第2章ーカレイドスコープ カロの物語ー
13「少年、カロ」
学院の塔の鐘が勢いよく鳴った。
生徒たちは待ちわびていた終業の時刻を迎え、わっと騒々しく連れだって家路に向かう。そのいつもの風景を、いつものように、カロはただひとり、教室の窓から見下ろしていた。
「カロ、まだ帰らないのか」
そんなカロを見て教師はそう声をかけた。
「はい、図書館に行ってから……帰ろうと思います……」
カロは教師の方を見ようともせず応える。こいつはいつもそうだな。態度も、返事も。教師はそう思いながらカロをからかう。
「毎日、放課後に図書館に籠もっているわりには成績が振るわんな。お父上も心配しているぞ」
「……」
カロは黙りこくっている。教師はやれやれとばかりに首を振ると、教室にカロを残して出て行った。カロは散り散りになっていく級友たちの姿がようやく門の外に消えたころ、ようやく窓から離れ、図書館に向かい廊下をただひとり歩く。やがて図書館の重い扉を開け、中に体を滑り込ませると、いつもの自分の席に座った。書架の死角にある仄暗い隅っこの席。図書館中でいちばん目立ない席だ。
それは人目を避けるようにと生きてきたそれまでの16年のカロの人生に重なり合うような場所だった。だからこそ、カロはそこが好きだった。
椅子に座るとカロはさっそく帳面をひらいた。それはなんの教科の教則本でもなく、ただカロの字が躍る帳面であり、カロの世界そのものもであった。カロは閉館の時間まで夢中になって、ペンを帳面に走らせた。
カロが家に着いたのは夕暮れの時を廻り、もうあたりは真っ暗だった。カロの持つカンテラの光だけが、集落の外れの館の窓に、ちらちらと鏡に映るが如く、反射する。
そして息を整え、玄関の扉を開けた。
「遅いぞ、カロ」
「ただいま帰りました、父上」
「挨拶だけはいいな、お前は。はやく飯を食え。俺はもう済ましたぞ」
「はい、父上」
カロは無表情でそう答えると、自分の部屋に荷物を置きに向かった。
その背中に父の声が飛ぶ。
「また図書館に行って、詩を書いていたのか」
カロはびくりとして足を止めた。
「それでは、学業の成績が上がるはずも無いな。言わずもがなだ」
「父上……次の試験では頑張ります」
「俺が言いたいのはそこじゃない!」
急に声音を甲高く父は怒鳴った。カロの想像通りだった。
「詩など書くなといっておろう!」
父の目の色は変っていた。夕餉にたしなんだワインのせいではない。酔いもせず、ただ純粋に父は怒っている。カロにはそれが分かった。しかしその父の怒りもカロにはおなじみのことだ。カロは一礼すると、そのまま階段を上ると、姿を自分の部屋に消した。
父はその姿を、苦虫をかみつぶしたような顔で見送り叫んだ。
「……詩など、書く男は……ろくな奴にはならんと何度言ったらわかる…!」
父のその声は部屋に入ったカロの耳にも届いた。
……もう何度このやりとりをしたかな、父と。
「数え切れないな……」
カロは真っ暗な部屋の中でベッドに寝っ転がると、ぼそっと呟いた。
そしてまた思うのだ。父はなぜあそこまでカロが詩を書くのを嫌うのだろうかと。
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