29「巡りあう」

「……なんだと!」


 グルーは立場も忘れて激怒した。思わず体が動かない事を忘れ、隻眼を燃やし、カロに躍りかかる。だが拳は力無くカロの前で止り、その身に届きすらしない。

 グルーは自分の力のふがいなさに歯ぎしりし、カロとセヲォンを膿んだ右目で睨み付けるのみであった。


「……気持ちは分かるが、そう怒るでない。やむにやまれぬ事情があったのだ。それにカロの亡くなった妻、メリアはお前と同じ病の者であった」


「なぜ、病の者が、自ら必要な薬草を絶やした?!」


「それは、おいおいカロから聞くが良い。だがその前に、グルーよ、我々もお前に聞きたいことがある」


 セヲォンがゆっくりと、大きな窓の側にある机に近づく。そして、そこに置いてあった、なにかを手に取り向き直った。


「グルーよ、この短剣と帳面はどこで手に入れた?」


 果たしてセヲォンの手には、グルー愛用の短剣があった。そしてそれが刺さった朽ちかけた帳面も。あの廃墟で見つけた古びた帳面である。


「それは俺の短剣……」


「グルーよ、質問に答えよ。これはどこで手にしたのだ?」


「短剣は俺が遠い昔、長く暮らしていた、赤い花の平原で見つけたものだ。帳面は廃墟の傍に落ちていたもので、なにも知らん」


 セヲォンとカロが身を乗り出してグルーに迫る。


「赤い花の平原とは、ズームグの王都跡のほとりにある、あの呪われた平原か」


「……そのとおりだ。それがどうかしたのか」


「やはりそうか……」


 セヲォンとカロは合点したとばかりに頷いた。


「不思議な運命だ……やはりあの二人は時を超えて繋がりあっている」


「はい、セヲォンさま……」


 グルーはひとり話について行けず、戸惑い、不審げに隻眼を光らせた。


 それを見てセヲォンが静かに語り出したのは、遥か昔となった、薬草の発見にまつわる物語であった。


「遠い昔……余にはヴォーグという親友がいた。余の姉、テセの女王セシリアの勅命により彼はエスターという娘と旅に出た。病を癒やす薬草を求める旅だ。……その旅の途中でエスターが落としたのが、そのお前の短剣だ。そして、ヴォーグとエスターは、エスターの故郷ズームグで見事役目を果たし、薬草を我が国にもたらし……そして、ふたりは惹かれ合っていた。だが、その愛は叶うことなく、ふたりはそれぞれ不慮の死を遂げた……」


 セヲォンは遠い日を夢見る眼差しで語を継ぐ。


「……エスターは死ぬ直前、余に、ある歌のことを尋ねた。余には聞いたことの無い歌だった。だが、気になっていたのだ。ずっとな、その歌の正体を。ここにいるカロを館の管理人に選んだのも、彼は学生時代、詩の研究をしていたからでな。だが、カロもその歌のことは全く知らないと言う。……だが、だ、ある日突然その歌は我々の前に現れたのだよ。それがあの、お前の短剣が刺さっていた、朽ちた帳面だ。そこには記されていたのだよ、忘れもしない、あの歌の歌詞が」


 ながれる みずが そのすえに

 注ぐ うみは 永久とわのうみ

 なにも かもが 集まって

 いつしか 地の果て たどりつく

 おおきな石も

 ちいさな木の葉も

 いきつく先は みな おなじ

 いきつく先で 見るものは

 おまえが望む 夢のあと

 おまえが望む 夢のあと……


「そして、気づいたのだ。古びているが、余には分かった。この筆跡は余の友、ヴォーグのものだと。この歌はヴォーグが作った歌だったのだ。この帳面は、ヴォーグが国境警備隊勤務時代に詩を書き溜めていた帳面だったのだと。……余は知らなかった、ヴォーグにまさか詩を書くなどという、意外な一面があったとは。長い仲であったのにな。かように、人とは多様な顔を持つ生き物だ」


 そして大きく息を吐くと、セヲォンは言った。


「つまり、グルー、どういう運命の悪戯か、お前が引き合わせたのだよ。ふたたび、

 エスターとヴォーグを……エスターの短剣とヴォーグの歌という思いもしない形でな」


 4人の間をすうっと静寂が支配した。


「グルー。お前からすればどうでもいい話かも知れぬ。だが、余の成し遂げられなかったことをお前は、偶然にもだが、成してくれた。礼を言う。傷が癒えるまで、ここで好きなだけ休んでいくと良い……」


 その言葉の最後は消え入らんばかりであった。

 話し終わったセヲォンは背をかがめ、大きくグルーに一礼すると、部屋を出て行った。

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