25「隻眼のグルー」

 ……闇の中の眼下の村には、人々の暮らしを示す灯りがちらちら光っている。


「そろそろ、いいだろう、行くぞ」


 グルーが密やかな、だが鋭い声で言うと、仲間たちも静かに丘の下の村へと移動し始める。短剣をかざし、ひそやかに、だが素早く夜の丘を駆け下りる。やがて村の一番大きな家を囲むと、いきなり先頭の者が剣をふりかざしつつ、家の扉を蹴破った。


 震えて家の片隅に固まる住人を包囲すると、銀髪を揺らしながらグルーが夜風が舞い込む家の中に現れた。

 グルーは精悍な顔つきを崩さず、愛用の短剣を抜きながら家の主らしき男に静かに問いただす。


「この村に病の者はいるか?」


「……い、いる」


「ではその者たちがいる場所を教えろ」


 剣を首にかざされた男は、震えながら村の外れを指さす。その方向を見やると、みすぼらしい馬小屋とも見間違う家があった。


「よし、お前たち、確かめるんだ」


 グルーの声にわっと仲間はその家に駆け出す。口々に叫びながら。


「病の者よ、恐れるな、我々はお前たちの仲間だ!」


 その声を背後に聞きながら、グルーは襲った家の主に畳みかける。


「……あの家に病の者を押し込んだのはお前の命か?」


「……そ、そうだ」


「なら生かしてはおけんな」


 グルーの声はどこまでも冷たい。外からは古びた家から助け出された患者たちの歓声が響いてくる。


「……俺は恨んでいるんだ。この世をな。俺は13歳の時にこの病に罹った。そのときには家族全員が病持ちだったさ。だから、村の人々は俺の一家をそりゃあ疎んじたものさ。旅商人に大金を払って偽の薬を掴まされたり……まぁ、とにかく世間は冷たかったよ」


 そして、グルーは青黒い膿のたまった眼で続ける。


「そして15の時だ。村人はついに俺の家に火を付けやがった。つまりは、俺ら一家は皆殺しさ。俺の5つ下の妹も焼かれ死んだ。平原に逃げ出せたのは俺だけだった」


 静かなグルーの口調が村人には却って恐ろしかった。そしてその厳しい視線も。それは村人たちに向けられたものではなく、過去の憤怒の記憶に向けられたものと分かってはいても。


「……俺は、病の俺らを疎んじた奴らを赦さない。だから絶対、俺は病の者による、病の者のための国を作る」


 そしてきっぱりとこう続けた。


「……これは俺の、この世への復讐だ」


「た、助けてくれ、仕方なかったんだ、村の者に感染させるわけには……」


 その声は最後までグルーの耳には届かなかった。グルーがその言葉を聞き終わる間もなく、表情を変えずに短剣を家の主の首に振り下ろしたからだ。

 血しぶきが広がり家人たちから悲鳴があがる。しかしそれをものとせず、グルーは血で濡れた短剣を手にしたまま外に出、助け出した患者たちのほうに駆け寄る。そして、こう言い放った。


「俺たちはお前たちを解放しに来た! 病の者よ。我々が虐げられる時を終わらせるのだ、一緒に旅立とう、この惨めな暮らしから。そして、そして……我々の国を作るのだ! さぁ、一緒に来るんだ……!」


 病の者たちから一斉に歓声が上がる。


 主が死んだ家の中では子どもたちが転がるように殺された父親に駆け寄る。女たちは泣き崩れている。


 グルーが赤い花の平原を旅立ってから4年。

 「病の者の群れ」は、村々を襲い、患者たちを助け出し、ひいてはそのものどもを仲間に加え、一群をなすほどに大きくなっていた。

 もともと戦闘能力の高さと頭の鋭さを認められていたグルーはその中でも働きを認められ、いまではグルーはその頭領である。


 グルーは顔に付いた血をマントで拭うと、夜が明けようとしている空を見つめた。


 真っ赤な朝焼けが広がりつつある。その赤は、あの平原の花をグルーに思い出させ、懐かしさを呼び起こす。


 だが、どっちにしろ、あの平原で生きていたら、今頃は死んでいた自分であっただろう。そう思えば、自らの生き方がどうあれ、それを否定するのは今のグルーにはできぬ算段であった。

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