第3章ー地を這う星よ グルーの物語ー

23「赤い花の平原」

 昨日も今日も、赤い花の上でグルーは暮らしている。呪われた草原と周りのひとは言う、かつてズームグと呼ばれた国の王都跡を望む赤い花の平原だ。病の人の呪いに満ち、彼らの亡霊が、健康な者を妬み、泥の中に引き込むことで知られる泥地である。


 だが、そんな恐ろしい沼地でありながら、そこはどんな季節も赤い花の絨毯で埋め尽くされ、この世のものと思えぬ美しさであった。だが、その絨毯の上だけがグルーの生活の場であり、昼は青空を見上げ、夜となれば遠い星空に照らされる場だった。


 グルーがこの平原に来たばかりの頃は、同じような病の仲間がこの平原には住んでいた。だが、病が進み、患者はまたひとり、またひとりとグルーの前で亡くなっていった。気が付けばグルーはひとりぼっちになっていた。


 だが、グルーはこの赤い花の平原の生活が気に入っていた。ひとりはたしかに孤独であったけれど、その時は、同じ病で命を落とし地中に眠る亡霊たちの歌と戯れた。怖くはなかった。なぜなら、いつか自分もそこに行き、彼らの仲間になるのが自分の運命と知っていたから。


 食物は近くの村の者が定期的に、平原の外れに置いていく。それは食べ物はやるから、どうか近づいてくれるな、という村人たちからの物言わぬ伝言であった。遠い国には疫病の薬があるらしい。だが、こんな世界の外れまでそれは届かなかったから、この世を数百年と恐怖に陥れている疫病は、ここでは完治しないも当然であった。死の病も当然であった。だからグルーはここに来たし、村人たちもグルーを恐れた。その赤い花の平原で、病で死ぬまで暮らせと言われているわけである。グルーはそれもよく理解していたので、ことさらグルーも村人たちに近づこうとはしなかった。


 彼らは自分とは違う人間だ、と分かっていた。そして村人たちからすれば、赤い花の平原で暮らすグルーは、人間以下の存在であった。


 だからその日もグルーは、花の上に体を横たえ、膿んだ右目を陽にさらしながら、ただ流れる雲を見ていた。うららかな雲の流れも、自由な鳥のさえずりも、グルーには別にうらやましいものでは無く、ただそこの在るだけのものだった。花の香りがむせかえる。グルーは自然で唯一好きなものが在るとすれば、この花の妖艶な香りであった。その香りに包まれている時だけが、自らの生を感じる瞬間だった。

 

 いい匂いだ。だがこの匂いもいつしか感じなくなり、やがて自分は平原に沈む。


 ……しかたない、自分の人生はそういう定めなのだ……。


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