21「世界一の都」

「久しぶりだな……」


「……王弟殿下……いやいまは陛下ですな、お久しゅうございます」


 テセの王宮の薄暗い部屋にて、セヲォンは懐かしい顔を見た。

 拷問によってその顔は赤黒くなってはいたが、カロの父は、ぼんやりとした意識から覚めて、はっきりとした声でセヲォンの声に応えた。


「余の副官だったお前が、ヴォーグを殺した真の理由は、分かっている。国境の村、フィードでの国境警備隊による虐殺事件。あの事件の、敵討ちだな」


「さすが賢明な陛下ですな……お見通しですか」


「そのために余の副官まで上り詰め、目的を果たし、ガザリアに亡命した。しかもその国では我が国に対する諜報機関にいたというではないか。どこまでもできた男だよ、お前は」


 セヲォンは白くなり始めた顎髭をさわりながら、感心するような口調でそう言うと、視線をふっと遠くに投げるように見やった。


「死んだ姉はヴォーグを殺したお前をずいぶん憎んでいたからな……お前はテセを去って正解だった」


 そして、セヲォンの視線の先に、遠い昔に殺された旧友の姿が浮かべ、言った。


「……ヴォーグはあの事件をだいぶん、悔いていたが……」


「……殺された者には、そんな悔い、糞でしかありませぬ……」


「そうだろうな」


 セヲォンは大きく肩をすくめて薄く笑った。そしてカロの父に向かい合うと笑いを崩さぬまま言った。


「面白いことを教えてやろう。貴様の息子が、お前を助けにこのテセの王宮に向かっているという情報が入っている。しかもこともあろうに、我が国から逃げ出した神官を伴ってだ」


「……」


「余としてはこの状況を、我が国を更に富ませるべく、最大限に上手く使わせて貰う。それにはお前も一枚噛んで貰うこともあるだろうよ。まあ、その時はよろしくやってくれ」


 セヲォンは笑いながらそう言うと、足早に部屋を出て行った。

 後に残されたカロの父は、何も答えることはなかった。ただ唇をかみしめ、石造りの天井を睨むばかりであった。



 カロとメリアは拍子抜けしていた。なるべく人目の無い道を選んでいるとはいえ、追っ手にも、検問にあうこともなく、テセの都までたどり着いてしまったのだ。

 しかし、考えている暇は無かった。そんな、初めて見るテセの都は、カロが見たことの無い賑わいと人の多さであった。それも多彩な髪の、瞳の色の人々の群れである。そして活発に様々な語の声が響き渡る。


 カロは圧倒されていた。これが世界一の都か……。疫病の、唯一の治癒薬を生み出す国の……。カロはそれまでの自分の世界の狭さに恥じ入らんばかりであった。


 しかし、のんびりと都見物にいそしんでいるわけにもいかない。ふたりはひとまず夜を待ち、王宮から漏れる光できらきらと煌めく城の堀を、闇に紛れてそっと渡った。テセの王室への反逆者が沈められているともいう、その堀の水面はただ、静かに揺れている。


 そこからはメリアが道に詳しい。しかしどこへ向かうべきか。そのとき、メリアは牢があるといわれている西の塔のことを思い出した。


「神殿からね、見えたの。あの塔には重罪人がたくさん入っているのよーって、姉様が言っていた……」


 果たして、黒い茂みの先にある、その塔には、灯りがいくつも点っている。父が幽閉されているとしたらそこだろうか。カロとメリアは迷いつつもそこを目指すことにした。

 カンテラの明かりだけで、見知らぬ城の中をゆくのは、恐ろしくもあったが、対して、カロの胸の中では冒険心が躍っているように思え、言葉にならない高揚感に囚われる自分がカロには不思議でもあった。夜の城の茂みの中を、数日前に出逢ったばかりの少女とふたり歩くのは、奇妙な体験としかいいようが無い。


 カロはふと疑念を口にした。


「ここに茂っている草は何なのだい?」


「……わからないわ……たしかに神殿からもこの緑は見えたのだけど…陛下が休暇をお過ごしになる王室の庭園としか聞いてないわ…」


 そのとき、唐突に、カロの耳を聴き慣れた声が打った。


「ここは薬草園だ。あの病を癒やす花が生い茂る、テセの秘密の園だ」


「……父上!」


 振り向けば、何本もの松明の明かりが目に刺さった。カロの父は綱に縛られてその明かりの中心にいる。そして何人もの衛兵。そして父の傍らにいるのは…豪奢な格好の金髪の壮年の男性だ。


「国王陛下!」


「ほぅ……逃げた女官とはそなたか。よく余の顔を知っておったな……」


 セヲォンはふたりを一瞥した。

 ……罠だったか!カロとメリアは青ざめた。途端にふたりに衛兵が切り捨てんとばかりににじり寄る。しかし、セヲォンは手でそれを制すると、カロの父に向かってゆっくりと言い放った。


「お前は我が国を長く窺っていたんだ、この薬草園の歴史を知っておろう。自分の息子に説明してみろ。どれくらいその知識が正しいか、国王自ら試験してやる」


 カロの父はしばらく黙っていたが、固く結んだ口を開け、静かに語り始めた。

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