16「乱闘」
「メリア、ここは危険だ。逃げた方がいい」
藁の上で心地よく逃避行の疲れを癒やしていたところだ。目の前にはカロがいた。気が付けばもう朝が来ていた。カロの顔はすまなさにあふれている。
「……もう少しここでかくまってもらうことはできないのかしら……?」
メリアは寝ぼけ眼をこすりながら、すがるように言った。
「ごめん、父上にばれたんだ。お前を今日にでも王宮に連れて行って、テセに突っ返すと言っている」
「テセに? いやよ!」
カロはメリアの語気の強さに驚いた。見ればメリアの顔は青ざめ、手足は震えている。そんなに怖い目にあったのだろうか? 神官といえば、貴族以上に丁重に扱われる存在の筈だが。カロは訝しんだ。見たところただの家出というわけではなさそうだ。カロはメリアがなぜ逃げてきたのか、理由が知りたくなった。
だが事態はカロが思う以上に緊迫していた。複数の馬の嘶きが外から聞こえたのだ。
「お願い、助けて!」
「しっ……!」
メリアの口を塞ぎ、カロは外の様子を伺った。軍の制服を着たふたりの男が馬から降りてきて、カロの館のドアを叩いた。ほどなく出てきた父と何かを話している。
しばしののち、父はすっとカロとメリアのいる馬小屋を指さした。間違いない、あの軍人はメリアを捕らえに来たのだ。
まずい! そう思う間もなく、軍人は足早に馬小屋のまえに足を運び、いとも簡単に馬小屋の扉を蹴破った。ガタンと小屋の扉は外れ、メリアとカロの姿は探索者に丸見えになった。
「いたぞ!」
「捕まえろ」
軍人たちの声にメリアの叫び声が重なった。
「いや! 私、生贄になんてならない! いやよ!」
生贄?カロは思わずメリアの悲痛な顔を見た。生贄になるのか、この少女が。こんな幼い子が?
そう思う間もなく、軍人たちはメリアのか細い腕をつかみ、枷に手をはめようとしている。カロは思わず叫んだ。
「やめてください!」
「なんだこの小僧は?」
「この家の息子だろう。なるほど、やはりお前、テセ人なだけはあるな」
いちばん言われたくない事を言われて、カロは立ちすくんだ。
「親も親なら、子も子だ」
さらに吐き捨てるようにもうひとりの軍人が言う。その蔑む目は、カロが今まで何度も経験してきた視線だった。またしても……。
その思いがカロの何かを打ち破った。
カロはいつもポケットに携えている帳面を取り出すと、軍人のひとりの顔をそれで殴りつけた。
「小僧……! なにを!」
途端に馬小屋は乱闘の場となった。
が、軍人ふたりがカロひとりを追い回し、捕まえて地に這わせて殴りつけるのに時間はかからなかった。カロの血が馬小屋の土を汚す。カロはたまらず馬小屋の柱を蹴りつけた。
その途端、誰も思いがけないことが起こった。古びた馬小屋の主柱が衝撃に耐えかね、勢いよく軍人のうえに倒れたのだ。
そして主柱を失った小屋は、ゆっくりと崩れ始めた。
手綱の外れた馬たちはけたたましく嘶き、外に飛び出す。屋根から梁が落ちてくる。
数秒後、馬小屋は大音響と埃をまき散らし倒壊した。
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