31 ジャック、ジャック、電波ジャック
〈精神波形ジャック〉の可能性についてふれたわたしの〈第二論文〉。けっきょく提出することはなく、わたしはそれを破棄したのです。
機械兵士のいちぶに〈精神波形〉を共有しあう能力があるのならば、そこには一種の電力網のようなネットワークを想定することができる。それは一般の機械兵士も巻きこんだ汎世界的なつながりになるはずで、〈精神波形〉の可塑性につけこむことにより、地球上すべての機械兵士を恒久的な機能破壊に陥らせる世界戦略が可能である。
ざっと、そんな趣旨の論文でした。
その論文を破棄した理由は、いくつかあります。
ひとつは、その執筆動機の不純さに書きおわったあとでみずから恥じたこと。
もうひとつは、そもそも〈精神波形ジャック〉を可能にするための前提である〈精神波形〉への干渉方法について、なにひとつモデルを用意できていなかったことによる推論の脆弱さを感じたこと。
そして最後に、仮に世界的な〈精神波形〉干渉が実行されるとして、その影響についての分析が、ほとんどできていなかったこと。その干渉は人間に影響を与えるのだろうか、あらゆる原子やエネルギーに対して、どんな作用が生じるのだろうか。
この世界はどんな改変をこうむることになるのだろうか。
世界がひとつの〈精神波形〉にそまったとき、いったいなにが起こるのだろうか。
そんな危険性を感じて、わたしはその論文を、破棄したんです。
答えは見つかりません。
わたしの目のまえにはいま、メグのつくった〈トキメキ☆ハンドガン〉があります。
原理は理解できませんが、たしかにこの装置は、相手の〈精神波形〉に干渉する機能がひめられています。
理屈はわからないなりにその機能を取りだすことは、おそらく可能です。そしてそれを利用して〈精神波形ジャック〉実現のための装置を生みだすことも、おそらく、可能です。
それでもまだ、その結果世界になにがおこるかについて、じゅうぶんな分析ができていない。〈精神波形〉の可塑性は二次のカオスを生みだし、計算を実質的に不可能なものにしています。
答えは見つかりません。
わたしは目を閉じて、この数日ずっと考えつづけてきた、未来の光景について思いえがきます。地表は大量破壊兵器によるおびただしい損壊をうけ、舞いあがった甚大な量の砂塵は何年も、あるいは何十年ものあいだ陽の光をさえぎり、外部からのエネルギーをうしなった植物たちを死に絶えさせ、生命を、その痕跡さえも、消し去っていきます。
〈精神波形〉は可塑性をうしなって、固定された〈残留思念〉となり、そしてそれも、やがて静かにうしなわれていく。
そんな、悲しい世界です。
悲しみの〈精神波形〉が固定された世界です。
癒やされることはありません。
救われることはありません。
できることはただ、在りし日の光景を思いだすこと。
過去の幸福な季節のことをむねにえがき、そこにかすかななぐさめを見出すこと。
救いはもう、過去にしかないのですから。
過去。
過去?
わたしはふと、美野留のつぶやいた言葉を思いだします。〈時間遡行機〉。
時間遡行。
ときを巻きもどす機械?
うしなわれたものを、取りもどす機械?
わたしのむねに、ひとつの理論が芽ばえます。
この世界のありとあらゆる存在、原子、エネルギーにいたるまで、仮にもし〈精神波形〉でつながることができるなら。仮にもし、そのすべてに対し〈精神波形ジャック〉を実行できるなら。
荒廃世界は、統一的な時間遡行の夢を見るのでは?
わたしは一心不乱にペンをはしらせます。書きとめるスピードが追いつかないほど、思考からつぎつぎに数式があふれ、計算結果をもとめます。いくえにも積みかさねられる演繹が未知の事実を構成し、すこしずつ、わたしの求める仮説へとちかづいていきます。
世界が原子やエネルギーにいたるまであまねく時間遡行を夢見たとき、その願望を誤差なくひとつに共有したとき、世界は、時間遡行をするのでは?
わたしがたどり着いた結論は、〈yes〉でした。
机上の理論はわたしの仮説を支持しました。
時間遡行は可能です。わたしたちは〈時間遡行機〉を、生みだせるかもしれません。
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