24「呼び覚まされた渇望」

 赤い花が風にざわわと揺れる。

 ところが、その日は様子が何か違った。花がざわめく。亡霊たちが戸惑い、うろたえる。なぜなら、この平原を数人の見知らぬ男の群れが渡ってきたのであったから。


「ナカマダ……コイツハナカマダ……」


「トオセ……コイツラハナカマダ……」


 亡霊たちの声に耳を澄ますと、そんな戸惑った囁きが聞える。

 仲間? ということは、このものどもも、グルーと同じ病のものなのか。その証に、亡霊たちは手出しをしない。健康なものなら、即座に泥の中に引き込んでしまうのに。


「小僧がいたぞ!」


 グルーは何が起こったのか分からないままであったが、反射的に身を翻して起き上がると、胸元を探る。……あった。彼は素早く、胸に潜ませていた愛用の短剣を引き抜いた。


「へえ、これは意外だ。こいつ武器を持ってやがる」


「なかなか立派な短剣じゃないか」


 そこでグルーはようやく言葉を男たちに発した。


「お前たち何者だ……? この平原には病の者しか入れぬはずなのに……なぜ?」


「それは俺たちもお前の仲間だからだ」


 いつしかグルーは男たちに取り囲まれていた。赤い花の平原の上で。

 ……なんということだ。グルーは身の危険を感じて、短剣を構えた。


 その時だ。一団の長らしい男が周りを制し口を開いた。


「お前、俺たちと一緒に行かないか」


「……えっ?!」


 思わぬ言葉にグルーは絶句した。


「俺たちはいかにも病の者どもだ。我々は疫病神と罵られて生きている。お前もそうだな。だが、俺はそれを終わらせたい。我々の国を作るのだ」


 グルーは意外な展開に思考がついて行けず言葉が出ない。

 ……病の者が、国を作るだと?


「お前も仲間になれ。俺たちの仲間にな。そのほうが、ここでただひとり死を待つよりかは大分良かろう」


 困惑しているグルーに、男はたたみかけるように言う。


「このままここで死を待つ為にお前は産まれてきたのか?ただ世界から疎んじられる為に産まれてきたのか? そうではなかろう」


 その一言にグルーは言葉にならぬ衝撃を受けた。自分がこの運命から逃れられるなんて、思っても見なかったことだ。だが、逃れられる……?逃れられるかも知れぬのか……?

 思いもしない自分の未来を、この男は自分に示している。グルーはごくりと唾を飲んだ。そして自分の口からも思わぬ声が漏れ出たのを聞いた。


「わかった……あんたたちについていくよ」


「……よし! いいか皆の衆! これからこの小僧は仲間だ! 無碍に扱うなよ!」


 ……こうしてグルーは慣れ親しんだ赤い花の平原を後にしたのだった。自分の運命が急転し始めたことに戸惑いながら。


 だが、気づいてしまったのだ。自分のなかに埋もれていた渇望する思いに。

 「生きたい!」という心の奥に秘めていた叫びに。

 

 そして、この世に対する深い怒りに。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る