26「病の者たちの国を」

 刻がまた少し経った。


 病の者たち、異形の群れはいつしか数百人に膨れ上がっていた。


 一行はグルーの故郷、赤い花の平原があるズームグを遥か後にし、ガザリアの地を踏んでいた。一団は村々を襲い、ズームグの地と同じように、村の片隅に追いやられている病の者たちを解放すると仲間に引き入れた。

 そして迫害していた者は、変わりなくグルーの短剣による一閃のもとに斬捨てられる。


 村の民は軍に助けを求めたが、しかし、兵士は疫病の者どもに触れるのを恐れるあまり、容易に手出しができず、よってグルーたちの勢いを止めることをできかねていた。こうして、ガザリア軍との小競り合いを繰り返しながらも、グルーたちは勢力を伸ばし、気が付けば、テセの国境近くにまでたどり着いていた。


「我々の国を作るのだ! 病の者たちの為の国を!」


 グルーが一団にそう叫ぶ。途端におおーっ!という歓声が異形の群れからあがる。


「我々の国を!」


「我々を虐げし者に死を!」


 地を埋める患者たちは、青黒い膿の体を、顔を陽の光にさらしながら、大声で呼応した。グルーの一団の勢いは収まる気配を見せなかった。



「グルーが来たぞ!」


「隻眼のグルー、死神が来たぞ!」


 対して、相対する者は、恐れをなしてそう叫ぶ。


 グルーは首領となりながらも、戦闘から身を引くことは無く、常に襲撃の先陣を切るのはやめなかった。

 それゆえ、いつしか、グルーは、病の者たちには熱狂的に英雄とあがめられ、そうでないものには、死神と恐れられる存在になっていた。短剣をかざさずとも、グルーを見た者は、その青黒い膿に覆われた右目を見ただけで死を連想したのだ。


 しかし、いつしか、やがてその一団にも深刻な影が落ちる。

 患者たちは集まれば集まるほど、そして時間が経てば経つほど、その途上で病によって命を落とす者も増加してきたのである。

 それは一団の存亡に関わる死活問題であった。


「我々には薬が必要だ」


 ある日の軍議でグルーはそう口火を切った。


「それも一刻も早くだ。国を作る前に皆が命を落としては敵わん」


「…だが、グルー、疫病の薬はそう容易には手に入らぬぞ。かつて薬草を保持していたテセの都が燃えてからもう20年。あれから薬を作る手段は失せ、テセもガザリアの属国に成り下がっておる」


「それは知っている」


 部下の言にすこし苛ついたようにグルーは銀髪を揺らした。しかしそれを必要以上に露わにするグルーでは無い。しばらくのち、グルーは決断した。


「我々は国をこのガザリアに作るつもりであったが、ここを離れ、テセを目指そう。あそこには薬草の秘密がいまだ隠されている筈だ」


「……だがテセとの国境には、ガザリアの国境警備隊がいる。奴らはなかなか手強いと聞く」


「なら、戦うのみだ……勝てば武器も手に入る、悪いことは無い」


 グルーは不敵に笑いながら言った。

 それは、恐れを知らぬ、いつもの自信に満ちた精悍なグルーの笑みだった。

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