17「出立」

 カロは運が良かった。

 落ちてきた梁と梁の隙間に体が挟まっていたが、足を動かせば難なく外に這い出ることができた。メリアも同様だった。けほけほと咳き込みながら、藁と柱の間から体を浮かしカロの目の前に姿を現した。


 運が無かったのは軍人ふたりだ。なんとか外に這い出たメリアとカロが見たのは、どす黒い大量の血が地を這って、崩壊した馬小屋の下から流れ出る様子だった。軍人ふたりは梁の下敷きになり、手を宙に突き出したまま死んでいた。カロは自分の運の良さを喜ぶ前に、その光景に唇を青くした。


 ……殺してしまった? 僕が? この僕が?


「なんていうことをやったんだ……」


 気が付けば、もうもうと埃の舞う馬小屋跡に父の姿があった。


「父上! 僕はそんなつもりはなくて……」


「関係ない! 結果が全てだ!」


 父の目は血走っていた。そして呟いた。


俺は人殺しか……」


 カロにはその呟きの意味が分からなかった。

 ……いつも、いつも、そうだった。もううんざりだ……。

 カロは傷だらけの顔で叫んでいた。


「父上! もう話してくれてもいいでしょう、いつまで僕に隠し続けるんです。…父上はテセで何をしたのですか?! どうして僕はガザリアに来たんですか?」


 父は血走った目をカロに向けて叫んだ。


「……お前には関係ない!」


「父上!」


 父はカロの疑問に答えなかった。口にしたのは別のことだ。


「カロ、逃げろ。その娘を連れて」


「え……?」


「この騒ぎを聞きつけて、今度は軍の本隊が来るのは時間の問題だ。……俺はもう運命から逃げられない。だがな、お前は違う。まだ間に合う」


「……父上」


「テセの国境の村、フィードの近くの森に行け。そこにはお前を助けてくれる者どもがいる」


 父はそう言いながら無事だった馬に鞍を付けている。

 付け終わると無理やりカロとメリアを馬に乗せ、こう告げた。


「俺がお前に教えられるのはここまでだ、カロ。あとの真実は自分で探せ!」


 そう言うやいなや父は鋭く馬をむち打った。

 カロがなにか言おうとする間もなく馬は駆け出した。メリアが悲鳴を上げてしがみついてくる。やわらかな体が再びカロに触れたが、今度は赤面もせず、カロは疾走する馬の手綱を握り、前をきっ、と見つめた。


 なにか、動き始めてしまった。僕の人生のなにかが。カロは大声でそう叫びたいのを堪え、ただただ、前を見つめた。見つめるしか無かった。

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