20「メリアの告白」

 ……長い夢を見ていたような気分だった。いや、いまでもそんな感じが心の中にはある。

 昨夜の長い自分と父、そして母にまつわる物語を思い出しては、カロは故郷である森の土を踏みしめた。その、かさ、かさという土と葉の擦れる音でメリアも目覚めた。

 メリアはメリアで、また別の長い夢を見たような瞳をしている。カロとメリアはしばらく無言のまま見つめ合ったが、やがてカロが先に口を開いた。


「お前はここにいろよ……かくまってもらえるよ、きっと。なぜならお前も彼らの仲間だから」


「仲間って……私もあの疫病に罹っているってこと?」


 メリアは震えながら言う。


「……そうだろ、その傷の膿は。お前、自分が病だと気づかなかったのか?」


 メリアはこくりと首を縦に振った。


「嘘だろ。お前、なんて無知なんだ? それでも神官か?」


「神殿では誰からも、そんな事教えて貰ってないわ。そんな病が世に満ちているなんて、誰も教えてくれなかったわ!」


 カロは絶句した。まさか、薬ができ不治の病ではなくなったとは言え、この疫病のことをこの世で知らぬ者がいるとは。いったい……この娘には……いや、テセの神殿では何が起こっているのだ? ……その疑念をぐっと飲み込んで、カロは別のことを言う。


「とにかくお前はここにいろ、僕はガザリアに戻る。父上を助けなきゃ」

 

 すると森がざわめいた。森の衆の声が降ってくる。


「それは無理だよ、それは無理」


「知らせがあったよ、今朝、お前の父はテセに連行されたと」


 ……ざわ、ざわざ、ざわわ……ざわざわ……ざわざわ……


「……え!」


 カロは叫んだ。


「我々の英雄、お前の父は反逆罪と逃亡罪でテセに連行された…残念だ、残念だ」


「処刑は免れられないだろうよ……悔しい、悔しい」


  ……ざわ、ざわざ、ざわわ……ざわざわ……ざわざわ……


 森の衆の声が今度はカロの脳内に木霊する。……なんだ、って……。父上!

 ……カロはうめき声を上げへたり込んだ。が、次の瞬間すっくと立ち上がると叫ぶように言った。


「父上を殺させはしない……僕はテセに行く」


 ざわめきが消え、しーん、と森の衆は黙りこくった。


 その沈黙を破ったのはメリアだった。


「私もテセに戻ります。カロ、あなたを導きましょう」


そう告げたメリアから、有無を言わせぬ神官の言の趣きを感じ、カロはたじろいだ。更にメリアは言う。神々しささえ感じる、神官の口調で。


「私も何が起こっているか……知らねばならない……。神殿で何が起こっているのかを…! なぜ、私は、生贄にならねばならないのかを……!」


「メリア……」


「私は……私は、物心ついたときには神殿にいて、神に仕えてきたわ。だけど、ある日、昨日までいっしょにいた姉様が、次の日にはいなくなってるの。王宮に奉公に行ったんですよ。そうお母様たちは言ったわ。だからそう、信じ込んでいたの。そんな事が幼い頃から続いたわ。永遠に続くのかと思うほど。だけど、違ったの。私にもその番が来ましたと、あの日、私と、親友のドゥは、お母様たちから告げられたわ。いつもより念入りに禊ぎをするように言われ、ふたりでそうしたわ。そして、連れてかれたの……でも連れて行かれた部屋には、冷たい大理石の寝台があって……まずドゥがそこに横たわれるように言われて…ドゥはそうしたわ…。そうしたら……」


 メリアの唇が青ざめてきた。声は震えていた。それでもメリアは話すのを止められなかった。それが如何に恐ろしい体験だとしても。いや、おぞましい体験だった、だからこそ。


「ドゥの体に、お母様たちはなにか言いながらいきなり斧を振り下ろしたの…悲鳴をあげるドゥにお母様たちは言っていた“……生贄におなりなさい”って……」 

        

「……えっ……」


「それで、私、押さえつけられたけど、大勢の人たちを夢中で蹴って、噛みついて、……逃げ出したの……神殿を……!だけど。だからこそ戻るの。何が起こっているのか、なぜ私たちには、この世の闇が隠されているのか、知らねばならないの……!」


 メリアの思いがけない告白に、森の衆もカロも、言葉を失い、森は全ての命が絶えたかのように、しばらく静まり返った。

 メリアの頬には涙が伝っていた。


「……私は、知らねばならないのよ……ねぇドゥ、そうでしょ……」


 その最後の声は消え入らぬばかりであった。その手をカロがそっと握った。大事な人を亡くそうとしている自分と、亡くしたばかりの者。その痛みの共通項が、カロを思わずそうさせた。


「テセに行こう……いっしょに」


 カロはそう言うと、メリアの手を引いて馬を繋いだ森の入り口へと木々の間を駆け抜けた。森の衆が何やらざわめいているが、気にならなかった。ただこの一声は聞こえた。


「……行きなさい、英雄の子よ。ですがかならず帰ってくるのですよ」

 

 母の声だ、とカロは直感で思った。そうでなくとも、死んだ母はきっとそう言っている、と。そう信じる心が、カロの眼差しをかっ、と熱くさせた。

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