちゃうじゃないッ!」


目を見開き、ゼラは驚いた。

その話は、自身も聞いたことがあったのだ。1-Fクラスに赴任した魔法講師は全く魔法が使えない屑も同然。その講師に教えられる奴らは、更に落ちぶれていくんだろう、と他のクラスが話していることを。

それ自体、あまりゼラは気にしていなかった。

気にしなければいいだけのことだし、成果を持って見返してやればそれでいいのだからと考えていた。


けれど、生徒たちは──メルはそのことを怒っていたのだ。


「私が炎魔法を使えないっていうのは、周知の事実。だったら、私が炎魔法を使いこなせるようになれば、他クラスの先生への評価も変わるはず……」

「メル……」


鼓舞するように目的を口走るメルに、ゼラは思わず拳を力強く握った。

迷う必要なんて、何処にもなかった。

こんなにも自分のことを想ってくれる生徒たちに救いの手を差し伸べることに、躊躇いを抱くなど、愚かなことだったのだ。

彼らに手を差し伸べるために、自身の危険などを考える必要はない。その時は、全力で対処すればいいだけのこと。


「決めたよ、フレラ」


呟き、周囲に炎を展開し始めたメルと、それを見守るクレハ。

頑張る二人の姿を数秒程見つめた後、ゼラは音を立てないように静かに扉を閉めた。

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