30「地を這う星」
グルーは日に日にメリエラの看護のおかげで回復していった。傷が癒える頃には、メリエラと少しずつお互いのことを話すような関係にもなっていた。
グルーにとっては亡くした妹、ミリの面影をメリエラに見いだすのが幸せなことであったし、何よりも、このような他人からの献身的な愛に触れるのは、グルーは家族のぬくもりを亡くして以来のことだった。
同時にグルーはこれまでの自分の人生を振り返り、その意味について考え込むことも多くなった。目の膿はいよいよ青黒さを増している。グルーも病の身であり、いつかこの命が疫病で滅ぶのは、時間の問題、神の気まぐれ次第である。
そのなかで、自分はなにを成してきたのか。病の者どもの国を作ると、その一心で生きてきたが、その間に手はあまりにも多くの血で染まった。グルーは初めて自分のこの世への憎しみの深さが恐ろしくなり、また、自分の罪に怯えた。そんなとき、心の慰めになるのはメリエラ、またはカロとの何気ない会話であった。
または、ふたりから聞く、自分が思いかけず繋いだエスターとヴォーグの物語であったり、カロの妻であり、メリエラの母である亡きメリアとカロの物語である。
ことにグルーの心に残ったのはこんなメリアの話であった。
ある夜のことである。メリエラとカロが、星が今宵は殊更きれいだから、と、バルコニーにグルーの寝台を引っ張り出した。3人はしばらく、きらめく星座に見惚れた。が、次第にグルーはまばゆいほどの星の光は美しさよりも恐怖を感じた。
暗闇でぶるっ、と震えたグルーの気配を感じ、メリエラがそっと言った。
「母さんはね、病で死んだけど、私たちにいつもこう言っていたのよ。神殿では、恐ろしいことが行われてはいたけど、いろいろ素敵なことも教えてもらえたのよ、って」
「素敵なことってなんだ? あの神殿で?」
「私が気に入っているのは、こんな話。私たちはもともと、宙を天翔る星々であってね、なにかの拍子でこの世に墜ちてきてしまった存在なの。それがなんの罪によるか、穢れによるかは、私たちで想像するしかないけど、せいいっぱい、この世の地を這うようにでも生きれば、また、死んだら、星の世界に還れるんだって」
「この世の地を這うように……か」
「そう、わたしたちはこの世の地を這う星なのよ」
「いつかあの天に還るためにか……そうか……」
「なに他人事のように言っているのよ、グルー、あなたもそうよ」
メリエラに突然言われて、グルーは虚を突かれたようになった。
「俺が? 俺は無理だ……」
グルーは自嘲した。自分がたとえ星であっても、地を這って生きているとしても、その生はあまりにも赤く染まりすぎている。自分がメリエラやカロたちのような人間になるには、いささか遅すぎたな……。
グルーは自らの銀髪を撫でながら、片目に光を落とし、そう思う。
そんなグルーを見てカロがぽつりと言う。
「それを言うなら私も同じだ、グルー。私は成り行きとは言え、あの薬草を、エスターとヴォーグが死ぬ思いで探してきた薬草を、絶やしてしまった……」
「だが、カロ、あんたは真っ当に生きて、こうやって娘を育て、そのうえ、一国の王の信頼を得て生きている」
カロはさみしげに笑った。
「……そう言われればそうだ。たしかに私はメリアと行動を共にしたことに悔いは無い。だけど、薬草を絶やしてしまってよかったのか、悩まぬ日もない」
メリエラは暗闇の中でそっと父に寄り添った。
「それは母さんも同じだったと思うわ。だからこそ母さんは、セヲォンさまが貴重な薬の残りを手渡しても、決して飲もうとはしなかった……」
「そうだったな。結局のところ、我々は等しく地を這う星だ。天にいつか還れると信じて、その確証もないのに、じたばたと地を這う星々だ……」
その夜、そのまま3人は長いことバルコニーで星を見上げ続けた。グルーの体が冷えるまで。
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