14「侵入者」

 ……カロは目を覚ました。夕食も摂らず、ベッドに横になったまま、寝込んでしまったようだった。途端に空腹を覚え、カロはもう父も寝静まったであろう階下に足を運ぶことにした。冷えたパンにチーズくらいはあるだろう。


 そのとき、ちら、とカロの目をなにかが横切った。窓の外に、ちらりと、赤い灯が走った、よう、な気がした。いや気のせいでは無かった。


 たしかに館の外の畑の中に、ちいさな灯りがちらり、ちらりと見え隠れする。泥棒? ……それとも……? 恐怖もあったが、それよりも、カロの中では少年らしい好奇心が勝った。カロもカンテラを持つと、館の外に出た。


 見間違えでは無かった。ちら、ちら。灯りが揺れている。

 あの光もカンテラだろうか。だとしたら、人数は、ひとり?


 なら、そんなに恐れることも無い。とはいえ一応、短剣は手にしてはいたが。やがてちらちらとしていた光が動かなくなった。

 カロは畑の後ろから回り込むような格好で、その光に向かって忍び寄った。

 そして背後から一気に駆け寄ると、ぼんやりと見える人影に向かって叫んだ。


「誰だ?!」


 …返事は無い。それもそのはずだった。カロのカンテラの光が照らしたのは、異国の服を着た少女、それも目を閉じて土に伏した少女だった。足は裸足、茨の棘が刺さって傷だらけだ。


 苦しそうな呼吸が夜の空気を通して伝わってくる。髪は長く、腰に届かんばかり。歳は13.4といったところか……?

 そして服は、隣国テセのものだ。長いローブはあちこちすり切れているが、いつか宮殿で見たことのある神官のものによく似ている。


「ということは、神官……? こんな女の子が? しかもテセの…?」


 なぜこんなところに。

 意外すぎる侵入者の正体に、カロはしばし呆然と立ち尽くした。


 ……とにかく何か食べ物と、水だ。カロはカンテラを置くと館に向かって走る。

 その影を夜空から、ガザリアの星座が密やかに照らしていた。



 横たわる自分の首の上に、刃が降りそそぐ。しかもその刃を手にするのは、日頃から良く見知った、母のように親しんだ女官だ。

 彼女は刃を振り下ろしながら、こうささやく。


「さあ、メリア。お前に刻が来ました。刻が来たのです、さあ目を瞑って…!」


「……助けて!」


 思わずメリアはばたばたと手足を動かした。恐怖に震えながら暴れ、相手の手足を蹴飛ばす。手応えがあった!


 やった! わたし、殺されずにすむ!! そう思いながらさらに手を振り回し、足をばたつかせると、女官で無く、若い男の声の悲鳴が聞こえた。


 驚いて目を開けると、見たこともない少年が真っ赤になった腕をかかえて畑に転がっている。


「……! 何するんだ、お前!」


「え?」


 どうやらメリアが思いっきり足で蹴っ飛ばしたのは、この少年の腕のようであった。


 夢だったんだ、あれは。ということは、やった!


「……私、生きている!」


 カロは腕の痛みも一瞬忘れて目を丸くして、さんざ暴れた挙句、目覚めた少女の第一声に聞き入ってしまった。そして呆れて言った。


「……生きているよ……お前。ってか、元気すぎるよ…どんだけ僕の腕を蹴ったら気が済むんだよ…」


「ええっ?」


「……てか、てっか、お前は誰なんだよ…なんで他人様ひとさまの畑に転がってるのさ……こんな夜中に!」

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